答え合わせ
アイナのお株を奪う回転斬りならぬ回転蹴り。
衝撃は凄まじく、剣も手放し、盛大に吹き飛んだアイナ。
そして激痛がアイナを襲う。
だが、悲鳴をあげることも、アイナらしい戯けた声も出さない。
歯を食いしばり、痛みを噛み殺す。
(痛ッッ!! 折れたなこりゃ)
左腕がだらんとぶら下がる。
(ま……幸い、腕だけで済んだ。
呼吸も――問題無さそうだ。
と言っても……もう終わりか)
右手で左手を庇いつつ、アイナはルベリオを見た。
ルベリオは腹部を愛おしそうに擦っている。
腹部は小さく血が滲んでいる。
そして――なぜか目を閉じるルベリオ。
(なにしてんだアイツ??
相変わらずワケがわかんねえ)
そして「うん」と何かを納得した後、ルベリオはアイナに近寄る。
「いやあ……いいね。凄く良かったよ」
なぜかこれまでで一番友好的な態度のルベリオ。
アイナは困惑する。
(殺す前に、優しくしとこうってか? んなバカな)
訝しむアイナ。
気にせずルベリオはアイナに近づいた。
「さっき、背後から少なくとも数人の気配――というか声か。
あれは、もちろんキミがやったんだよねえ」
「まあ……な」
「ウフフ、いやあ驚いた。
キミのルーンは【伝】だねえ」
アイナは『理解力の高いクソ野郎』と思いつつも――
「まあな」と答えた。
「ウフフフ、フフ、怪我なんて何年ぶりだろ、ウフフ」
腹部の血痕を愛おしそうに撫でるルベリオ。
アイナは――
「こっちは大怪我だっての」
とぼやく。
「アハハ、それは仕方ないさ。
さっきの……そうだな。『意識逸らし』はボクと相性がすこぶる悪いからねえ」
「へ、クリティカルって言うんだけどな」
「クリティカル……よくわからないけど中々語感の良い言葉だね。
センスを感じるね。感じるよ」
ルベリオは上機嫌である。
愛おしそうに「クリティカルか」と呟く。
そんなルベリオに対し――
「やっぱ幽結界使えたんじゃねえか」
――と、アイナは毒づいた。
ルベリオは「んふ~?」と髪をかき上げた。
「ウフフ、フフ。
キミのクリティカルだけどね、通じなかった理由は二つある」
「二つ?」
アイナの中で答えは出ている。
それは『ルベリオが幽結界を使用できる』から。
その一点のみのはずだ。
「一つ目は、キミによ~く似た女をひとり知っているからかな。
【伝】で頭を掻き乱すような性悪女をね」
「ふ~~ん……搔き乱す……ね」
「フフ、まあ、そっちは大した理由じゃない。
一番の理由はボクの能力と相性がすこぶる悪かったことだね」
「チッ。だから幽結界だろ?」
ルベリオは肯定せず、ただただ笑っている。
アイナは眉間に皺を寄せた。
「え……違うのか?」
「フフ、フフフ」
ルベリオが指差す。
その先にあるのは、拘束されし魔狼を拘束していた木。
「あのバケモノを拘束していた木の近くに、折れた木が二本あるよね」
急に話題が変わり多少困惑するアイナ。
とりあえずルベリオの指差す方向を見て、アイナは「ああ……」と物憂げに返事した。
(あの木さえ折れなければ、インベントはこの場所に来ることも無かった。
あの木さえ折れなきゃ……アタシもこんな目に合わずに済んだ)
忌まわしき折れた木が二本。
アイナにとって不運の象徴のような木。
「キミとインベントは木が折れたからこそ、この場所に気付いた。
ちなみに折ったのはあのバケモノ。
折らせたのはボクだけどね」
「折らせた……?」
「近くにいたバケモノの子を捕まえて、目の前でなぶり殺しにしたら暴れ狂ってね。
まあ想定通り怒り狂い、木を頭で叩き折ってくれた。
アハハ、あんなのでも母性はあるんだね」
「……悪趣味なゲス野郎」
ルベリオはアイナの嫌味を華麗にスルーし、話を続ける。
「フフフ、でもインベントは気づいてくれた。
急ごしらえだったけど、上手くいって本当に良かった。
ただただ広大な森の中でどうやってボクがここにいるか知らせる方法なんて中々無い。
――でもおかしい点があるよね?」
「……おかしい点?」
「フフ、まだ気づかないんだ――」
ルベリオはアイナから目線を外し「――もう少しか」と呟いた。
「ま、いいや。
フフ、今日は気分がいいからね。
よ~く考えて欲しいんだけどさ、そもそもボクはどうやってインベントを発見したんだろうね?」
「……ん、んん? あれ?」
アイナが疑問にも思っていなかった事実。
アイナはルベリオの立場になって考える。
(こんな森の中で空飛ぶインベントをどうやって発見した?
