拘束されし魔狼①
インベントと拘束されし魔狼は、追いかけっこをしていた。
拘束されし魔狼は森林地帯を縫うように疾走する。
ハウンドタイプらしい機敏さと、ハウンドタイプらしからぬ巨体を活かした豪快な動き。
インベントは『死刑執行人の大剣』を手に持ちながら逃げる。
拘束されし魔狼と一定間隔の距離をとりつつ逃げる。
だが、逃げつつも観察するインベント。
拘束されし魔狼の動きのパターンや癖を把握する。
そして気付く。
(ああ、やっぱりお母さんなんだね)
オセラシアで何百と殺したハウンドタイプモンスターたち。
その動きには似通った癖があった。
殺してきたモンスターたちと、同じ動きの癖を感じ取ったインベントは、拘束されし魔狼が母体であることを確信した。
さて――
少し開けた場所を発見したインベントは、立ち止まる。
「どうしようかなあ」
拘束されし魔狼相手にどう戦うか思案するインベント。
(徹甲弾を使って遠距離戦が一番安全だな~。
それか――スピードで撹乱して『致命的一撃』狙いか――)
相手はAランク以上のモンスター。
もしも森林警備隊が討伐することになれば、数の暴力で戦うしかない相手である。
防御は【大盾】や【保護】のルーンを持つディフェンダーに任せ、防御の合間にアタッカーが削る。
大物狩り経験のある手練れが30名は欲しい。
万全を期しても数名の死者は免れないだろうが。
そんな相手に対しインベントは単独で戦おうとしている。
正気の沙汰ではない。
そう――正気ではないのだ。
なぜならインベントにとってこの世界はゲームであり、現実なのだから。
「ふふふ」
拘束されし魔狼が止まっているインベントを睨みながら歩を進めてくる。
(とりあえず徹甲弾で牽制――ん?)
インベントの後方でドンと音が鳴る。
勝手に収納空間から徹甲弾が地面に向けて発射されたのだ。
地面にめり込む鉄塊を見て――インベントは理解した。
その鉄塊は、何をすべきかインベントに教えてくれたのだ。
鉄塊の提案に乗るインベント。
インベントは左足裏を地面にめり込んだ徹甲弾に添えた。
徹甲弾はまるでクラウチングスタートをする際に使用する、スターティングブロックのように足をしっかり支えている。
インベントは踏ん張るような体勢をとる。
「さああ~! 来い!!」
逃亡から一転――、ぶつかってこいと言わんばかりに両手を広げて待つインベント。
挑発に即応じる拘束されし魔狼。
拘束されし魔狼に戸惑いはもう無い。
駆け寄る拘束されし魔狼。
その動きは、やはりオセラシアで狩りまくったモンスターたちと酷似している。
速さも同程度。
だが大きさが違う。
(ハハハ、イイネ!)
迫りくる拘束されし魔狼の圧力に興奮するインベント。
まともに接触すれば即死だ。そんな相手に対しても恐怖をまったく感じていない。
拘束されし魔狼は、モンブレの大型モンスターと同程度のサイズであり、毎日のように大型モンスターを見ているインベント。
インベントにとっては見慣れたサイズなのだ。
インベントはタイミングを計る。
ギリギリまでモンスターを引き付ける。
一歩……いや一秒間違えれば死が待っている。
そのベストのタイミングが――来た。
(ここだ――ん?)
インベントがベストと思ったタイミングよりも少しだけ遅れて光が見えた。
更にインベントが狙っていた場所と違う場所で光る。
インベントにだけ見える光。
その光は常にベストタイミングを教えてくれてきた光。
インベントは光の誘いにタイミングと場所を委ねることにした。
(瞬間だ!)
インベントは、拘束されし魔狼の胸部にゲートを起動する。
続けて丸太を20センチほど出した。拘束されし魔狼が反応できるはずもない。
そして接触する丸太と拘束されし魔狼。
丸太は収納空間に押し戻される。だが押し戻した先には高密度の砂がある。
拘束されし魔狼は空中で完全に停止した。
どれだけ力を加えたとしても丸太は動かない。
収納空間の中は現世の理から外れた場所だからだ。
そして――入らないモノを入れようとすれば生じる反発力。
その力が強ければ強いほど、反発力は大きくなる。
拘束されし魔狼の巨体と推進力が生みだす破壊力を、そっくりそのままお返しする。
『丸太ドライブ――零式』。
改め――
(丸太式完全反射――零式!!)
