拘束されし魔狼②
胸元が燃えている。
どうしていいのかわからず拘束されし魔狼は暴れる。
自ら胸を叩き、転がり回り、地面に胸を擦りつけてどうにか鎮火に成功する。
インベントはただ待っていた。
(結構、良く燃えたな)
胸元の毛が焼けこげてしまった拘束されし魔狼。
元々毛並みが悪かったが、更にみすぼらしくなった。
呆けている拘束されし魔狼。
「――ふむ」
インベントはナイフを発射した。
潰されていない眼球目掛けて発射されたナイフ。
虚を突かれた拘束されし魔狼は、反射的に瞼を閉じ、首を捻り避けようとする。
だが間に合わず、幽壁がナイフを弾いた。
「フフフ、もっと遊ぼう」
一歩前にでるインベント。
それに対し――拘束されし魔狼は小さく――とても小さくだが一歩足を引いた。
得体の知れないインベントに対し、身体が怯えているのだ。
インベントはその一歩を見逃さない。
嘲笑。
「ふっ、ふふふ――まさか逃げモードに入るわけじゃないよね?」
モンブレでは、一定のダメージを受けたモンスターが逃げる場合がある。
逃げて、戦場を移すのだ。
「う~ん……さっさと発狂モードになってほしいんだけどな~」
インベントは指を立てた。
「えい」
インベントはナイフを発射する。
クルクルと回転しながら放物線を描く。
わかりやすく発射されたナイフを拘束されし魔狼は弾き飛ばす。
「ははは、上手い上手い。
それ~」
ナイフを何度も飛ばすインベント。
拘束されし魔狼は都度都度弾き飛ばす。
拘束されし魔狼は気づく。
インベントの攻撃は挑発行為であり、拘束されし魔狼は舐められていることに。
拘束されし魔狼は怒りの表情とともに、前足を高く掲げた。
そして思い切り振り下ろす。
「おおっ!? パターンが変わったぞ!」
爆音とともに粉塵が舞う。
拘束されし魔狼の姿を隠すほどに。
「こりゃあ厄介だな!」
言葉とは裏腹に嬉しそうなインベント。
粉塵の中から猛スピードで突進してくる拘束されし魔狼。
これまで通りなら、攻撃に対してジャストスラッシュを決めればいい。
だが――
「ふ~~ん。なるほどね」
これまでとは何か違うことを悟ったインベント。
『死刑執行人の大剣』を取り出し、インベントは反発移動で回避する。
だが、追随する拘束されし魔狼。
これまで怒りのままに戦った結果、インベントにしてやられている。
拘束されし魔狼の表情は怒りに満ちているが、冷静さも併せ持っている状態だ。
「これは面白い。
ジャスラ対策ってわけか。
くふふ、頭……いいみたいだね」
ジャストスラッシュは『敵を殺せると確信した』攻撃に対してのカウンター攻撃。
タイミングは非常にシビアだが、成功すれば幽壁を無効化できる。
逆に言えば、殺意のない攻撃に対してはジャストスラッシュは発動できない。
拘束されし魔狼は移動速度は維持しつつも、攻撃速度を意図的に抑えていた。
怒りに任せた攻撃ではなく、軽く当てる程度の攻撃に切り替えた。
まあ、軽く当てたとしても、その巨体ゆえ大ダメージなのだが。
拘束されし魔狼はジャストスラッシュの原理を理解したわけではない。
だが何度も視界から消失したインベントを警戒し、インベントを見失わないことを最優先にした戦闘スタイルに変えてきたのだ。
そして侮ることもやめた。
インベントは矮小な生物だが、危険な生物だと認識したのだ。
拘束されし魔狼のベースとなった動物は犬である。
犬は特筆して目が良いわけでは無い。
だが視野は人間より広いし、嗅覚も聴覚も優れている。
警戒している現在の拘束されし魔狼から、ジャストスラッシュを決めるのは非常に難しい。
インベントが気付いたように、インベントにしか見えない光も勘づいたのか、ジャストスラッシュのタイミングを提示してこない。
「ふ~ん、面白いね。
ま、ネコパンチみたいでカッコ悪いけどさ。ぷふふ」
インベントは拘束されし魔狼の攻撃を避けながら、観察する。
豪快さは無くなってしまったが、大きく振りかぶらない攻撃。
インベントは犬なのに『ネコパンチ』を使用してくることに、自分で言って自分でウケている。
とは言え、攻め難いスタイルに変化したことは間違いなかった。
「ふふふ、ふふ」
インベントは笑みを噛み殺す。
(どうやって……攻略しようかな)
モンスターとは、強く大きい生物。
特殊な能力なんてあるとベター。
特徴的な部位があってもいい。
そしてモンスターは様々な行動パターンを持ち、ダメージを受けると攻撃が苛烈になったり、行動パターンが変わったりする。
――インベントはそう思っている。
拘束されし魔狼はインベントの求めるモンスター像に非常に近い。
強く大きく、そして特徴的な鬣。
特殊能力ではないが、子を産むというユニークさを持つ。
そして行動パターンも変わる。
楽しくて仕方ないインベント。
一歩間違えれば即死するこの状況も、インベントにとっては最高の時間なのだ。
(この『ネコパンチ』形態も――
攻略すれば新しい形態に変わるかなあ?)
インベントはニヤニヤしながら拘束されし魔狼の突進を待つ。
拘束されし魔狼が繰り出すネコパンチを寸前で垂直に飛び上がり回避する。
だが拘束されし魔狼は見失わない。
見上げる拘束されし魔狼。見下すインベント。
落下してくるインベントを叩き落そうとする拘束されし魔狼。
その動きはまるで、ねこじゃらしをパンチしようとするネコのようだ。
「にゃあ~」
インベントの猫なで声。
続いて、インベントはネコパンチの素振りを見せた。
インベントと拘束されし魔狼のネコパンチが……交錯する?
交錯する前に――拘束されし魔狼の前足に衝撃が走る。
大きく吹き飛ばされる拘束されし魔狼の右足。
肩が抜けるかと思うほどの衝撃に、拘束されし魔狼は自身の右足を見る。
――見てしまった。
視線をインベントから外してしまった。
「――ネコパンチに対してジャスラは難しいけどさ~。
パンチが遅いから、簡単に丸太で弾き飛ばせちゃうよ~? ふふ」
拘束されし魔狼はハッとして、振り返る。
インベントの凶刃は、すでに顔前まで迫っていた。
「ガギャアー!」
まるで悲鳴のように声をあげる拘束されし魔狼。
『死刑執行人の大剣』は拘束されし魔狼を引き裂――けない。
攻撃が拘束されし魔狼に到達する寸前に幽壁が発動し、『死刑執行人の大剣』は弾き飛ばされてしまった。
だがゲートを開きすぐに回収するインベント。
(さあて……と)
ともに落下するインベントと拘束されし魔狼。
短い刻の中、次の一手を考えるインベント。
打てる手は複数思いついている。
そんな時――
(『―――――――――――』)
インベントの頭の中で声が響いた。
「――うん、そうだね、そうしようか」
声の誘うままに、インベントは次の一手を選択した。
数ある手の中で一番面白そうな手を。
拘束されし魔狼にとって、最も残酷な手を。
ガンバレ! フェンリル!




