拘束されし魔狼③ ひっさつらんぶ
インベントは槍を構え、そしてすぐに発射する。
「『飛龍』」
迅速く、正確に、槍は拘束されし魔狼の眼を狙う。
拘束されし魔狼はガードしようとするが、間に合わず幽壁が発動した。
「ガアア!」
槍を追うようにインベントは加速し、距離を詰める。
右手には『死刑執行人の大剣』。
そして左手には大太刀。
どちらの剣もインベントが片手で振れるような代物ではない。
だが構わなかった。
「――鬼神連刃」
右手の『死刑執行人の大剣』を加速させ、拘束されし魔狼の顔面を狙う。
防御は間に合わず、発動する幽壁。
攻撃は拒絶される。
続けて左手の大太刀を加速させ、顔面を狙う。
やはり防御は間に合わず、発動する幽壁。
インベントの攻撃はあまりにも速過ぎた。
限界まで加速させた武器は、斬撃というよりは射撃に近い。
拘束されし魔狼はなんとか反応できても回避も防御も間に合わない。
とは言え、超速の武器を保持していられるほどの握力はインベントには無い。
だが、それも構わなかった。武器を持っている必要など無いのだから。
「――空間納刀」
ゲートを開き、幽壁と衝突し弾き飛ばされた武器をすぐに回収する。
「――空間抜刀」
回収した武器をすぐに手に取る。
そして――
「――鬼神連刃」
ループする。
正確無比の強力な斬撃がループする。
インベントの剣術レベルは森林警備隊に入隊してからさほど向上していない。
努力はしたがセンスが無いのだ。
だが今のインベントに剣術の技量は不要である。
出したい場所から武器を取り出し、思い切り加速させる。
手は添えるだけ。握力も必要ない。
弾かれ飛んだ武器は収納空間で回収すればいい。
素早く、正確に、連続して収納空間を稼働させる。
ループする連撃に必要なのは、卓越した収納空間の扱いだけなのだ。
「連刃――連刃――連刃――連刃――連刃――連刃――」
防御されても構わない。
ただひたすらに攻撃を続け、斬り刻む。
そして幽壁を何度も発動させる。
幽壁は無限ではない。
幽力が無くなれば発動しなくなる。
拘束されし魔狼も反撃を試みるが、全て潰される。
行動パターンを読み切っているのだ。
「連刃――連刃――――ん??」
連撃の途中で、ピタリとインベントの動きが止まる。
目の前に拘束されし魔狼がいるのに上の空だ。
ここぞとばかりに反撃してくる拘束されし魔狼の攻撃をいとも簡単に回避し――
インベントは構えを変えた。
大きく体を捩る。
「ええ~っとねえ。
す、すたーばーすと、すとーむ?」
技名を、たどたどしく言葉にするインベント。
だがたどたどしさとは裏腹に強烈な連撃を繰り出す。
十を超える連撃の後、構えを変えるインベント。
そして再度、別の技名を叫び、連撃を発動。
そのサイクルを繰り返した。
「ちょーきゅーぶしんはざん!」
「げいとうば・びろん!」
「えたーなるふぉーすぶりざーど!」
「滅びのぶぁーすとすとりーむ!」
「すたーぷらちななワールド!」
「さつげきぶどうけん!」
「たつまきへんぷうきゃく!」
「く、クズ優先!」
インベントが技名らしきものを叫ぶ度に、猛烈な連撃をお見舞いする。
様々な角度から、全て顔面――いや、全て眼球を狙った攻撃。
片目を潰されている拘束されし魔狼は、残ったもう一方の目まで失うわけにいかない。
どうにか対抗しようとするが反撃しようにも、行動パターンを見抜かれており、予期され、簡単に防がれる。
防がれるだけならまだいい。
反撃に対して強烈な反撃で対抗され、体勢を崩された挙句、ふざけた名前の必殺技をお見舞いされる。
打つ手がない拘束されし魔狼。
幽壁が発動しなければ、残された眼も潰され、絶命していただろう。
幽力は基本的には肉体の大きさに比例する。
故に拘束されし魔狼は大量の幽力を保持している。
だがインベントの攻撃で拘束されし魔狼の幽力は尽きかけていた。
インベントはある意味、モンスター討伐の正攻法を実行している。
森林警備隊が大物狩りをする際には、幽壁を何度も発動させ、幽力を削り、ガス欠になるまでモンスターを追い込む。
森林警備隊のスタンダードな大物狩りを、インベントはたった一人で実行しているのだ。
真正面から戦いを挑むインベント。
ひとり、圧倒的に巨大な生物に挑むその雄姿は、神々しくもある。
もしもインベントに『世界を守る』、『誰かを守る』――
そんな信念が、一ミリでも――
誰がために戦う信念でもあれば、インベントは英雄になったのかもしれない。
(ほらほらほら!
