現場検証
木が折れる。
不可思議な出来事。
インベントたちがいるのは、イング王国の最南端であり人が立ち寄るような場所ではない。
アイナは現場にいかせないようにダメ元で努力したが、まさか二本目の木が折れるとは予想外であり失敗した。
とはいえ、アイナとしても理由は知りたい。
降下するインベントに対し、肩を揺すりながら声をかけるアイナ。
「気をつけろよ。自然に折れたわけじゃないんだからな!
危なかったらすぐ逃げるぞ! 絶対だかんな!」
「は~い」
インベントは肯定したが、もしもモンスターがいればインベントが大人しく逃げることがあろうか?
そんな希望は持つべきではない。
だからアイナは、アイナは覚悟を決める。
どんな事態が待っていたとしても冷静であろうと。
**
木が折れた場所のすぐ近くに降り立ったインベント。
インベントはウキウキと現場に近づく。
アイナは周囲を警戒しつつインベントについていく。
そして発見した。
「――な、なんだよこれ」
冷静であろうとしたアイナだが、想像し難い状況が目の前に広がっていた。
まず、木が二本折れている。
根元が粉砕されている。
だがそんなことはどうでもよかった。
木を折ったのはモンスターだった。
モンスターで間違いなかった。
白いハウンドタイプモンスター――と思われるモンスターだ。
まずハウンドタイプにしては大きすぎる。
顔の位置がインベントが見上げる位置にある。
通常のハウンドタイプモンスターの二倍から三倍の大きさだ。
そして鬣がある。
赤と黒のグラデーションの鬣は、非常に威圧的だ。
ハウンドタイプモンスターで、鬣があるのは非常に珍しい。
もしも森林警備隊が討伐する状況になれば、その大きさだけで確実にAランク、下手すればSランク扱いされてもおかしくないモンスター。
戦わなくてもわかる、圧倒的な強さを誇るモンスター。
だがおかしなことに、モンスターは傷だらけに見える。
毛並みは良いとは言えない。
ところどころ削り取られたように毛が抜けている。
特に両前足は、毛並みも悪く、末端は変形も見られる。
そして極めつけは、片目が無かった。
強者に見えるが、みすぼらしささえ感じるモンスターだ。
だが――
しかしながら――そんなことさえもアイナはどうでもいいと思えた。
アイナが最も驚いたのは、モンスターが陥っている状態である。
インベントも、ポカンと口を開けてモンスターを眺めている。
なぜなら――モンスターは拘束されていた。
モンスターを拘束するだけでも信じられない光景なのだが、特筆すべきはその――拘束のされ方だった。
モンスターはまるで大樹に取り込まれたかのような状態だった。
モンスターの腹部が大樹の幹と一体化しているように見える。
まるで神話の一コマのような状態。
神の罰として、大樹に取り込まれた神狼といったところだろうか。
結果――モンスターはその場から動けない。
前足と首は動くが、自ら大樹を破壊することなどできるはずもない。
「ほわ~、凄いね~アイナ」
普段であれば『ぶっころスイッチ』が起動し、一目散に襲いかかったであろう。
だが、モンスターが動けない場合はその限りでは無いことが判明した。
インベントは、その稀有な状況をじ~っとモンスターを眺めている。
だがアイナはハッとして周囲を警戒する。
(自然と大樹が……モンスターをとりこんだ?
そんな馬鹿な。
誰かがやったんだ。
そんでもってこんなことができるのは……ひとりしかいない。
少なくともひとりしか知らねえ!)
モンスターを大樹で拘束する。
そんなことができるのはアドリー以外にいない。
そう結論付けた。
(近くにいるのか? それとも隠れているのかもしれねえ。
やべえ……木を操れるらしいし隠れるのも得意なんじゃねえか?
こんな場所でぼーっとしてる場合じゃない!)
「インベント!」
「ん?」
「ここは危険だ! 一旦飛ぼう」
インベントは冷めた目でアイナを見て、冷たく笑う。
そして視線をモンスターに戻した。
「大丈夫だよ」
「お、おまえ、大丈夫なわけあるか!
もしかしたらアドリーとかいうやつが隠れてるかもしれねえじゃねえか!」
インベントは「アドリーか」と呟きつつ小石を拾い上げる。
そしてポイっと投げた石は、モンスターの頭にヒットする。
怒ったモンスターは咆哮をあげた。
インベントは「おおう」と喜びながら耳を塞ぐ。
アイナは目立つような行動をするインベントに困惑する。
「――アイナ」
「な、なんだ?」
「フフフ、いいよねえ。
アルガルフ……というよりはイルガロンってところかな。
衝撃波とか出したりするのかなあ? だったらこの距離も危険かも。フフ。
それよりもやっぱり縦回転の突撃はやってくるのかなあ~?
……なんで動けなくなったのかなあ? ああ、アドリーがやったのか」
アイナのことを呼んだはずなのに、ひとりの世界に入っていくインベント。
アイナが「い、インベント?」と呼びかけると――
「ああ、そうそう。
あんな強力なモンスターがいるんだから他のモンスターは警戒しなくても大丈夫だよ。
アレのテリトリーに入ってくるとは思えないしねえ」
インベントは思ったよりも冷静に分析している――ように見えた。
「た、確かに他のモンスターの心配はする必要ないかもしれねえけどよ」
アイナが心配しているのはアドリーである。
だがインベントはアドリーを警戒する必要はないと考えている。
なぜならば――――アドリーは人型モンスターだからだ。
インベントからすればアドリーも他のモンスターと同様に、大樹に拘束されたモンスターのテリトリーに入ってこないだろうと考えている。
いや確信していた。
インベントは一歩一歩モンスターに近寄る。
アイナはインベントを引き留めようと手を伸ばすが――
「ッッ!?」
インベントの背から突き刺すような殺気を感じ、アイナは立ち止まり、手を引き戻した。
「い、インベント」
モンスターを刺激しないように、小さな声で呼びかけるがアイナの声は届かない。
インベントはゆっくりとモンスターに近づく。
インベントが近づくにつれ、モンスターの鬣が逆立っていく。片目が怒りに満ちていく。
(ああ~、いいなあ。戦いたいなあ~。
解き放っちゃおうかな~。うふふ~)
まさかのボスモンスターの登場に高揚するインベント。
ただ、まさか拘束されている状況は想定外で多少戸惑っている。
『ぶっころスイッチ』は半クラッチ状態と言っていいだろう。
どちらに転んでもおかしくなかった。
インベントはモンスターの射程範囲ギリギリの位置に立つ。
そしてインベントはあることに気付いた。
「ん~、頭……怪我してるね」
インベントの理性は、目の前のモンスターの不可解さに疑問を持った。
大樹に拘束されている。
毛並みが悪く、片目を失っている。
恐らくそれは直近の出来事ではない。
数日――いやもっと前になにかあったのだろう。
だが、近づきしっかり観察することで、額付近に出血を伴う傷があることを発見した。
まだ傷が生々しい。
そしてモンスターの周辺には折れた木が二本。
インベントが上空から気付くきっかけになった木が二本。
インベントが状況を踏まえてある仮説を導き出した。
「頭をぶつけて木を折ったのか?
でも……なんでだ? 前足で折ればよかったのに。
いや……そもそもなんで木を折ろうと思ったんだ?」
考えるインベント。
顎に手を当てている様は、まるで探偵のようだ。
だが、考える必要などなかった。
なぜなら、答えはゆっくりと歩いてきているからである。
ふと足元を眺めるインベント。
そこには不自然な白い粉が。
「ペロッ……これは! 青酸カリ!」
インベントは死んだ。
完




