真実なんてどうでもいい
大樹に捕らわれたモンスターが子供を産む。
ルベリオ曰く――産み続ける。
アイナは思う。
妄言、虚言だ――と。
ルベリオの発言を鵜吞みにすることなどできるはずもない。
そもそもモンスターは繁殖しない。
モンスターは偶発的に発生するもの。
それがアイナの信じている常識である。
だが、オセラシアでのモンスター大量発生。
そしてインベントが「妊娠している」と断定した。
常識と、目の前の事実の狭間で揺れるアイナ。
なぜモンスターが子供を産むのか?
ルベリオは信用できないが、知りたいと思ってしまっている。
アイナは、ルベリオが語る内容を心待ちにしている自分自身に舌打ちした。
そんなアイナを見透かして、ルベリオは笑う。
そして開口一番――
「まあ、詳しくは知らないんだけどね」
アイナの眉間に皺が寄る。
「アハハ、怒らないでよ。
短絡的だね。もっと大らかにならないと人生疲れるよ?
まあ――そうだね、なんとなくは知っているよ。
インベントも興味あるだろう? どうやってコレが生み出されたか」
インベントは無表情に「まあ」とだけ応えた。
「ええ~っとねえ……ラーエフが言うには……なんだっけなあ。
そうそう、モンスターってのは変異した状態を維持するらしいよ。
生まれてすぐモンスターになれば、小さいモンスターになるし、老衰状態だと弱ったモンスターになるそうだよ。
それでねえ、モンスターを種馬にするには、妊娠中にモンスター化させればいいんだってさ」
「へえ~なるほど~」
インベントは耳寄り情報を聞いた程度の反応を示す。
だがアイナは思わず「な、なんだって!?」と叫んだ。
「こ、このモンスターは妊娠中に、モンスター化したってことかよ?」
ルベリオはうんざりした顔をしている。
「たった今、説明したことを聞き返すってさ、失礼だと思わないのかい?
そういう無神経さって良くないと思うよ」
ルベリオの棘のある発言にアイナは内心苛ついていたが、無表情で受け流す。
それは、ルベリオから情報を引き出したいと思ったからだ。
「フフ、まあいいか。
だからコレは命尽きる日までひたすら子供を産み続ける。
まあ、種馬をつくりだすのはかなり難しいらしいけどねえ」
「つくりだした?? 自然発生じゃないのか?」
「ハア~……バカなのかい? つくりだしたって言っただろう――――」
ルベリオとアイナの問答は続く。
ギスギスした会話だが、アイナは耐える。
ルベリオは質問をはぐらかすようなことはしない。
嫌味を交えながらも、アイナの質問に答えるルベリオ。
そんな問答の中――インベントは――
**
饒舌に喋るルベリオのお陰で、アイナの疑問はほとんどが解消された。
ルベリオは『星堕』という組織に属している。
『星堕』にはアドリーも所属しており、総勢六名。
種馬と呼ばれるモンスターを産み続けるモンスターは、なにかしらの方法でつくりだしている。
方法はルベリオも知らないが、ラーエフという男が主に関与している。
そして種馬を利用し、オセラシア側に大量のモンスターを送り込んでいる。
知れた内容はそれぐらいだった。
なぜそんなことをするのか? そもそも『星堕』の目的は?
アイナは聞いてみたが、求める答えは得られない。
ルベリオ曰く――『目的なんて人それぞれ』。
ちなみにルベリオの目的は『面白そうだから』――だった。
疑問はかなり解消されたが、情報量が多く困惑するアイナ。
「――そろそろ質問はいいかな?」
「っへ、ご丁寧にどうも」
アイナは頭を掻いた。
(こりゃあ……アタシなんかで対処できる話じゃないな。
う~ん、クラマさんに伝えなきゃならねえ情報だな。かったるいけど。
後は、ここをおいとまするだけなんだが……。
やっこさん、逃がしてくれますかねえ?)
アイナは念話でインベントに話しかける。
『おい、インベント。飛んで逃げようぜ。
ルベリオの強さはわからねえけど、急に飛べば大丈夫だろ』
モンスターを見ていたインベント。
インベントは視線をアイナに向ける。
その視線は冷たい。
「逃げる? なんで?」
「あ、バカバカ」
せっかく念話でこっそり話しかけているのに、言葉にしてしまうインベント。
作戦が台無し。
『逃げる』という言葉にルベリオが反応する。
「フフフ、逃がすわけ無いよね?