そのままじゃ死んじゃうよ!?
さっさと……発狂モードになりなよ!?)
インベントは守勢に回る拘束されし魔狼に対し、両手から槍を発射し、何度も何度も執拗に狙い続ける。
目的は――楽しむためだ。
モンスターというものは、追い込んだ先に真の力を発揮する。
そう信じているのだ。
ゲームのように発狂モードがあり、プレイヤーに対して理不尽な攻撃を仕掛けてくると信じているのだ。
発狂モードを攻略してこその、モンスター狩り。
だが――その時が来る前に――
インベントが発射した槍が幽壁に弾かれる。
だがこれまでのように完全には弾かれず、幽壁を貫いた。
多少軌道が変わったが、槍は拘束されし魔狼に到達する。
そして、槍は拘束されし魔狼の瞼を斬った。
「ア、アガアァ!!」
存在するのかもわからない発狂モードを迎える前に、拘束されし魔狼の幽力が底を尽きかけていた。
明らかに狼狽えている拘束されし魔狼。
発動すべき幽壁が発動しなくなってしまったからだ。
そして隻眼の拘束されし魔狼にとって、残された眼は命に等しいほど重要な部位である。
幽壁に回数制限があることなど、拘束されし魔狼は知らない。
幽力が尽きるような状況に陥ったことなど無いからだ。
インベントは待っている。
拘束されし魔狼完全に追い込まれている。
このままでは危険な状況である。このままでは小さな化け物に殺されてしまう。
(さあ、出せよ。
持ってるもの全部出せよ。
隠してる手が、まだ、もっと、あるんだろ?
出せ! 出せ! 出せ!)
窮鼠、猫を噛む。
窮地に追い詰められれば、弱者でも逆襲するたとえ。
もちろん拘束されし魔狼は弱者ではないが、インベントは信じている。
窮地が拘束されし魔狼の隠された力を引き出すと。
拘束されし魔狼を守る幽壁はすでに機能していない。
死が目前まで迫っているのだ。
これ以上ないほどに追い込まれている拘束されし魔狼。
逆上し、憎きインベントに対して逆襲を誓うお膳立ては整ったと言える。
――だがインベントは知らない。
皆が皆、窮地に追い詰められたとしても、逆上するとは限らないのだ。
「が、がううう」
半身になる拘束されし魔狼。
残された大事な右目をインベントから遠ざける。
そして左前足でインベントを牽制する。
『やめて! こないで! 助けて!』
そんな言葉が聞こえてきそうな拘束されし魔狼の攻撃とも言えない行動。
拘束されし魔狼の身体の数か所が、意図せず痙攣している。
瞳の奥には憎悪の炎ではなく、恐怖が宿っていた。
インベントは圧倒してしまった。
拘束されし魔狼の闘争心を叩き折ってしまったのだ。
そんな拘束されし魔狼を見るインベント。
首を捻り、ゆっくりと一歩前に進む。
進んだ分だけ、後ずさりする拘束されし魔狼。
インベントの表情が変わっていく。
誰よりも期待していた。
信じていた。
愛していた。
そんな相手から裏切られた落胆。
インベントの行き場の無い思いは――
「ハアァ?」
言葉にならない言葉に変わった。




