拘束されし魔狼⑤ 母
※ちょっとグロいです
出産シーン。
助産師か、畜産業に関りが無い限り中々お目にかかることは無い。
それも――モンスターの出産シーン。
「うへえ」
(ラホイルに言っても信じないだろうな。
……ハテ? なんでラホイル??)
インベントは頭の中に現れたラホイルが、なぜ急に現れたのか疑問に思いつつも拘束されし魔狼の出産シーンを眺めていた。
「アガ……! ア! アァ!」
流れ落ちる体液。
尋常じゃないぐらいに苦しんでいる拘束されし魔狼。
ルベリオ曰く、拘束されし魔狼は何度もモンスターを産み続けている。
「うええ……」
出産が大変であることはインベントも聞いたことがある。
だが想像以上に、拘束されし魔狼は苦しんでいる。
インベント初の出産立ち合い。
それはあまりにもグロテスクだった。
(こんなことを何度もやってきたのか……キツ過ぎるよ……)
何度もモンスターを殺してきたインベントだが、出産は方向性の違うグロテスクさがあった。
インベントは遠巻きで眺めつつも、血の気が引いていくことを感じていた。
だが――インベントは気づいていない。
拘束されし魔狼の尋常ではない苦しみの原因はインベントであることを。
出産は母体に大きな負担がかかる。
場合によっては死に至る可能性だってある。
それも拘束されし魔狼は短期間で何度も続けて子供を産み続けている。
一般的な生物であれば衰弱死してもおかしくない。
だが拘束されし魔狼はモンスターである。
それも出産後に、また出産前の状態に戻る稀有なモンスター。
現世の理から外れた、その摩訶不思議な事象。
それは現世と交わることのない幽世から引き起こされた事象。
幽世の事象に必要な原動力――それが幽力である。
だが現在の拘束されし魔狼は幽力が底を尽きかけている。
度重なるインベントの『ひっさつわざ』で幽壁の発動を繰り返したためだ。
つまり――拘束されし魔狼には出産に耐えるために必要な幽力が残されていなかった。
「ギ、ギギャアア!!」
悲痛な叫び声。
痙攣する肉体。
赤い体液、白く濁った体液、透明な体液。
様々な体液が拘束されし魔狼から流れ落ちていく。
そして――産まれるハウンドタイプモンスター。
だが通常の出産と違う点があった。
それは成体のモンスターが産まれてきたことだ。
つまり赤ちゃんではなく、インベントがオセラシアで何度も目撃し、狩ってきたモンスターの姿かたちそのままで産まれ落ちたのだ。
「おおお……」
赤ちゃんだし可愛いのかな? なんて思っていたインベントの期待は裏切られた。
ちなみに生まれ落ちたモンスターに対し『ぶっころスイッチ』は起動していない。
寝ているかのように動いていないからだ。
だが――それで終わりでは無かった。
「グガアアア!! ア! アッ!」
未だに苦しみ続ける拘束されし魔狼。
出産は終わったはずなのに。
まだ胎動は続いているのだ。
拘束されし魔狼のベースとなった生物は犬である。
犬は一度の出産で複数体産むのが一般的である。
それゆえに、拘束されし魔狼も一度の出産に複数体産むのだ。
****
拘束されし魔狼の出産は一時間近く続いた。
そして五体のモンスターを産んだ拘束されし魔狼。
拘束されし魔狼は明らかに衰弱し、その命は終焉を迎えようとしていた。
さて――
起き上がる子供たち。
本来、動物であれば母に甘えるシーンだ。
だが子供たちの目の前には衰弱死しかけている母らしきモンスター。
そしてモンスターに備わっているテリトリーという概念。
動物が自分より強い動物に近づかないように、モンスターも自分より強いモンスターには近づかない性質がある。
その習性は動物よりも非常に強い。
つまり、これまで拘束されし魔狼から産まれてきた子供たちは、母に甘えてきたりはしなかった。
産まれてきた子供たちよりも圧倒的に強者である拘束されし魔狼から、すぐに離れていったのだ。
子供として母に甘えたいと思う本能よりも、モンスターとしての本能が上回っていたからだ。
だが――現在の拘束されし魔狼は衰弱死しかけている。
母に甘えたい思いと、強者に近づいてはならない思いがせめぎ合い、その場で立ち尽くす子供たち。
「ガ、ガウア……」
拘束されし魔狼は、自分の死を悟っていた。
最期に――母として子供を甘えさせたい思う拘束されし魔狼。
全身の力を抜いて、母性に身を任せようかと思ったその時――
視界に――インベントが映る。
拘束されし魔狼はこのまま死んでいく。
だがその後――子供たちはどうなるのか考える拘束されし魔狼。
このインベントは、子供たちを簡単に殺す力を持っている。
そして虐殺する可能性はある。
いや――その可能性が極めて高いと判断した拘束されし魔狼。
緩みかけた全身を一気に強張らせる拘束されし魔狼。
隻眼の瞳は吊り上がり、鬣は逆立った。
「グギャアアアアアア!!」
響き渡る咆哮。
拘束されし魔狼の咆哮に、震えあがる子供たち。
拘束されし魔狼は大地を強く叩き、再度咆哮を上げる。
五体の子供たちは一目散に逃げていく。
何度か振り返るものの、拘束されし魔狼の威圧感に圧倒され逃げていく。
そして三度目の咆哮を上げる拘束されし魔狼。
「グギャアアアッ――ッッ―――――――」
咆哮が突然止まった。
拘束されし魔狼が残された命を全て燃やし切ったのだ。
ゆっくりと大地に沈んでいく拘束されし魔狼。
その表情は――穏やかだった。
モンスターを産み続ける種馬として利用されてきた拘束されし魔狼。
だが最期に、母として子供を護れた満足感を感じながら――
拘束されし魔狼は、ちらとインベントを見てからその瞳を閉じた。
インベントはなんとも言えない気分になる。
「してやったり…………って感じ? ちぇ」
インベントは二度と動くことのない拘束されし魔狼を数分眺めていた。
不完全燃焼。
だが思いの外インベントの心は穏やかだった。
先ほどまで狂乱していたのが嘘のように。
それは満足げな表情の拘束されし魔狼に毒気を抜かれたからか――それとも――
「……あ、アイナのとこに戻らなくっちゃ」
先ほどまではすっかり忘れていたアイナのことを唐突に思い出したインベント。
インベントは少し名残惜しそうに、ふわりと浮く。
なにはともあれ、拘束されし魔狼との戦いは終わった。
誰に知られることも無く。
少なくともサダルパークの町を襲う元凶は消えたのだった。
めでたしめでたし……?
「あれ……なにか忘れているような?」




