YOU WIN Perfect!
ルベリオの打撃がインベントの身体をすり抜ける。
当たっているはずなのに当たらない。
自らの腕が消失してしまったのではないかと錯覚し、すぐに腕を引き戻すルベリオ。
あえて目視しなくても、ルベリオには腕に何一つ問題が無いことをわかっていた。
【人】のルーンで他者の微細な動きさえ把握できる男が、自身の腕の状況がわからない道理はない。
だが見ずにいられなかった。
触って、揉んで、異常が無いか確認せざるを得なかった。
(ある……腕が……ちゃんとある……)
「カッカッカッカッカ」
インベントが笑う。
ルベリオは動揺を隠せない。
「な、なにをしたんだ!?」
「ハ? 物理攻撃無効を発動しただけデスヨ~?」
ゆっくりと歩くインベント。
後ずさりしながら、腰の入っていないパンチで応戦するルベリオ。
だが全てがすり抜ける。
当たったはずなのに当たらない。
「カカカ。物理攻撃無効ですからねえ。
炎を吐いたり、電撃攻撃がオススメかしら?」
「なにを……馬鹿な!!」
インベントは『物理攻撃無効スキル』を手に入れた!
――ワケではもちろんない。
タネはもちろん――収納空間である。
インベントが『ゲートシールド』と呼称していた技の応用である。
『ゲートシールド』。
収納空間の入り口であるゲートを外向きに開き、攻撃を収納空間に収めてしまう盾――っぽい技。
インベントが森林警備隊で初めて配属されたオイルマン隊。
オイルマン隊での任務初日に、光の矢を放つウルフタイプモンスターと遭遇した。
先輩隊員のケルバブを殺し、ラホイルの左足を切断したモンスターだ。
その時に、光の矢対策で使用したのがゲートシールドである。
収納空間に入れてしまえばどんな攻撃でも無効化できる。
ゲートシールドは無敵の盾――かと言われればそうでもない。
まずゲートが直径30センチメートルしかない。
盾と呼ぶには少々小さい。
そしてゲートの縁は非常に不安定であり、攻撃をしっかりとゲート内に納めなければならない。
つまり、ゲートより大きい攻撃は対処不可能。
光の矢のような直線的な攻撃ならなんとか対処できる。
だが斬撃に対しては無力。
攻撃範囲が広すぎて、ゲートに納まらない。
突き攻撃ならば……なんとか対応可能。
つまり……非常に使いにくく、使える場面も限定的。
よってこれまで殆ど使用してこなかったゲートシールド。
だが、打撃しか使用しないルベリオに対しては非常に効果的!
――これまた、そうとも言い切れない。
ルベリオの徒手空拳のレベルは非常に高く、攻撃は速く多彩。
ルーン無しでも一般人を遥かに凌ぐ強さ。
そんなハイレベルな攻撃を、インベントは、肉体に触れる寸前に『ゲートシールド』を発動して対応しているのだ。
『ゲートシールド』による物理攻撃無効化は、論理的には可能かもしれない。
だがまともに運用できるかは本人の技量次第。
もしもインベントが『ゲートシールド』を本格的に運用すると決断し、修練を重ねれば実現できるかもしれなかったのが『物理攻撃無効』である。
ただし――何年かかるかはわからない。
それほど難しいのだ。
だがインベントは――『闇枯れの淑女』はいとも簡単にやってのけた。
**
己の身体を使用した物理攻撃しかできないルベリオ。
仮にルベリオが武器を持っていたとしても状況はさほど変わらなかったであろう。
相手は『物理攻撃無効』を会得したインベント。
そんな二人の戦いは――もう、戦いにさえならなかった。
(当たらない! 当たらない! 当たらない!)
頭から足先まで、どこを攻撃しても全てすり抜ける。
インベントはヘラヘラと笑いながら、ただただルベリオと一定距離を保ち続けるだけ。
ルベリオはいつの間にか息を切らしていた。
(どう……すればいい? わからない……どうしたらいいんだ?)
『戦闘時間が長ければ長くなるほど有利になる』。
それが相手の動きを正確に把握できるルベリオにとっての常識だった。
だが拳を繰り出し、蹴りを放てば放つほど、虚無感に襲われていく。
対策も打開策も何一つ浮かばない。
癖もクソも無い状況。
それほどの圧倒的な差が、ルベリオとインベントの間にはあった。
「カカカ、『闇渦』はいかがですかあ~?
あれあれあれあれ~? まさかの手詰まりですかあ~?
