劇的救出劇(茶番)
上機嫌に。饒舌に。
聞いてもいないことまで喋り続けるルベリオ。
時折、なにかを気にしつつも、アイナが疑問に思っていたことを懇切丁寧に喋り続ける。
(……死者への手向けか?
ま、コイツの得体の知れない強さの理由がわかってきたぜ。
というか聞いた感じ……対人戦最強かもしれねえな。
まあ、さすがにロメロの旦那のほうが強い気がするけど)
ルベリオの強さの根源。
それはやはり【人】のルーンである。
モンスターだけでなく、人間を含む生物を探知可能で、更に異常な探知範囲。
それだけでもオーバースペック。
だが、なによりも恐ろしいのは対象との距離が近ければ近いほど、機微な動きまでも把握できる点だ。
どれだけ秘匿してもルベリオ相手には隠せない。
巧妙に隠された暗器であったとしても、ルベリオには通じない。
背面でなにか準備していたとしてもルベリオには筒抜け。
騙してるつもりが、逆に利用されてしまうのが関の山。
ルベリオとの戦いは全方向から凝視されているような状態――まさに監視されている状態で戦うことになる。
ルベリオに死角はない。
更に――
(心を読まれている感覚があったけど、あながち間違いじゃなかった。
ま、コイツが読んでいるのは、心じゃなくて、身体の動き――予備動作から先読みしてくる)
反射的な動きを除けば、どんな動きにも予備動作がある。
剣を振る動き一つでも、振りかぶったり、構えたりする必要がある。
予備動作が大きければ大きいほど、相手からは読みやすく対応しやすい攻撃になる。
予備動作が大きい攻撃の例としてテレフォンパンチなんて言葉がある。
パンチを放つ前に、手を耳の位置まで引いている様が、まるで電話をかけるかのようなポーズに見えることが由来だ。
ルベリオは相手の予備動作を、視覚からでなく【人】のルーンから把握してくる。
視覚情報では確認することのできない予備動作であっても、ルベリオは知ることができる。
衣服に隠れた部分の動きであってもルベリオには筒抜けなのだ。
予備動作からの先読み技術を磨き続けたルベリオには、動きの向きや大きさが、まるで矢印のように見えている。
騙し合いは全く通じない。
あっちむいてホイならば間違いなく世界最強だ。
余談だが、ルベリオが上機嫌なのはアイナのクリティカルが思いの外、素晴らしく興奮しているからである。
(アイナだと思っていたのに、あの――クリティカルは中々予想外だった。
ルーンで心を乱し、更に散々使っていた回転斬りさえも捨て駒――そこから繰り出された突き。
人間の汚さを極限まで煮詰めたような一撃だった。
判断が遅れた。判断が遅れるなんて経験なんて、久しく忘れていた。
ああ、少しだけ――幸せを感じるよ)
ルベリオにとって世界は――人生は退屈だ。
退屈だからこそ、『星堕』に属し、退屈を穴埋めをしようとしている。
彼に理念など無い。面白ければそれでいいのだ。
アイナは退屈を少しだけ紛らわせてくれた。
クリティカルという新しい体験をプレゼントしてくれた。
――メインディッシュの前に。
「ねえ――キミ」
「なんだよ」
「ボクとさ――インベントが戦ったらどちらが勝つと思う?」
ルベリオの期待は高まる。
アイナがこれだけ楽しませてくれたのだ。
インベントはどれほど素晴らしいのだろうか――と。
なにせ――アドリーはインベントを『快楽殺人者』だと言っていた。
『快楽殺人者』などこの世に中々いない。それも15歳の『快楽殺人者』なんて稀有だ。
「ウフ、ウフウフフ」
アイナは「アンタとインベント――か」と呟く。
そして目を細めて考える。
(インベントとルベリオ。
相性は――悪い。下手したらアタシ以上に悪い)
インベントが得意とする、相手の死角に入る動きはルベリオにはまるで効果が無い。
なにせルベリオには死角が無い。
不意打ちも難しいだろう。
