アイナVSルベリオ②
アイナは大きく息を吸い、呼吸を整える。
(本気でやらねえと、やられちまう。
ま、これまで適当に戦ってたわけじゃないけどね。
殺るつもりで戦わねえと――な)
現在、アイナはカイルーンの森林警備隊の隊長職である。
サボっていた期間がありブランクはあるものの、それなりに経験は積んでいる。
だが対人戦の経験はほとんど無い。
なにせ森林警備隊ではモンスター相手に戦うことはあっても人間相手に戦うことは、模擬戦ぐらいだからだ。
アイナは自覚している。
人間相手の経験が乏しいことを。
そしてルベリオは、殺すつもりで戦わなければ勝ち目がない。
殺すつもりで戦っても勝てるかどうかわからない。
それだけ危険な相手だとアイナは判断した。
構えが変わる。
目つきが変わる。
そんなアイナを見てルベリオは――
「フフフ……いいね。それがキミの殺し屋の顔かな?」
「――ぬかせ」
ルベリオの口角が上がり、その邪悪な笑みが完成する前に――アイナが動く。
(後手じゃ――勝てねえ!!)
アイナが攻める。
殺気を籠めた斬撃が容赦なくルベリオに迫る。
ルベリオは回避しつつ「へえ」と驚きの声をあげた。
(左斜め、フェイント、切り返し、打ち下ろし、フェイント、フェイント、フェイント――)
アイナの剣術は、野生的な本能で戦うタイプではない。
頭に思い描いた動きを、己の肉体を介して忠実に実行していく。
凡人が反復練習しなければ体得できない動きであっても、アイナがイメージできる動きであれば、大抵難無くやってのける。
そんなアイナがルベリオ相手にとった作戦は、手数を増やすことだった。
(この男、回避能力が異常だ。
いや……回避っていうよりも先読み……う~ん、なんていうか心を読まれてる感じ。
心を読むルーン?
ハッ! なんだそりゃ!)
アイナは絶え間なく斬撃を繰り出す。
ルベリオに反撃の隙を与えないために。
それでもルベリオの表情は余裕に満ちていた。
「アハハ、そんなに暴れまわるとバテちゃうよ?」
「へっ、ご忠告どうも!」
手数を増やしてもルベリオを追い詰めるには至らない。
攻撃は全て回避される。
だがアイナの目論見は最低限成功していた。
それはルベリオの蹴撃を防ぐことだ。
そのためにアイナは執拗に足を狙う。
(ヒョロそうに見えて、コイツの脚力はヤバイ。
【向上】か【馬】のルーンか?
とにかく機動力と、蹴りを防がねえと勝ち目が無え。
ま、どれだけ強力な蹴りだとしても――!)
アイナはルベリオが蹴る素振りを見せた瞬間に、蹴りの軌道上に剣を配置し牽制する。
ルベリオの蹴りがどれだけ強力だとしても、剣を折ることはできない。
つまり――
(アンタにゃ、剣をガードする術は無えってこと!)
ルベリオの動きを剣で封じつつ、手数で攻める。
アイナの思惑通り防戦一方、回避一辺倒になるルベリオ。
ルベリオは回避するためのスペースを求め、ジリジリと後退していく。
だが――あるタイミングでルベリオは後退することを止めた。
その場で留まりながら、アイナの連撃を避け続けるようになってしまった。
「アハハ、ほらほらもっと頑張らないと」
「ぐぬう!」
攻め続けるアイナが追い詰められていく。
かと言って攻撃を緩めるわけにはいかない。
手数を減らせば、ルベリオが反撃してくるのは目に見えていた。
息が上がる。
体力が奪われていく。
疲労の色が濃くなっていくアイナ。
「あっ!」
足がもつれ、体勢を崩すアイナ。
二人の視線が交錯する。
焦った表情のアイナ。
見下すルベリオ。
そしてルベリオが一歩前に出る。
(もがき続けたバカな女。結果、勝手に自爆。
次は、苦し紛れに一振りしてくるかな。
滑稽だな。本当に)
アイナにわかりやすいように手を振り上げ、攻撃の意思表示をするルベリオ。
(無様にあがくといい。
悲しいねえ、弱いってさ)
ルベリオの動きに呼応するように、アイナは剣を身構える。
ルベリオの頭の中では、力無く振られた剣を回避した後、アイナの顔面を殴打する映像まで見えていた。
だが――
(なにか変だねえ)
ルベリオは違和感を覚える。
剣の持ち方、身体の動き。
そして――アイナの表情。
(剣の向きが変だね。
体勢も崩れたフリかな?
それに――怯えてる顔じゃない。
あれ? これ? ……誘いこまれたのかな?)
次の瞬間――
左から右に振るわれるはずだった剣が、ルベリオの視界から消えた。
左回転するはずだったアイナの身体が、逆回転する。
急回転するアイナ。
そして――アイナの右目がルベリオを捉えた。
(右腕――もらった!!)
回転し威力を増した剣が、ルベリオの右腕に迫る。
アイナはここまで、十八番の回転斬りを封印していた。
初見。
更にルベリオは油断しきっており、完全にアイナの間合いの中。
そして武器も防具も持っていないルベリオは、斬撃をガードすることはできない。
(逃げ場は――――ねえぞ!!)
アイナが確信を持って放った一撃。
そんな一撃は、当たるべくタイミングで手ごたえ無く――すり抜けるように空を斬った。
「バ、馬鹿な!?」
少なくとも何かしらの手ごたえがあるはずだった。
完全回避は想定外。
そして――アイナの視界からルベリオが消え去ってしまったのだ。
目の前から相手が消失する恐怖。
そんな状況に身体が強張るアイナ。
「フフフ」
ルベリオの笑い声が聞こえる。それも前方から聞こえてくる。
アイナの視線は左、右、上、そして下。
そして発見する。
ルベリオは神に祈りを捧げるかのように大地に伏せていた。
顔が地面に接触するほど深く。
ルベリオはアイナの攻撃をしゃがんで、――否、大地に倒れこんで避けたのだ。
祈りを終えたかのようにルベリオは、ゆっくりと頭をあげる。
顔についた汚れを掃う。
笑いながら溜息を吐く。
そんな様子をアイナは見つつ、後ずさりする。
あまりに不気味なルベリオに対し、自然とアイナは後退していた。
「フフフ、斬りかかってこないのかい?」
ゆっくり立ち上がり、お出かけ前に身支度するかのように優雅に服装の乱れを正す。
アイナは「よく……避けれたな」と言う。
ルベリオはくつくつと笑う。
「ウフフ、結構驚いたけどねえ。
戦闘中に回転するなんて予想外だったよ」
「まさか……しゃがんで避けるとは……」
「フフフ、キミ、チビだもんね」
「うっせえな。
ま、敵ながらあっぱれだぜ。
あのタイミングで、横薙ぎを避けるならしゃがむのは最適っちゃあ最適だ」
アイナは髪をボサボサと掻きながらお道化て見せる。
だが正直なところかなり動揺していた。
そして全力で動き回っていたので、体力を少しでも回復させたかった。
(ちょっと頭ン中整理してえ……時間稼ぎしてえ。
会話……乗ってくれっかな?)
ルベリオでお喋りでお調子者であることは間違いない。
だがアイナの狙いは、なんだかんだ読まれてしまう。
時間稼ぎしたいことも、バレている可能性が高い。
ゆえに、バレていたとしてもルベリオが食いついてきそうな話題を探すアイナ。
時間は無い。いつルベリオが攻撃してくるかわからない。
脳みそフル回転で考え、導き出した最適解。
それは――
「アンタ……『幽結界』、使えんのか?」




