拘束されし魔狼④ 狂気ブースト
俺TUEEE! 主人公最強!
そんなアニメや小説はごまんとある。
その圧倒的な強さの理由や背景は作品によって千差万別だが、共通しているのは主人公が圧倒的な能力を有している点だろう。
ワンパンでどんな敵でも倒せる攻撃力や、拳銃で撃たれても『イテテテ!』で済む防御力。
「なんかやっちゃいました?」と本人は気づいていないが実は圧倒的な攻撃魔法。
能力というよりも存在そのものがチートな場合もある。
そもそも世界最強だったのに転生しちゃったり、異世界からやってきて設定テンコ盛りのスライムになっちゃったり。
スマホの革を被ったチート級の代物を持っていてもいい。
とにかくその世界の常識を大きくぶち壊す存在であればいいのだ。
さて――
インベント・リアルトは『俺TUEEE!』になれるのだろうか?
そもそも圧倒的な能力を有しているか? と問われれば微妙なラインである。
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拘束されし魔狼は後ずさりしながら、インベントを攻撃する。
靄を振り払うかのような拘束されし魔狼の攻撃。
インベントはひどくつまらない表情で、拘束されし魔狼の攻撃を回避する。
拘束されし魔狼は恐怖する。
どれだけ攻撃を繰り返しても当たらないのだ。
まるで攻撃がすり抜けているかのような感覚に陥っている。
「ガ、ウゥ……」
インベントはただ回避しているだけである。
攻撃を予測し、攻撃が到達するギリギリのタイミングで回避行動をとっているだけ。
もしも『俺TUEEE!』的な名前をつけるのだとすれば、『絶対回避』、『超回避』、『インビジブル』、『ファントム』……まあそんなところだろうか。
回避系のチートスキル?
だがインベントがやっているのは、結局のところ『移動』である。
収納空間から得られる反発力を利用して『移動』しているだけ。
移動速度はかなり速いが、チートと呼ぶにはあまりに普通。
ただし、特筆すべき点はやはりタイミングだろう。
移動するタイミングがとにかく神がかっている。
それ以上でもそれ以下でもないタイミングでの移動が、相手からすればすり抜けたかのように錯覚する異常な回避力を生み出している。
つまりインベントの判断力が異常に優れているからこそできる回避なのだ。
いや――インベントの判断力が『狂気じみている』と言ったほうが正しいだろう。
なにせ――失敗すれば死ぬのだ。
死に至る可能性が高い攻撃を寸前で避け続ける。
死と隣り合わせでも、インベントは全く動じない。
死と隣り合わせでも、インベントはミスをしない。
死と隣り合わせでも、インベントは死を気にしない。
これを狂気と言わずなんというのだろうか。
たったひとりで拘束されし魔狼を圧倒するだけの力を発揮できるのは、『狂気』がインベントの戦闘力を飛躍的に高めているからである。
現在のインベントは、『俺TUEEE!』な主人公になれるだけの高みに到達したと言っていいだろう。
拘束されし魔狼をひとりで圧倒できる人物など、『陽剣のロメロ』ぐらいだからだ。
だが――インベントの強さには致命的な欠陥がある。
その欠陥は――遠く無い未来、すぐに露呈することになる。
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インベントはゆっくりと歩を進める。
拘束されし魔狼は後ずさる。
一目散に逃げないのは、拘束されし魔狼のプライドだ。
プライドと恐怖心がせめぎ合っている。
拘束されし魔狼が腰の入っていない、見え見えの攻撃を繰り出す。
インベントは苛立ちを丸太に籠めて撃ち返し、吹き飛ぶ前足。
「――本当にこれで終わり?