収納空間から飛び出している部分の丸太が衝撃に耐えきれず、ひび割れる。
続けて丸太が超高速で飛び出し、拘束されし魔狼を真っすぐ吹き飛ばした。
細い木をへし折り、大樹に弾かれながらどうにか停止する拘束されし魔狼。
なにが起こったかわからず拘束されし魔狼は混乱する。
胸部に強い衝撃が走っている。呼吸困難に陥っている。
それよりもなぜ吹き飛んだのかわからない。
誰よりも大きいはずの拘束されし魔狼はもちろん吹き飛ばされた経験などない。
わからないことだらけ。
そんな中――
「あ~一撃じゃ無理だったか~」
木の上から見下しているインベント。
暢気に観察している。
インベントの右頬には小さな裂傷が。
「はは、木の破片で切っちゃったよ。
丸太が破裂するとは思わなかったなあ。
そのせいで威力が落ちちゃったのかもね。
ははは、でも凄いな~丸太式完全反射――零式。
でもあれだね~、ガトチュってなんだろうね?」
インベントは頭の中で響いた言葉をそのまま口にした。
モンブレの技でもない言葉だが、思わず口にだしてしまったのだ。
さて――
拘束されし魔狼はインベントを見上げていた。
語りかけるように何か喋っているインベント。
その表情に、恐れは微塵も無い。
(見下スナ!!)
インベントを排除しようと、飛び上がり、怒りに任せ、振るわれた前足。
回避行動をとらずじっと待っているインベント。
拘束されし魔狼は確信する。
インベントを殺ったと。
だが、直後に感じる熱。
身体に衝撃が走る。
「――残像だ」
拘束されし魔狼は後方からインベントの声を聞く。
振り返る拘束されし魔狼。
いつの間にかインベントの手には『死刑執行人の大剣』が握られている。
拘束されし魔狼は攻撃されたことを知る。
だがなにをされたのかわからない。
「ガアアアァ!」
今度は噛みつき攻撃。
やはりインベントは動かない。
拘束されし魔狼は今度こそはと確信する。
攻撃は成功した――と。
後は、牙にインベントの身体を貫く感触と、顎にインベントの命を奪う感覚が伝わってくるはず。
だがその感覚が伝わってくることは無い。
「――それも残像だ」
当たったはずの攻撃は当たらない。
そして、いつの間にかダメージを負う拘束されし魔狼。
拘束されし魔狼は迷い始める。
攻撃しようとする野生の本能と、攻撃しても当たらない不可思議さで揺れる拘束されし魔狼。
「ふふふ」
インベントは『死刑執行人の大剣』を仕舞う。
そして指を組み、まるで忍者のように構えた。
更にブツブツとなにかを唱えながら、指を組み換え続けるインベント。
その様子はまるで本物の忍者のようだ。
拘束されし魔狼からすれば気味が悪い。
だが引くわけにはいかない。
圧倒的な体格差があるのに、恐怖して逃げることなどできようか。
再度振るわれる飛びかかりながらの一撃。
当たれば勝ちなのだ。当たれば。
右から左に振るわれた一撃は――
(当タッタ!)
これまでと違い、拘束されし魔狼の攻撃は確実にインベントを捉えた。
吹き飛ぶインベント。
吹き飛んだインベントは大樹に激突した。
インベントを殺した。
大樹に思い切り激突したのだ。死亡したに違いない。
もしも――仮に生きていたとしても瀕死は免れない。
拘束されし魔狼は勝ちを確信する。
忌まわしきインベントを見る拘束されし魔狼。
そこにはインベントの肉体が転がっている。
だが――死んでいないかもしれない。死んだふりかもしれない。
得体の知れない人間だったし、念のため警戒する。
警戒とはつまり、インベントの死体を注視しているということだ。
なのに――
「――木遁、影分身の術」
警戒していない場所から声が聞こえる。
声の主を探す拘束されし魔狼。
そして発見する。
何食わぬ顔で立っているインベントを。
死んだはずなのに。
「ハハハ。
――ミ、――イツジ、――サル、――トリ、――ウマ、――トラ」
インベントは指を組み替えながら、頭に浮かぶ言葉を唱える。
「火遁――炎弾・不死鳥」
インベントは良く燃える紐の束を発射する。
続けて、火のついた手裏剣、焔手裏剣を発射する。
二つはほぼ同時に拘束されし魔狼胸部に着弾する。
そして――燃え上がる。
「ガ、ガアアアアア!?」
燃え上がる炎を必死に消そうとする拘束されし魔狼。
そんな様子をインベントは、嘲笑うように見ていた。
「ハハハ、『影分身』ってなんだろうね?
ハハハ、『不死鳥』ってなんだろうね?
ハハハハハハハハハハ」
狩りは――
――地獄は始まったばかりだ。
闇の炎に抱かれて――馬鹿なっ!