考えても無かった……確かに……どうやって??)
「ボクはアドリーからインベントのことを聞いていた。
会ってみたいと思っていたのは事実。
だけど、インベントがいつ来るのかはわからない。
そもそも来るかどうかさえわからない。
そんなインベントをどうやって発見したんだろうね?」
ルベリオは真上を指差した。
「イング王国の森は自然の傘。
一部の地域を除いて、空は凄く狭い。
偶然発見する可能性って凄く、凄~く低いと思わない?
それともボクの趣味がバードウォッチングで、いつも空を見ている阿呆だった?
それともボクも空を飛べて、空でず~っと待っていた? 舞っていた?
それとも実はスパイがいて、インベントの動向を逐一ボクに教えてくれていた?
ウフ、ウフフフフフフ。他にはどうだい?」
アイナは腕の痛みを忘れて、思考を巡らせる。
(高台で毎日警戒していたら発見できたかもしれねえけど……そうじゃねえんだ。
ルベリオがそんなマメなタイプには思えないし。
もちろん、今日、アタシたちが来ることは知る由もなかったはず。
つまり、恐らく……ルベリオは上空にいたアタシたちを発見する術がある。
言葉にするなら――)
「――長距離探知能力」
「フフ」
「アンタには上空にいたアタシたちを発見できるぐらいの探知能力があるってことか」
ルベリオは笑う。
正解に近づいていることを示す、肯定の笑み。
「そんでもって探知できるルーンと言えば――」
『探知』と聞いて頭に浮かぶルーンが、アイナには二つあった。
一つは【馬】、もしくは【猛牛】のルーン。
ノルドが行っているような、野生の勘を研ぎ澄ました探知。
ただ【馬】のルーンを使っての探知は一般的ではない。
一般的に広く知れ渡っている『探知』向けのルーン。
それは――
「――【人】のルーン」
ルベリオはゆっくりと拍手する。
「フフフ、正解。
まあ、中々時間がかかったけど、ようやく正解にたどり着いたねえ」
【人】のルーン。
広く知られている認識としては、モンスターの位置を把握できるルーン。
その特性上、森林警備隊で非常に重宝されるルーンである。
どちらかと言えばレアなルーン。
だが、アイナはよく知るルーンである。
なぜなら【人】のルーンを持つ人間と隊を組んだ経験もあるからだ。
なのになぜ、アイナはルベリオのルーンが【人】だと気づかなかったのか?
アイナの思慮が足りなかったわけではない。
「【人】のルーンはモンスターの位置を把握するルーンなはず。
アンタ……人間の位置も把握できるってこと?」
「ハハハ、もちろん」
同じルーンであっても、所持者ごとに多少の差異はある。
例えば同じ目でも、視野が広さや視力に差があるように、ルーンも人それぞれ多少の差異はある。
そのことはアイナが痛いほど知っている。
その差異ゆえにポンコツ扱いされてきたのがアイナだからだ。
ルベリオの【人】は、『モンスターだけでなく人間の位置も把握できる』という差異がある。
あり得ない話では無い。
だが――
「上空にいたアタシたちを探知したってことだよな?
アンタ……探知範囲は……どれぐらい先まで見えてんだ?」
「測ったことないから何とも言えないね。
少なくとも――三羽の鳥が飛んでいくことぐらいは把握できているかな」
そう言って上空を指差すルベリオ。
その直後、予言通り遥か上空を三羽の鳥が飛んでいく。
(一般的な【人】の射程範囲なんて知らねえけど、恐らく100メートルぐらいだと思う。
だけどコイツはありえないぐらい先まで探知してる。
ど、どういうこっちゃ)
ルベリオの【人】は『圧倒的な探知距離』という差異がある。
「ちなみに――」
「ん? ああ」
ルベリオは口に手を当てて酷く愉快そうに笑いながら――
「話を戻すけど、――ボクは幽結界は使えない。
というよりも幽結界なんて必要無い。
ボクから半径10メートル以内なら、小指の動きでも把握できる。
20メートル以内であれば大まかな動きは把握できる。
30メートル以内であってもある程度の動きは把握できる。
ウフフ、幽結界なんてボクからすれば範囲が狭すぎるし、機微な動きまではわからないんじゃない?
まあ、知らないけどさ。
フ、フフ、アハハ。
ねえ――幽結界、必要る?」
ルベリオの【人】は、『幽結界以上の性能を誇る』という差異がある。
――もうそれは差異にあらず、別物である。




