PAUSE
アイナは右手でぺちりとインベントを叩く。
ルベリオが呆れながらも待っていることを横目で確認し――
「ちょ、ちょっとコッチ来い」とインベントを引っ張った。
「な、なあ、インベント」
「ん? どうしたの?」
「お、おまえ、調子悪いのか?」
「え? 別に」
「で、でもよお、いつもだったらもっとビュンビュン移動して、攻撃だってもっとこう……バンバーン! って感じじゃんか」
アイナはインベントの戦いを誰よりも近くで見てきた。
特に最近のインベントの戦いっぷりは正気の沙汰とは思えない狂気の沙汰だった。
それと比べると現在のインベントは、あまりにも大人しい。
「う~ん」と表情が曇るインベントに対し、アイナは鼓舞する。
「いや、まあ、いつもの力を出せれば勝てるって。
あいつの先読みは凄いんだけどさ、先読みできないぐらいの速さなら押し切れるはずだ。
躊躇せずに、殺すつもりでやれば勝てるさ」
インベントは眉間に皺を寄せる。
「嫌だよ。人殺しなんてしたくないし」
駄々をこねる少年のような発言にアイナはやきもきするが――
(そ、そりゃ人殺しなんてしたくないわな)
インベントの発言のほうが正しい。
だからこそアイナは「ま、まあそうか……」と引き下がる。
思い通りに事が進まない。頭が痛い。
(や、やべえ……インベントはモンスター相手じゃねえと本気を出せないってことか?
それにしたって大人しすぎる……これじゃあ勝てねえ……)
インベントにとって、モンスターは狩るべき対象。
だからこそ手加減はせず、本気でぶちのめす。
そこまではアイナも理解している。
だが、対人と対モンスターでここまで差があるのは想定外。
(インベントがモンスターにこだわってるのは当然知ってる。
しまったあああああ~!!
なんで、あの馬鹿げた強さを、モンスター相手にしか発揮できないと考えなかったんだ?
しくじったか~……こりゃ)
だが――アイナの脳裏でなにかが引っかかる。
(いや……おかしいぞ。
アタシにはインベントが対人戦苦手だって記憶が無い。
むしろ――――)
アイナはインベントが戦っている記憶を思い出す。
(インベントといえばモンスター狩りばっかりやってるイメージだ。
だけど……クラマさんと模擬戦してたのを覚えてる。
それにクリエさんともよくわからんけど戦ってた。
それにそれに……そうだよ、あのバカ野郎とも何度も何度も戦ってた)
蘇える記憶。
ロメロとの戦いの記憶。
『ぶっころスイッチ』をONにして一歩間違えば殺す可能性だってあった狂気の模擬戦。
模擬戦にしては激しすぎる戦い。
インベントは人間相手にだって本気で戦えるはずなのだ。
それもルベリオとの戦いは本番。
本番では100%の力を発揮できないことは往々にしてあるものだが、インベントはそもそも100%の力を発揮しようとする意志が無いように感じる。
「い、インベント」
「ん?」
「ロメロの旦那と戦ってるときは、もっとこう……全身全霊で戦ってたじゃねえか」
インベントは首を捻り「ああ~、いや、まあそうだけど……」と呟く。
「どうして手を抜くんだよ?
アイツだってヤバイんだって! 本気で戦わないと、負けるぞ!?」
「うう~ん……ほら、ロメロさんって『モンスター』みたいじゃない?」
きょとんとするアイナ。そして――
「いや、人間だろ! クソ野郎だけど人間だわ!」
至極真っ当なツッコミ。
ロメロはもちろん人間である。
だが、残念なことにアイナは正解にたどり着けない。
インベントが『ぶっころスイッチ』をONにして戦ったことがある人物。
それは、ロメロ・バトオ、アドリー・ルルーリア。
そしてクラマ・ハイテングウ、デリータ・ヘイゼン、クリエ・ヘイゼン。
皆に共通しているのは、幽結界が使えること。
『門』を開いていること。
アイナは知らないのだ。
インベントが人間相手に本気を出す条件を。
人間を『人型モンスター』だと判断する条件を。
そして――
ルベリオ・ベルゼは幽結界を使えない。
幽結界よりも優れた探知能力を備えているが、幽結界は使えない。
インベントがこれまでに『人型モンスター』だと認識し、本気で殺しにかかった人物たちと遜色ない実力のルベリオ。
だがインベントは本気で戦えない。
ルベリオは、人間だからである。
インベントは人間相手には極端に弱くなる。
というよりもモンスター以外には闘争心がまったく湧かない。
ルベリオは、インベントの天敵なのだ。
**
「ねえ、そろそろいいかな?」
ルベリオが腕組みして待っている。
「ちょ、ちょい待ち!」
考えが纏まらないアイナ。
このままインベントとルベリオが戦えば、確実にインベントは負ける。
負けてインベントが死ぬのか、それとも逃げるのかはわからない。
インベント頼みの作戦が破綻してしまい、途方に暮れているアイナ。
(いっそ、逃げるか?