収納空間からの攻撃は多少効果があるかもしれないが、『死刑執行人の大剣』を収納空間から取り出したり、徹甲弾を発射している様子は見られている。
そしてルベリオはルーンが強力なのはもちろんのこと、身体能力もかなり高い。
総合的に考えた結果――
「アンタとインベントが戦えば……」
「戦えば?」
「もちろん……」
「もちろん?」
アイナは「へへっ」と笑い――
「インベントが勝つさ」
勝ち誇った笑みのアイナに対しルベリオは――
「素晴らしい……素晴らしいね」
――と右手で口を隠しながら呟いた。
愉悦の笑みは右手では隠しきれない。
ルベリオは振り返り数歩。
そして拾い上げる。
アイナの愛剣を。
「それじゃあ――キミはもういいや」
「へっ、最期にアンタみたいなクソ野郎と会話して終わりってのも釈然としねえが……。
ま、これも運命か」
ルベリオは剣を大きく振り上げ、構える。
まるで、少年が竜を倒すために伝説の剣――という名のただの棒きれを構えるかのように。
酷く似合わない構え。
剣が苦手なのか――それとも――
アイナは呆れながらも――
(一思いにやってくれ。痛く無えといいな)
そう思いながら、自然とインベントが頭に浮かぶ。
(あんまりコイツと戦わせたくねえな……。
ま……勝負はやってみねえとわっかんねえけど――
でもよ、アタシはマジでインベントが勝つと思ってるけどな!)
オセラシアでモンスターを虐殺していたインベントの狂気に満ちた姿と強さを思い出す。
『ジャストスラッシュ』を連発し、死を恐れない狂気の虐殺シーン。
(あの強さなら――ルベリオにでも負けない。
負けないと思う! でもあんな戦い方はして欲しくねえ……。
ああ~もうくっそ! もう知らねえ! 勝手にしやがれ!)
ルベリオが駆け――飛び跳ねた。
数秒後――アイナの人生が幕を閉じる。
(走馬灯――見えねえな。
ちっくしょ、父ちゃん母ちゃん……先立つけど……まあ許してくれよな)
「……ハア、かったりい」
アイナはルベリオの顔を見る。
相変わらず理解に苦しむ人物。
アイナを殺そうとしているのに、その表情からはまるで殺意を感じられない。
というよりも――アイナを見てもいない。
それにアイナはルベリオが大嫌いだが、戦いにおける動きは美しささえ感じるほどだった。
緻密に計算された足運びに、最小の動きで最大の力を発揮する肉体操作。
だが剣を持ったルベリオは素人丸出し。
まるで演じているかのように、大袈裟で無駄だらけ。
そして至る。
(コイツ…………殺す気が無い?)
アイナの直感が、ルベリオの偽りの殺意に気付いたと同時に――
「――うごぉ!?」
まるで腹部を石で殴られたかのような衝撃――
視界がグルグルと廻りながら、吹き飛ばされるアイナ。
折れた左手に衝撃が伝わり、激痛が走る。
「い、痛てえ! 痛てえ! 痛てえ!」
更に左手が締め付けられている。
傷口に塩を塗るかのように、力強く。
「大丈夫~? アイナ」
アイナの目の前には、インベントの顔が。
とぼけた顔である。
アイナはインベントに抱きしめられている状況であることを認識する。
まるでピンチに登場した王子様。
九死に一生のタイミング。
これほど惚れてしまうシチュエーションはないかもしれない。
アイナ、キュンキュン?
だが出会った頃に比べれば身体もがっしりしてきたインベント。
腕も多少太く逞しくなっている。
そんなインベントの腕がしっかりとアイナを抱きしめているのだ。
折れたアイナの左手をがっちりと。
「痛いー! 痛いー! ま、マジで痛い!」
「だ、大丈夫?」
「と、とにかく離せ! 左手痛い!」
「え? 左手?」
インベントは咄嗟に自身の左手をアイナから離す。
「ち、違う違う! アタシの左手ー!!」
「あ、こっちか」
そんなふたりの様子を眺めながらルベリオは「――まさに茶番」と呟いた。
初投稿から1年経過しました。
これからもどうぞよろしくお願いします。




