浮気は許さない
拘束されし魔狼が解き放たれた。
これまで苦汁をなめ続けた拘束されし魔狼は、空気が震えるほどの咆哮を放つ。
アイナは硬直した。
死の恐怖で頭から足先の筋肉が全て硬直するほどに。
インベントは喜んだ。
咆哮の振動さえ心地よい。
ルベリオからは「わお」と驚きの声が漏れた。
その驚きは拘束されし魔狼が解き放たれたことに対してではなく――
(五発……石かな?
凄いな……アドリーの拘束を簡単に破壊するだなんて)
感心するルベリオだが、感心している場合では無かった。
解き放たれた拘束されし魔狼。
怒りの矛先は――
(当然、ボクだよね。
アハハ、そりゃそうか。
たくさん……虐めちゃったもんねえ。
感じるよ。明確な殺意ってやつをさ)
積み重なった恨みは、ルベリオに向けられた。
当然の流れである。
片目を抉ったことを筆頭に、ルベリオに対して恨んでも恨み切れない思いがある。
ルベリオは更に感心する。
(そっかそっか。
ここまで計算して、インベントはコイツを解放したのか。
アハハ、なかなか策士じゃないか!)
ルベリオのインベントに対する評価は鰻登り。
アドリーの拘束を破壊する攻撃力。
モンスターをけしかけてくる策士っぷり。
「アハ、アハ――」
想定外の事態にルベリオは興奮する。
拘束されし魔狼はルベルオを睨み、威嚇する。
ルベリオは堂々としている。
(だけどねえインベント。
計算違いをしているよ。
ボクが……この犬っころよりも弱いとでも?)
そう思いつつ、ルベリオは少し残念な思いになる。
(とはいえ……瞬殺できるわけじゃないからなあ。
残念だなあ。インベントと遊んでみたかったよ)
拘束されし魔狼と戦えば、インベントとアイナを監視することはできない。
拘束されし魔狼をけしかけた時点で、戦略的にはインベントの勝利と言える。
ルベリオが拘束されし魔狼の相手をしている間に、インベントたちは逃げればいい。
――もちろん、インベントがルベリオに対しモンスターをけしかけたのならば、の話である。
インベントが徹甲弾を発射する。
ルベリオは身構えた。
当然、ルベリオを狙ってくると思ったからだ。
インベントの狙いは拘束されし魔狼とルベリオの共倒れ。
(フフフ、当たらないよ!
……あれ?)
ルベリオを狙ったはずの徹甲弾は、明後日の方向に飛んでいく。
ルベリオはインベントを見る。
インベントの眼差しは真剣そのもの。
少し怒りが混じっているようにも見える熱い視線。
その視線の先には拘束されし魔狼。
当然の如く、ルベリオなど見てもいない。
そう――ルベリオが入り込む余地など微塵も無いのだ。
インベントとルベリオ、奇しくもふたりは同じ事を考えていた。
相手は――
『俺』だろ――
『ボク』だろ――
――と。
アイナは困惑する。
一寸先がどうなるか予想できないからだ。
ルベリオも困惑する。
インベントの目的がわからない。
インベントは確信する。
拘束されし魔狼と絶対に遊ぶと。
そして――もっとも困惑しているのは拘束されし魔狼だろう。
憎きルベリオを殺そうとしているのに、なぜかインベントからの熱視線。
(フクシュウノ……テダスケ、シテクレタンジャナイノ?)