色々話してあげたんだ。さすがにこのまま逃がすほど、ボクはお人好しじゃないよ」
ルベリオは笑う。
その視線はインベントにのみ向けられている。
ルベリオはインベントに興味津々なのだ。
アイナの質問に答えていたが、答えた内容はインベントに向けられている。
ルベリオが初対面のインベントに興味を持っていた理由。
それはアドリーからインベントについて聞いていたからである。
アドリーは言った。
インベントは『得体が知れない』と。
(確かに得体が知れないねえ。
ボクに全く興味を示してくれない。
フフ、思考がまったく読めないし)
そしてもう一つ、アドリーは言った。
インベントは『快楽殺人者』であると。
(アドリーはそう言ったけど、全くそんな片鱗は見せないね。
『星堕』が放置しては危険な組織だって伝わっていないのかな?
頭が悪いタイプには見えないけど……それとも本当に興味が無い?
もっと――わかりやすく攻撃したほうがよかったかい?)
ルベリオはインベントの『快楽殺人者』の顔を呼び出したかったのだ。
その無表情なインベントが隠し持つ、『快楽殺人者』の顔を。
だからこそ、あえてルベリオは自身と所属する『星堕』が、危険な存在であることを誇示した。
『危険なルベリオ』は放置するわけにはいかない存在――
そう思わせるはずだったのに、インベントの反応は薄いままである。
ルベリオは強硬策にでようとしたが――
「ねえ――ルベリオ」
突然インベントが声をかける。
ルベリオは平静を装いながら「なんだい?」と応えた。
インベントは笑みを見せる。
だが視線はずっとモンスターに向いていたままだ。
「この子は、どうしてこんなに大きいのかな?」
「……え?」
「ハウンドタイプにしては大きすぎるよね? どうしてかな」
「あ~……それは……わからないな」
「鬣も特徴的だけど、もともとあったの?」
「いや……どうだろうね」
ルベリオはモンスターの監視役だが、モンスター化する前の状態は知らないし興味もない。
なぜインベントがルベリオではなく、モンスターを気にしているのかもわからない。
「もともと大きい個体だったのかな? それとも妊娠してモンスター化したからなのかな?
ふふ。ふふふ、ねえ、ルベリオ」
「ん?」
「この子は……強いのかな?」
ルベリオからすれば知ったこっちゃない。
捕らわれたモンスターの強さなどどうでもいいことだ。
「さあ……まあ……強いんじゃないかな」
「おお~やっぱりそうだよねえ~。
毛並みが悪いから弱ってるのかと思ったけど、そんなことは無さそうだし。
ふふふ、強いのかあ~。いいねえ」
インベントがインベントらしくなる。
捕らわれているため迷っていたが、やはりモンスターはモンスター。
それも――ボスっぽいモンスター。
(やっべえ!)
アイナはインベントの左袖を掴む。
『お、おいおい! 馬鹿なこと考えるんじゃねえぞ!
る、ルベリオだけでもめんどくせえのに!!』
ルベリオの戦闘力は未知数。
ここでもしもモンスターを解き放ってしまえば、状況は混沌とするだろう。
だが、アイナの念話はインベントには届かない。
というよりもアイナの発言はズレている。
インベントにとって、ルベリオは無価値な存在なのだ。
めんどうでもなんでもない存在。
(アドリーが拘束して、ルベリオが監視してたんだねえ。
うう~ん、なんてかわいそうなんだ。
モンスターは……自由じゃないと)
先程までルベリオの話を聞くには聞いていたが、どうでもいい『星堕』という組織の話ばかりだった。
(もっと……モンスターの話が聞けるのかと思ったよ)
インベントは右手を伸ばした。
方向は拘束されたモンスター。
ルベリオは目を見開いている。
(アドリーは言っていた。
インベントは空を飛ぶって。
変な動きをするとも聞いた。
武器を飛ばすとも言ってたね。
え? なにをする気だ?
もしかしてモンスターを殺そうとしてる?)
インベントの攻撃力は未知数。だが――
(アハハ、まあ、悪くない考えだけど、あれだけの巨体だ。
簡単には殺せないよ。幽壁もあるしね)
モンスターは大きければ大きいほど、生命力がある。
ルベリオは面白そうだから、静観することにした。
インベントがどんな行動をするのか、観察することにしたのだ。
インベントは――徹甲弾を五発発射した。
モンスターにダメ―ジが通らないように正確に、拘束している大樹のみを撃ち抜いた。
モンスターにダメージは無い。
だが徹甲弾の衝撃は中々に強烈でモンスターを暴れさせた。
これまでびくともしなかった大樹の拘束。
だが――暴れるたびに少しづつ緩んでいくのがわかるモンスター。
モンスターはこの機を逃すべからずと、暴れる。
軋み、裂けていく拘束。
「ガオオオオオーーン!!」
周囲一帯に咆哮が響き渡る。
インベントは満面の笑み。
そして――インベントの頭の中に、ある言葉が浮かんだ。
(さあ、遊ぼう。
拘束されし魔狼――)
「拘束されし魔狼よ」




