お先マックマ
駐屯地の武器倉庫にて。
インベントは盾を探していた。
縮地を発動するには盾を使う。
故にインベントは大量の盾をボロボロにしていた。
とは言え縮地は盾にそれほど負荷をかけるわけではない。
単純にインベントが練習をしすぎているからだ。
暇さえあれば練習しているので、盾がどんどんボロボロになっていく。
(う~ん……あんまり無いなあ……)
森林警備隊員であれば駐屯所の武器倉庫は自由に利用していい。
持っていくものをしっかりと記載すれば欲しいものを持っていって構わないのだ。
ただ、棚に乱雑に並べられているので欲しいものがどこにあるのかわかりにくいのだ。
『盾ならもっと奥』
「お?」
インベントの耳の奥に女性の声が響く。
【伝】による念話でインベントに話しかけているのだ。
キョロキョロ探すと物陰に隠れて読書をしている女性を見つけた。
「あ、アイナ」
『ちょり~っす』
【伝】は念話ができるようになるルーンだ。
念話と言っても一方通行なので、インベントから念話することはできない。
(マクマ隊長も【伝】だけど……マクマ隊長よりもなんかクリアな音質だなあ~)
武器倉庫で読書をしている彼女の名はアイナ・プリッツ。
栗毛のポニーテールで、身長150cm強。18歳。インベントよりも三歳年上だ。
役割は後方支援であり、主に武器倉庫の管理をしている。
インベントが頻繁に武器倉庫に来るため、少しだけ仲良くなったのだ。
「こっち?」
『そうそう~。奥の樽の裏~』
「ありがとう」
『ういうい~。終わったら台帳に書いて持っていってね~』
「は~い」
アイナは「は~あ、かったる~い」と言いながら読書を続けている。
隅っこで読書しているアイナを見て――
(小動物みたいな人だな~)
と思いつつ――
(なんでいつも念話で話してくるんだろう??)
と疑問に思った。
インベントとアイナの距離は五メートル程度。
声をかけても良い距離だったからだ。
(ま、いっか)
インベントは盾の物色を続ける。
すると、音もたてず武器倉庫に入ってくる人物が一人。
「ア~~イ~~ナ~~~?」
優しいが威圧的な声が武器倉庫に木霊する。
アイナは『や、やっべえ!』と念話でインベントに言う。
正確には間違って心の声をインベントに伝えてしまったのだ。
「は、はいはいー!! ちゃんと働いてますーー!!」
アイナは本を樽の中に投げ込みんだ。
「ほらほらー! インベント君! 盾はここだよー!」
「え? ああ。うん」
「他には何か必要ないかな~?」
急に仕事モードになるアイナ。
それをしっかりと監視する女性。
彼女はスピカ・ニアガラ。
駐屯地補給班隊長を務める人物である。
「ちゃんと仕事しないとダメでしょ~? アイナ~?」
「し、してますー!! 仕事好き好き~大好きー!!」
サボリーマンのアイナとしっかり者のお母さんのようなスピカ。
二人の仲睦まじいやり取りに少しほっこりしつつ、インベントは武器倉庫を後にした。
**
インベントはいつも通り、マクマ隊で任務をこなしつつ、休みの日はノルドとモンスター狩りに出掛けていた。
マクマ隊はモンスター討伐数が増えていく。
もちろんインベントのせいなのだが……マクマにとってはストレスだった。
マクマは元々落ちこぼれだった。
というよりは、モンスター討伐に挫折した男なのだ。
モンスターを殺すことに抵抗がある人間は森林警備隊でも一定数いる。
マクマもその一人だった。
モンスターに刃を突き立てようとしたとき、悲痛なモンスターの顔が忘れられず、逃げてしまった。
そしてマクマは後方支援部隊に異動し、数年過ごした。
だが【伝】のルーンを持ち、運動能力が高く頭のキレも良いマクマを、バンカースは説得し前線部隊への復帰が決まった。
マクマ自身は正義感が強く、前線で役に立ちたいと思っていたのでバンカースの説得には非常に感謝している。
故にマクマはバンカースに対し恩義を感じているわけだ。
それからマクマはモンスターを殺さなくても森林警備隊の役に立つ方法を編み出していく。
チームワークを重視し、モンスターを追い返す手法は当初は笑われたりもしたが、負傷者を出さず継続的に任務をこなす隊としてマクマは上層部からは信頼を得たのだ。
そして現在の隊員たちはマクマ同様にモンスターを殺すことに抵抗がある人たちである。
同じ境遇の者たちが集まっているのが現在のマクマ隊であり、絆は家族のように深い。
バンカースとしてはインベントに、マクマ隊でチームワークを学んでほしかったのだが……
完全に裏目に出てしまったわけである。
インベントにとってはモンスターを狩れるかどうかだけが重要だからだ。
**
マクマは今日の任務が終わり、駐屯地の広場の一角で落ち込んでいた。
「俺……森林警備隊辞めようかな」
「な、なに言ってんすか! マクマ隊長!!」
マクマは一番仲が良く、長年チームを組んでいるラベールに弱音を吐いていた。
ラベールもモンスターを殺せない男なのだが、マクマに拾ってもらい森林警備隊で働いている。
マクマにとってバンカースが恩人のように、ラベールにとってマクマは恩人なのだ。
「なんかもう……疲れちゃったよ」
「い、いやいや! どうしちゃったんすか!?」
マクマは酒を口に含み、大きくため息を吐いた。
ラベールが「聞きますよ! なんでも言ってください!」とマクマを慰めた。
そして――
「隊長会議で……笑われてる気がするんだ」
「え??」
月を眺めながらマクマはポツリポツリと呟くように話し出す。
「モンスター討伐数をさ……言うたびにさ……みんなが笑っている気がするんだよ……」
「え? えっ?」
ラベールは状況が判らずただただ混乱した。
隊長会議に出たことのないラベールからすればモンスター討伐数を報告することさえ知らないからだ。
「ぽ、ぽっとでの新人がバンバンモンスター倒してるのに!!
お、俺の隊はこれまで何やってたんだって言われてる気がする……。
いや! みんなそう思ってるんだ!!」
「そ、そんなことねえっすよ!」
マクマは机をバンと叩く。
「だってえ!! これまで俺の報告なんて興味を示さなかったのに!!
『お? 今回は何匹だ?』なんて聞いてくるんだ! おかしいだろおぉ!」
「い、いや……まあ、あのお……」
マクマは涙目だ。
「ば、バンカース総隊長に任されたから頑張っているけど……もう嫌だ……。
新人なんて受け入れなければ良かった……。
そもそも俺みたいな奴は後方支援にいればよかったんだ……。
モンスターも殺せない奴が森林警備隊にいることがおかしいんだ……。
もう……辞めたい……」
「い、いやいや。もうちょい頑張りましょ? 大丈夫っすよ! ね?」
どうしていいかわからずラベールは子供をあやすようにマクマを励ました。
「もう……俺はダメなんだーーー!!」
翌朝、マクマは高熱を出し倒れてしまった。
インベントを除くマクマ隊の四人は、駐屯地司令官であるエンボスに報告に行くのだが……そんなことになっているとはインベントは全く知らないのであった。