インベントは『死刑執行人の大剣』を取り出した。
続けてふわりと飛ぶ。
まるで蝶のように飛来するインベントに拘束されし魔狼は呆然としている。
ルベリオも呆然としている。
ルベリオはインベントを見て「綺麗だ」と呟いた。
インベントは拘束されし魔狼の間合いに入った。
だが拘束されし魔狼は動かない――いや動けなかった。
攻撃していいのかわからず、ただただインベントを凝視する拘束されし魔狼。
大樹の拘束を解いてくれたインベントに、今度は精神的に拘束されてしまったのだ。
そんな拘束されし魔狼に対し――
インベントは剣で、拘束されし魔狼の頬を思い切りぶっ叩いた。
あえて斬るのではなく、剣の腹でぶっ叩いた。
『死刑執行人の大剣』は先端が平らであり、叩きやすい形状なのだ。
剣でビンタされた拘束されし魔狼。
ダメージは無い。
拘束されし魔狼を飛び越えたインベント。
拘束されし魔狼は当然、インベントを見る。
インベントは――挑発的な態度で待っていた。
(さっさと来いよ)
自分よりも明らかに小さい生物であるインベントに挑発された拘束されし魔狼。
過去のルベリオを上書きし、現在のインベントが上回った。
「ガアアアアアア!」
インベントは剣を構えた。
その構えは――モンブレの大剣使いの構えと酷似している。
「ハハ、やっとか――――来い!」
拘束されし魔狼がインベントに襲いかかる。
インベントは、『死刑執行人の大剣』を真っすぐ構え、収納空間内の砂空間を押した。
急激に遠ざかるインベントを、四肢の筋肉を爆発させて追う拘束されし魔狼。
「ハハハ! ハッハッハッハ!!」
戦いが――
狩りが――始まる。
****
嵐が去った。
(なんというか……物悲しいね)
ルベリオは立ち尽くしていた。
インベントには見向きもされず、拘束されし魔狼もインベントを追って行ってしまった。
ルベリオは知らない。
インベントがモンスター大好き少年であることを。
だからこそ、こう結論付けた。
(拘束されし魔狼は危険な存在なので始末しなければならない。
でも……ボク――ルベリオ・ベルゼは取るに足らない存在。
そういうことなんだね……インベント)
苛立つルベリオ。
だがルベリオは苛立ちを楽しんでいた。
(フフフ、思い通りにならないとこういう気分になるんだね。
新しいな)
ルベリオは手の爪の付け根を弄る。
苛立ちを消化するために。
「――で? キミはどうするんだい?」
ルベリオが振り向かず、目もくれず問いかける。
相手は、アイナである。
嵐が過ぎ去ったこの場所に、ルベリオとアイナが残っている。
アイナは応えない。
ルベリオを警戒し、ルベリオの出方を伺っている。
「追いかけるのも面倒だしなあ。
どんどん遠くに行っちゃってるし。
待ってれば戻ってくるかな。フフフ――そんなわけないか」
ルベリオは当然、インベントがこの場所に戻ってこないと予想した。
アイナは少し考え、思わず「――え?」と声が漏れる。
「ん?」
「い、いや、戻ってくるだろ」
「どうして?」
「だ、だって戻ってこないと……アタシ……帰れないじゃん」
ルベリオはアイナの顔をじ~っと見る。
これまではインベントにしか興味を持たなかったルベリオだが、初めてアイナに興味を持った。
「ふ~ん、キミのもとに帰ってくるんだ。そっか、そうなんだね」
ルベリオの言葉の裏には『ボクのもとには帰ってこないのに』という思いがある。
「上品さも清楚さもないし、幼児体型。
インベントは、こんなののなにがいいんだろう?
まあ、小さい女の子が好きな男って結構いるらしいね」
「うっせえうっせえ。てかインベントとアタシはそういう関係じゃねえっての」
「アハハ、そういう関係じゃないのに、キミのもとに帰ってくる確信があるんだね。
理解できないな。インベントはそれほどキミのことを気遣っているようにも見えなかったけど?」
「そ、それは……」
急に不安になるアイナ。
インベントがアイナを放置しない保証はどこにもない。
そしてもしも放置されれば、現在、森林地帯のど真ん中であり、死あるのみ。
(や、やべえ……ど、どうしよう!
こ、ここにインベント戻ってこれるのかな?
お、折れた木が目印になるかな!?
と、というか死んじまったらどうしよう!
あ、あんなモンスターと戦ったらどうなるかわかんねえよ……)
アイナの生死はインベント次第なのだ。
自身の生命がインベント次第になっていることに不安を隠せないアイナ。
だが――
それ以前に――
目の前の異常者を忘れてはならない。
くつくつと笑うルベリオ。
ルベリオは「そっかそっか」と呟きながらアイナに近づいてくる。
アイナは後ずさりする。
「インベントは戻ってくるのか。
だったら……キミを殺しておけば、インベントも怒ってくれるかなあ?
ねえ?」
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