ポーカーフェイスができていませんヨ?」
煽られても、ルベリオは言い返すことができない。
それだけ『闇渦』が完全無欠のチート能力なのだ。
登ることなど到底不可能な壁に感じてしまっている。
実際のところ『闇渦』を破る方法はある。
完璧に『ゲートシールド』を扱っているとはいえ、『ゲートシールド』には弱点も多いからだ。
例えば体当たり。
『ゲートシールド』――そもそもゲートは直径30センチメートル。
ゲートに収まらないような広範囲攻撃に対しては無力。
同様の理由で、回し蹴りも対応しにくい。
他にもゲートは一つしか開けないため、二箇所を同じタイミングで攻撃してもいい。
まあ、【器】の使い手では無いルベリオは、ゲートが直径30センチメートルがマックスであることも、ゲートが一つしか開けないことも知らないのだが。
仮にルベリオに踏み込む勇気があれば、打開策を思いついたのかもしれない。
だが、そもそも打開策の糸口も見つけられていないルベリオに――
スリルを求めているとはいえ、安全を考慮して生きてきたルベリオに――
死地に踏み込む勇気などあるはずも無かった。
「ま、格ゲーも終わりかな」
インベントがポツリと呟く。
そして意味深に右目を左手で隠す。
「ククク、魔眼が疼く」
ルベリオは警戒しつつも、隙だらけの個所を攻撃する。
すり抜けるとはわかっていても、ギリギリ残された闘志を燃やして。
「――闇の炎に抱かれてバーニング」
意味不明なことを喋り続けるインベントを無視し、放ったルベリオの拳。
当てるつもりだが、心のどこかですり抜けると信じていた攻撃。
だが――
(当? 硬――?)
思いがけず拳になにかが接触する。
インベントの身体にしては硬すぎるなにか。
直後――
ルベリオの腕は思い切り吹き飛ばされた。
「ぐあ!」
「カカカ、『闇渦奔流』。
オメデトウ。物理無効は――物理反射に進化した。
ターララー、タタラタッタラ~。
ひゃひゃひゃ、あははは」
なにが起こったのかわからないルベリオ。
だが――ルベリオの心をへし折るには十分だった。
(無理だ。
これ以上……やってられない)
闘志が萎え、眼から生気が抜けていく。
戦いを放棄したのは明らかだった。
逃走を決意したルベリオ。
だが――表情に出すべきでは無かった。
その腑抜けた表情をインベントに見せるべきでは無かった。
ルベリオは大きく後方に跳び去ろうとする。
腰を深く鎮め、エネルギーを足の裏へ。
後は大地を蹴ればいい。
だが――
「――は?」
ルベリオが踏むべき大地が、その瞬間消失した。
「ウフフ、――『闇沼』」
ルベリオの右足直下にゲートを開くインベント。
踏むべき大地が消失し、どこまでも沈んでいくルベリオの右足。
咄嗟に両手で自身を支える。
両手と左足を使い小さく飛翔し、『闇沼』から右足を救出する。
(こ、この距離は危険だ!)
ルベリオは着地した瞬間に再度跳ぼうとする。
足が沈んでいないことを確認し――
(――よし!)
思い切り大地を踏むルベリオ。
今度は綺麗に飛び上がった。
逆に――信じられないほど高く。
「な、なん!?」
想定の三倍以上高く飛んでしまったルベリオ。
インベントは先ほどゲートを落とし穴のように使用したが、今度は逆に丸太で押し出したのだ。
平常時のルベリオならば丸太で押し出されたことを把握できただろうが、現在のルベリオは混乱の極致。
なにが起こったのか理解が追い付かない。
(う、浮いている。浮いている!
マズイ。インベントが下で待ち構えている!
逃げなければ。逃げなければ!
飛び上がってくるか? それとも着地のタイミングか?
どっちでもいい。
来るなら来い。来るなら来い! 来るなら来い!!)
強張るルベリオ。
どのタイミングでも対応できるように身構える。
「真空~滅殺~」
インベントがなにやら呟いている。
続いてインベントは両掌をルベリオに向けた。
だがインベントの奇行も奇妙な発言も気にしている余裕はルベリオには無い。
ただインベントが接近してくるタイミングを待った。
――残念ながらそんなタイミングは来ないのだが。
インベントはルベリオが自由落下し始める頃――
「はど~~~」
と言う。
次の瞬間、ルベリオはインベントの掌に徹甲弾を見た。
続けて「砲」と言った。
次の瞬間、鈍い音が一帯に響き渡る。
ルベリオは『しまった』と思うが、もう遅い。
押し出された徹甲弾がルベリオに迫る。
徹甲弾を弾く盾も、いなす小手もルベリオには無い。
普段ならば絶対に当たらないが――空中で人間は動けない。
回避も不可能。
悲しいかな、徹甲弾の軌道は手に取るようにわかるのに、躱せない。
ただ待つしかないのだ。
どうにか両掌でガードするも防げるはずもなく――
「ぐはあああああ!」
両掌諸共、徹甲弾はルベリオの腹部に突き刺さった。
受け身もままならずルベリオは落下した。
「K・O~」
インベントは勝利宣言をする。
対して、もがき苦しむルベリオは――
「ぶ、武器は使わないって……言ったのにぃ」
と恨み節を言う。
そんなルベリオに対してインベントは高らかに笑う。
「さっきのは武器じゃなくて飛び道~具。
アハハハハハハハハハ!!
格ゲーに飛び道具はテンプレでしょうが!」
そろそろ九章終わりです。
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