出演依頼
劇的なタイミングでのインベントの登場で、九死に一生を得たアイナ。
あと一秒遅ければアイナは死んでいたであろう。
ルベリオが拍手している。
「嗚呼、素晴らしい。これぞ、まさに、ヒーロー。
ヒロインのピンチに駆け付ける。ウフフ、すごいすごい。
キミもそう思うだろう? ねえ」
「うっせえ! 全部アンタが仕組んだんだろ!
なんか周囲を気にしてると思ったが、インベントのことを待ってやがったな!」
「アハハ、さすがにバレたか」
「あったり前だろ! クッソ、どこまでもおちょくってきやがる!」
「まあ、よかったじゃないか。
ボクの気まぐれで生き延びることができたんだからさ」
劇的な救出劇はルベリオに仕組まれたものだった。
インベントの位置を捕捉していたルベリオ。
空中でフラフラしているので、アイナを探していると判断した。
アイナの左手を折った後、インベントがやってくるまで時間稼ぎ。
そして――ベストタイミングで殺すフリをした。
全てはルベリオの演出。
第一話『ヒーロー参上!』。
監督、演出、脚本、そして悪役担当ルベリオ・ベルゼ。
ヒロインを殺そうとした悪役に対し、ヒーローが正義の鉄槌を下す。
そんな脚本通りに――進むと信じているのだ。
**
状況が良く分かっていないインベントは首を捻る。
アイナが殺されそうになっていたので、助けた。
だがなぜアイナを殺そうとしていたのかはわからない。
(そういえばベラベラとモンスター以外のことも喋ってたな。
口封じ? まあ……どうでもいいけど)
ルベリオはインベントにご執心。だがインベントは真逆であり、ルベリオに全く興味が無い。
アイレドでもサダルパークでもどちらでもいい。
さっさと帰りたいのだ。
「ねえ、帰ろうよ。アイナ」
ルベリオが大きく目を開く。
「おいおい、それはないだろう、インベント」
ルベリオは手に持っていた剣を放り捨てた。
「ボクを殺さないと――さ」
強く主張するルベリオ。
だがインベントは動じない。興味を持たない。
「殺す理由が無いよ――」と素っ気なく言い放つインベント。
乾いた笑い声がルベリオから漏れ出してくる。
「あるだろう! あるに決まっている! ないわけがあるだろうか!
ボクは危険だろう? 放置すればまた種馬を用意してオセラシアを襲わせる。
ここでボクを殺さなければモンスターが溢れ、たくさん人が死ぬよ!」
ルベリオの脅迫のような叫びに対し、インベントは――――
「どうして――どうしてキミは笑ってるんだ?
キミは快楽殺人者じゃなくて、誰かが死ぬのが好きなのかい!?
死体性愛者なのかい!?」
性癖。
世の中には様々な性癖がある。
死体が好きで、死体に興奮する死体性愛者は少なからず存在する。
もちろんインベントは違う。
インベントはただ、『モンスターが溢れる』という事態を想像し笑みをこぼしたのだ。
インベントはモンスター性愛者といったところだろうか。
ルベリオが理解できないのも無理はない。
「インベントが大事にしているアイナだって殺すよ?
キミは危機一髪助けたと思っているかもしれないけど、ボクは何度でも殺す機会はあったんだよ?
そうだろう! ねえ!?」
ルベリオがアイナを指差す。
アイナは「まあ、そうだろうな」と答える。
「ほら、ほーら。ボクは危険だよ。
こんな危険なボクを放置するの?
殺さないと! 動けないぐらいに壊さないと!」
ルベリオの熱意。
だがやはり――インベントには届かない。
むしろ呆れている。
「ま、また今度で……」
どこまでもルベリオの思い通りにならないインベント。
「どうしてだ……アドリーは……殺そうとしたんだろう?
どうしてボクは殺そうとしてくれない!
襲いかかればいいのかい!?
ああ、でもダメだ。インベントは空に逃げてしまう。
どうすれば……ボクと遊んでくれるんだ?」
願いが届かず悶々とするルベリオ。
困惑しているインベント。
そして――
(どうすっかな……この状況……)
アイナもアイナで困っていた。
蚊帳の外と言えば蚊帳の外なのだが、一歩間違えばルベリオに殺されかねない状況。
痛みに耐えつつ、考える。
(う~ん……インベントが乗り気じゃないのはそりゃそうだ。
インベントはモンスターにしか興味が無い。
――ってことをルベリオに伝えるのは危険だな。
『モンスターいっぱい持ってくるから戦おう』とか言い出しそうだし。
ルベリオはなんでかわからねえけど、インベントと戦いたくて仕方ない。
ロメロの旦那とは方向性が違う変態だな。まあいいけどさ。
そんでもってアタシとしてはさっさと逃げ出したい。
だけど奴さんが簡単に逃がしてくれるとも思えねえしなあ……)
三者三様の状態。
アイナは最善手を考える。
(正直……ルベリオを放置することが危険なのは間違えねえ。
もしかしたら逃げても追いかけてくるかもしれない。
というか、なにしてくるかわっかんねえんだよな。思考回路が理解できねえし)
アイナがインベントの顔を見る。
(戦う気が無いことはわかる。
わかっちゃいるんだけど…………倒してくれねえかな。
インベントがルベリオを気絶させて、クラマさんにでも引き渡すのがベストだ。
インベントもルベリオも、どっちも理解し難いタイプだけどさ。
だけどもだけど……インベントならある程度、コントロールできる)
打算。
アイナは打算的に考え――
「なあ、インベント」
「ん?」
「アイツ……ぶっ倒しちゃったらどうだ?」
「え?」
急な提案に多少驚くインベント。
「いやいやどうして――キミ!」
嬉々として近づいて来ようとするルベリオをアイナは制止した。
「アンタはちょっと黙ってろ! ややこしくなる! バック! はい、バックバック!」
思わぬ援護射撃をしてくれるアイナに対し、ルベリオは素直に従った。
「インベント」
「なあに?」
「アイツは確かに危険だ。
とっ捕まえてクラマさんにでも引き渡したい。
アイツもそうだし、アイツの所属する『星堕』って組織もやばそうだしな」
「う~ん」
「わかる。わかるぞ。別に戦いたくなんてないよな。よ~くわかる!
でもよお――」
アイナはあえて念話に切り替える。
そして――
『アイツを捕まえれば、モンスターの情報も引き出せるかもしれねえぞ』
インベントは「おお?」と少しだけ喜んだ声を出す。
アイナはしたり顔。全て計画通り進む。
「ただ、まあ、アイツかなり強いんだ。
アタシも負けちゃったしな。
だけどインベント。お前なら勝てる!」
「う~ん、そうなの?」
揺れるインベント。
ルベリオは思わぬ追い風に笑顔で頷いている。
「んでもって、ルベリオさんよお」
「ん? ん? なんだい?」
「そっちもアドリーからインベントの情報聞いてるみたいだし、アタシがそっちの能力をインベントに話したっていいよな?
それでフェアだと思わねえ?」
ルベリオは「ああ、ああ、もちろんもちろん」と快諾する。
ルベリオにとってはインベントと戦えればそれでいいのだ。
(うっし……これで状況は整ったぜ!)
その後――アイナはインベントにルベリオの能力について教え始めた。
ルベリオはそれが終わるのを心待ちにしている。
全てアイナの計画通り。
だが、物事は往々にして計画通りに進まないものである。
予想外の展開。そして――
予想外の出演者が現れることを、今はまだ誰も知らない。