念話でインベントと連携すれば……いや、逃げようとしたらルベリオが気付く気がするな……。
絶妙に嫌な位置に立っているしな。
た、戦うにしてもインベントが本気にならんことにはどうしようもない。
お、追い込まれたら真の力を発揮するか? するのか!? しない気がする!
わからんわからんわからんらんらん!!)
やはり考えが纏まらない。
どうしていいのかわからない。
「ねえ~? もういいかい~?」
「も、もうちょい……」
アイナが再度、インベントの袖を掴んだ。
「な、なあ、ルベリオを、モンスターだと思って戦えねえのか?
ほ、ほら、よく見たら肌の色も白いし人間ぽくないだろ?」
「い、いや、どう見ても人間だよ」
「そりゃそうだよな! アタシもそう思う!
でもそんなこと言ったらロメロの旦那だって人間だろ!」
「いや……まあ、そうなんだけど……」
必死になるアイナ。
だが言葉が出てこない。
(チクショ……どうしていいかわかんねえ。
でもこのままインベントを戦わせるわけにはいかねえよ)
負け戦に送り出せるほどアイナは非情ではないし、負い目も感じていた。
現在、インベントたちがイング王国南端の森にいるのは、アイナが提案したからだ。
モンスターの発生源を叩くため――本当はインベントを森に還すため。
そして今、ルベリオとインベントが戦っているのだって、アイナがインベントの実力をアテにしたからだ。
だからこそ、出来るものならばどうにかしたい。
だが、妙案が思いつかない。
(アタシが囮になってインベントを逃がすか?
こんな腕も折れて、丸腰のアタシが?
逃がしたとしてもルベリオがインベントを追いかけないとは限らねえ)
どうやっても考えが纏まらない。
そもそも正解など無いのかもしれないのだ。
だが、タイムリミットは過ぎてしまった。
「――もういいよ」
ルベリオがパキ、パキと指を鳴らす。
「そろそろ終わりにしようね。
正直恨みもな~んにもないんだけどさ、色々話しちゃったしさ、やっぱ死んでもらわないといけないよね」
勝手にベラベラと喋ったのはルベリオなのだが……それは些細なことなのだ。
インベントは剣を構え、一歩前に出る。
インベントの背中を見ながら、アイナはそれでもまだ考える。
(このままじゃだめだ。
なにか……今のアタシにできることを――)
なにかをしなければならないタイミング。
傍観者になることなどできなかった。
自分の蒔いた種を、刈り取らねばらなない。
そして――精神的に追い込まれたアイナは一つの策を思いつく。
『――インベント』
アイナは念話で語りかける。
アイナの声には違いないのだが、深く重い声。
骨に沁み、脳に響き、魂に届くかのような声。
インベントは初めての経験に硬直する。
まるで天啓に導かれているような感覚。
アイナは動いた。
考えうる最善手を実行するために。
アイナはインベントの背中に飛びついた。
「ぐぎぃ!」
左手は折れている。
折れていても構わず、しがみつく。
それも折れている左手でしがみつき、右手でインベントの頭頂部を掴んだ。
「あ、アイナ?」
『アタシのことはいい。そんなことより前を見ろ』
インベントはアイナに言われるがまま、前を見る。
ルベリオが奇妙なものを見る目で、インベントたちを見ている。
インベントとアイナもまた――ルベリオを見ている。
そしてインベントの頭の中で声が響く。
『アレは――モンスターだ』
――と。




