Round 2 Fight
「なんか……雰囲気変わったかな?
少し……良くないもの感じるよ」
ルベリオは冷や汗をかいている。
ルベリオの本能が、インベントに対して警鐘を鳴らしていた。
と同時に、何かの間違いだとも思っている。
なにせ先程まで戦っていた相手であり、予備動作も行動パターンも粗方把握し終わっている。
多少パワーアップしたとしても――なにか奥の手があったとしても――負けるはずが無い。
(怒りや悲しみでさあ、力を発揮する人間はいるよ。
だとしてもさ、たかが知れているよね。
飛躍的に強くなる人間もいるけどね、それはある程度の期間が必要。
人間は……変身などしない。
インベントはインベントだよ)
さて――
インベントはルベリオを見ている。
その瞳はまるで、品定めしているかのような瞳だ。
そして愉悦交じりの笑い声を発しながら――
「ひゃひゃひゃ、対人戦かあ……『格ゲー』ね。
そこまで得意じゃないのにい~。
ま、いいけどねえ」
そう言ってインベントは構えた。
その構えを見て、ルベリオは眉間に皺を寄せる。
「――何の冗談だい?」
「ハア? 戦うんでしょ~? Round 1の勝ちは譲るわよ。
ここからはRound 2ね」
「そのラウンドワンとかツーとか何を言ってるのかわからないけどさ。
戦いを続けることはわかったよ。だけど、その構えはなんの冗談なのかな?」
インベントの構え――それはまるで――
「まさか、ボクと殴り合いをしようとしているのかい?」
徒手空拳で戦うかのような構え。
左手を前に出し、小刻みにリズムよく体を動かしている。
まるでボクサーのように。
「キミは武器……というよりも収納空間で小細工しつつ戦うタイプだろう?
まさか、いまさら徒手空拳? ふざけてるのかい?」
「アンタバカなの?
『格ゲー』なんだからステゴロ同士に決まってんでしょ?
『ストストツー』でも『バーチャチャ』も武器なんて誰も使ってないの。
ああ、『サムスピピ』は別か、ヒヒヒ」
ルベリオは困惑する。
なにを言っているのか、本格的に理解不能だからだ。
それにインベントの豹変ぶりにも驚いている。
挑発的で、興奮状態で、口調も女性的になっている。
「御託はいいからさっさと始めるわよ。
ハイハイ~レディ~~! ファイッ!」
困惑するルベリオを無視し、一方的に戦いをスタートさせるインベント。
一足飛びで距離を詰める。
速さはこれまでとさほど変わらない。
だが――
(本当に――間合いに?)
ルベリオの手が届く距離までインベントが接近する。
大胆――だが不用心。
とりあえずインベントの攻撃を回避しようと、待つ。
待つのだが、インベントは一向に動かない。
次になにをしてくるのか全くわからない。
ルベリオから動くかどうか迷う。そんな時――
「なっ!?」
インベントが蹴る。
ルベリオの顔面スレスレを通過し、のけぞるようになんとか回避するルベリオ。
(あ、脚が――飛んできた!?)
ルベリオはインベントの蹴りを蹴りと思えなかった。
『飛んできた』と錯覚したのは、一般的な蹴りとは全く違うためだ。
当然、収納空間を利用したのだ。
特段変わった行為ではなく、シンプルに丸太で踵を押し出したのである。
予備動作が全く無く、ルベリオの顔面を通過した蹴りは、実際のスピード以上に速く感じ、『飛んできた』と錯覚させたのだ。
(こ、これまでと、全然違う動きだ……。
まるで別人じゃないか…………え? 砂?)
ルベリオの頭上から砂が舞い落ちる。
インベントは、蹴り上げた体勢のまま完全に静止していた。
上昇するエネルギーを、収納空間内の砂空間で完全に零にしたのだ。
そこからの――
「ネリチャギ~!! アハハハ!」
ネリチャギはテコンドーの技の一つで、踵落としである。
ルベリオは全力で後方に跳ぶ。
仕切り直し。
インベントは踵の具合を確かめている。
ルベリオはじっくりとインベントを観察している。
(危なかった……収納空間から得た力で蹴ったのか。
それにしても完全に予備動作がゼロだった。
どういうことかな? これまでは……フェイクだったのかい?)
インベントが収納空間からエネルギーを得る方法は二つある。
一つは反発力。
収納空間に入らないモノを収納しようとする際に発生する拒絶する力。
これまでインベントは反発力を多用し、研磨してきた。
『反発移動』から始まり、『縮地』、『疾風迅雷の術』、『加速武器』など。
そして『反発制御』は、超重量級の重力装備を四肢に纏い、全ての動きを反発力で制御する。
反発制御はインベント流収納空間術の、ひとつの到達点と言っていいだろう。
もう一つは、収納空間内のモノを直接発射する方法だ。
収納空間内に収納したモノは重さを無視して運ぶことが可能である。
インベントは丸太を多用しているが、重い武器を落とすだけでも必殺の攻撃になりえる。
水平方向に発射することも可能なのだが、そこまでスピードを出せないのが難点である。
さて――
インベントはさきほど、丸太で踵を押し出し蹴りを放った。
丸太の質量を考えれば、踵を押し出して蹴りを放つ分のエネルギーは十二分に確保できる。
だが、これまでインベントは自身の肉体に直接丸太を使用したことは皆無である。
なぜなら――危険だからだ。
踵は人体でも特筆して硬い部分。
だとしても力加減を間違えれば、怪我する可能性は高い。
それも戦闘中、咄嗟に使うのは難しい。
だからこそインベントは反発力をメインに使用してきたのだ。
どちらも扱いは難しいが、反発力ならば武器や小手などを使用する分、危険性が下がる。
一応、インベントはインベントなりに、安全性を考慮していた。
安全性を考慮した上で修業し、場合によっては無茶して自爆したりしてきたのだ。
だが今、インベントはろくに練習もしていないことをサラリとやってのけているのだ。
「クフフ、仮面と薔薇でも欲しいなァ」
インベントはそう呟いた後――
斜めに飛び上がり、ルベリオを跳び越す。
臀部を丸太で押し出して飛んだのだ。
「ヒュンーーー!!」
奇妙な掛け声とともにインベントはルベリオの真上に移動し――
「フライングバ〇〇ロナアターーック!」
と叫びつつ垂直落下する。
だがルベリオは余裕を持って避け、反撃しようとするが――
「――阿修羅〇空!」
意味不明なポーズのまま後方に遠ざかるインベント。
ルベリオは完全に翻弄されている。
そして『強い』――と思ってしまった。
ルベリオは舌打ちする。
(徒手空拳はボクの土俵なはずなのに――なんで?)
無表情を貫くルベリオだが、内心かなり苛立っている。
先読みは全くできなくなってしまったことに――
そして――
「ああ、大事なことを思い出した~」
ルベリオはただ見つめている。
(どうせ大事なことじゃないんだろう)
ルベリオはわかっていた。
【人】のルーンを使わなくてもわかる。
完全にインベントはルベリオのことを舐めているのだ。
そしてインベントはルベリオの神経を逆なでするかのように――
「ストストツーでバル様が鉤爪使ってたわ。
ごめんね~、武器使ってないなんて、嘘ついちゃったねェ。
あ、怒った? 怒ったんでしょ~?」
理解不能な発言。
ルベリオはそれでも無表情を突き通す。
苛立ちなど見せてなるものか。
無表情は、ルベリオ、せめてもの抵抗である。