なんかあるだろ? モンスターなんだからさ?」
インベントはナイフを発射しようとするが、止めた。
幽力が尽きかけている拘束されし魔狼に対し、これまで同様に急所を狙った攻撃をするわけにはいかなかった。
大怪我をして戦えなくなっては大変だ。
丁重に扱わなければならない。
「な、なあ~。
もういい加減にさあ~、実力を見せてくれよお~」
懇願するインベント。
混迷極まる拘束されし魔狼。
インベントがなにを求めているのかサッパリわからないのだ。
大樹の拘束を解いてくれたかと思いきや、猛烈な攻撃で幽力を削るだけ削り、危険な状況に追い詰めた。
……かと思いきや今度はなにもしてこない。
モンスターらしく『発狂モード』になれと言われても知ったこっちゃない話である。
だが――変化は急に訪れた。
インベントの願いが通じたのか、拘束されし魔狼に異変が。
「お?」
拘束されし魔狼が身震いを始めたのだ。
ドクドクと脈打つように身震いする拘束されし魔狼。
「お? おお? 変身か!?
炎か!? 雷か!? 冷気!? なんでもいいよ!」
これまでとは明らかに違う。
なにかが起こる。それだけは間違いなかった。
だが――
「ガギュアァ……オガア」
嘔吐する拘束されし魔狼。
粘度の高い体液が口から吐き出された。
「――え?」
苦しんでいる拘束されし魔狼。
心配するインベント。
「だ、大丈夫か? ど、どうした?
だ、ダメージを与え過ぎたのか?
し、死ぬな!」
追い詰めた本人が言うセリフではない。
しかし、どうしていいのかわからず、ただただ慌てるインベント。
だが拘束されし魔狼はインベントを気にしている余裕も無い状態だった。
「ガ……ガア」
拘束されし魔狼は立っているのもやっとな状態だ。
だがどうにか姿勢を維持しつつ、インベントに対し睨みを利かせた。
それが虚勢であることはすぐにわかった。
(どうしたの?)
心の底から心配しているインベント。
先程までの狂気に満ちたインベントではない。
視線がぶつかる両者。
拘束されし魔狼はインベントがなぜ襲ってこないのかわからない。
殺すにはこれほどのチャンスは無いはずなのに。
襲う素振りも見せず、本当に心配しているかのようなインベント。
だが――拘束されし魔狼には時間が無かった。
故に拘束されし魔狼が取った選択は――
「…………あ」
拘束されし魔狼は全力で逃走した。
これまでのように後ずさりではなく、脱兎のごとく逃走した。
プライドを投げ捨てた本気の逃走。
置いてけぼりのインベントは――
「ふぇ、ふぇんりーーーーる!!」
と、虚しく叫ぶのだった。
**
逃走する拘束されし魔狼。
だが逃げるにはあまりにもその身体は大きく、圧倒的だった。
森の中の動物たちはたまったものではない。
圧倒的なモンスターが全力で走ってくるのだ。
鳥や動物は一目散に逃げる。
そんな様子をインベントは空から見ていた。
(森が……震えてる)
鳥が飛び、続けて森が揺れる。
拘束されし魔狼が向かった先はすぐにわかった。
インベントは震える森の終着点にゆっくりと向かった。
**
拘束されし魔狼は崖に身体を預け、横たわっていた。
明らかに衰弱している。
飛来したインベントを視界に収めたが、拘束されし魔狼はインベントを無視した。
戦うことはおろか、立つことさえままならない状態だ。
「ガ、ガ、ガウア……」
苦しんでいる拘束されし魔狼を遠くから眺めるインベント。
あまりに想定外な拘束されし魔狼の状況にインベントは困惑している。
「アガア!! ガッガアア!!」
苦しさが増しているように見える拘束されし魔狼。
そんな拘束されし魔狼とは対照的に、インベントは冷静になった。
モンスター狩りを忘れ、拘束されし魔狼の様子を観察するインベント。
そして――あることに気付く。
拘束されし魔狼の腹部が波打っている事に気付いたのだ。
「――あ」
次の瞬間、閃くインベント。
インベントは理解した。
その腹部の動きは――胎動であることを。
「おまえ……出産するんだな」




