覚醒
『アレは――モンスターだ』
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インベントはモンスター相手でないと本気を出せない。
例外として『ぶっころスイッチ』がONになる相手であれば本気を出せる。
そんな不可思議なルールが生まれた原因は、ロメロにある。
ロメロは世界最強である。
ロメロが手を抜きまくった状態でも、インベントは歯が立たない存在。
逆に言えば、殺す気で戦っても難なくあしらってくれる安心感があった。
だからこそロメロ相手であれば本気で戦えた。
本気で戦えるからこそ、『ロメロ=モンスター』と認識したのだ。
そんなロメロは幽結界が使え、そして門を開いた存在。
結果として幽結界が使える相手ならば、インベントは本気が出せるようになったのだ。
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『アレは――モンスターだ』
それに対しアイナが現在行っているのは、違うアプローチである。
ルベリオは幽結界が使えない。
それゆえ、ルベリオを人型モンスターだと思えず、インベントは本気を出せない。
それならばと、アイナは『ルベリオ=モンスター』だと刷り込んでしまおうとしているのだ。
なにせロメロという前例がある。
クラマ・ハイテングウや、クリエ・ヘイゼン相手にも本気で戦ったことを記憶している。
アイナはルベリオと手合わせしたからこそわかる。
ルベリオだって彼ら並みに強いことは間違いなかった。
『アレは――モンスターだ』
アイナは念話で何度も何度も呼びかける。
アイナのルーンは【伝】。
念話が使用可能になるルーン。
一般的な【伝】における念話の有効範囲は目視可能な範囲。
だがアイナの念話の対象範囲は四メートル程度。
あまりにも狭い。
だが、対象範囲内であれば非常に多種多様な音を伝えることができる。
もちろんアイナの声のままでも可能だが、男性のような声や、幼女の声、機械的な音声も可能。
変わり種であれば、正確な早口言葉も可能。念話であれば噛むこともない。
音の方向も自由自在であり、最近習得した『クリティカル』は念話で相手の後方から話しかけることで意識を逸らしている。
『アレは――モンスターだ』
インベントには頭の中で何度も何度も鳴り響く。
声質はアイナ本来の声よりも少し低く、中性的な声。
だが心地よく、それでいて信頼できる声に調整している。
そして360度から迫ってくるような、サラウンドスピーカーもびっくりな音響効果。
絶え間ない音の連続。
インベントの思考はぼんやりしていく。
これまでの価値観を、無理やり新しい価値観や思想に塗り替える。
つまりアイナがやろうとしていることは洗脳である。
少しづつウズウズしてくるインベント。
だが――アイナの思い通りにはなかなかならない。
そもそも洗脳というのはどういう手段であれ、ある程度期間をかけて実施するものである。
アイナの【伝】が特異な能力だとしても、簡単には洗脳などできない。
そんなことができれば、それは魔法である。
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さて――対するルベリオだが、ルベリオは困惑していた。
目の前の奇妙な二人組に?
それもあるが、それよりもふたりを見ている自分自身の反応に困惑してた。
ルベリオ・ベルゼと『陽剣のロメロ』には共通点がある。
両者とも強者であること。そして退屈を感じて生きている――世界に飽きていることだ。
ロメロはそんな退屈を終わらせてくれる、自身を殺してくれる強者を探している。
戦って死ぬことが彼の望みだ。
ルベリオ・ベルゼはロメロほど末期的ではない。
彼が求めるのは、つまらない日常を紛らわせるスリルや驚きである。
ルベリオの予想外の行動をする人物や、ルベリオを驚かせる強さをもつ人物を好む。
だからこそインベントに白羽の矢が立った。
だがやはり、ルベリオはロメロほど末期的ではない。
ルベリオは本当に危険な状況が近づいてくれば、即座に逃げるからである。
ルベリオは死にたくはないのだ。
死なない程度にスリルを味わいたい。
この世界にジェットコースターがあれば、確実にジェットコースタージャンキーになっていただろう。
そんなルベリオは、初めてインベントたちの前に姿を現す、その前に――
(やっぱりインベントは面白そうだ)
と思った。そして――
(彼は――大丈夫だ)
と、判断したのだ。
つまり、ルベリオは『インベントは面白そうではあるが、自身を殺すほどではない』――と判断した。
ルベリオは探知能力以上に危機管理能力に優れた男なのだ。
そんなルベリオが現在――なぜか後ずさりしている。
インベントとアイナを見て、本能的に後ずさりしている。
インベントの背中にアイナが飛びついてから、なぜかわからない不安を覚えているのだ。
ルベリオの人生で初めての経験。
一度問題無いと判断した人物に対し、なぜか危険を感じている。
その理由がルベリオ本人にもわからない。
ルベリオの困惑をアイナは知らない。
気にしている状況でも無かった。
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アイナは焦る。
どこまで呼びかけ続ければいいのかわからないからだ。
そもそも呼びかけ続けた先に望んだ未来がやってくるのかもわからない。
それでもアイナは呼びかけ続ける。
他に手段を講じるほど、精神的にも肉体的に余裕は無い。
だから呼びかけ続ける。
なにかが起こることを待っている。
事態が好転するなにかが起きることを待っている。
そして――時は来る。
王子のキスで王女が目覚めるように――
彼女の愛が、彼を奮い立たせるように――
ヒロインの涙がヒーローを覚醒させるように――
異性の強い想いが、隠された力を発揮させる。
ベタで――ありふれた――今更感のある展開。
だがアイナの想いは導いたのだ。
――覚醒である。
「あ――」
インベントの頭頂部を掴んでいたアイナの右手首を掴んだ。
つづいて、アイナの手を引き剝がし――アイナを後方に落とした。
「邪魔だ」と言わんばかりにぶっきらぼうに。
インベントは指の動き、手首の稼働、肘の稼働と順に確かめ、肩を回す。
これまでに見たことのない所作。
これまでとは違う雰囲気を、アイナもルベリオも感じていた。
そしてインベントが妖しく微笑んだ。
「ヒヒヒ、こんな…………『バイパス』があったなんてねえ」
覚醒――
それは目を醒ますことである。
ではナニが目を醒ましたのか?
それはまだ、誰も知らない。




