あっちVSこっち
アイナはインベントに「犬の親玉モンスターがいるかもしれないから、倒しに行こう」と言った。
インベントは当然、快諾した。
「いいねいいね! ボスモンスターかもしれないね!」
「お、おう、そだな。
てことで今日は早く出発しようぜ。
食いもんはまだまだあるだろ?」
「うん、お肉もまだあるし」
アイナは笑う。
(ま……余るように計算してたからな)
全てはアイナの掌の上。
計画通りに事が進む。
****
インベントはアイナを背負い空を飛ぶ。
進路は北。イング王国側へ。
アイナは大地を眺める。
ハウンドタイプモンスターが点在している。
北に行けば行くほどモンスターは増える。
(やっぱ……原因はイング王国にあるっぽいな。
偶然なのか、意図的なのかはわからねえが……そんなことどうでもいい)
アイナは大きく息を吐いた。
「どうしたの~? 酔った?」
『ああ、大丈夫だ。慣れたもんだぜ。
まあ、もうちょっとゆっくりでもいいかもな』
「はあ~い」
何度も乗船したため、空飛ぶインベント号にも慣れたアイナ。
落ちれば死ぬ高さなので怖いことは怖い。
だが……なぜか空を飛ぶ安定感もここ数日でアップしている。
アイナとしてはありがたさ半分、不安半分といったところだろう。
インベントの進化の原因がわからず、ずっとモヤモヤしているのだ。
(でもいいんだ。
このままイング王国領に入って、適当にハウンド大量発生の原因を探す。
ど~せ見つからない。森林地帯でそう簡単に見つかるもんかい。
ダラダラと時間を過ごして……こう言うんだ。
『今日はアイレドに戻ろうぜ』ってな!)
インベントは故郷に対して強い思いは無い。
だがオセラシアやサダルパークにも強い思いなんて無いことをアイナは知っている。
(絶対断らねえハズ!
インベントは興味の無いことに対しては、押しに弱い!
そんでもってアイレドまで帰っちまえばこっちのもんさ。
イング王国にもモンスターはいっぱいいる。
あ、カイルーンに行ってもいいな。まだアタシの隊長職残ってるだろうし。
とにかく、イング王国にさえ戻れば……インベントを森に還せる)
アイナの完璧な作戦?
今のところイレギュラー要素はゼロ。
成功間違いなし!
(こりゃあ絶対上手くいくな。
ニッシッシ。とんでもないことが起こらない限りは大丈夫)
そう――
とんでもないことが起こらなければ大丈夫なのだ。
**
森林地帯に入ったふたり。
「さ~てボスはどこかな~?」
インベントは上空から辺りを見回す。
だが手掛かりは無い。
アイナはもしも発生源があったとしても探し出すのは難しいだろうと思っていた。
森林が自然のブラインドとなり地上の様子を隠してくれるからだ。
だが油断は禁物。
なにせインベントは『軍隊鼠』の発生源を発見した実績がある。
『軍隊鼠』の大量発生の原因を探しに行った際は、数百匹ずつ区分けされた空間を見つけ出してしまった。
かなり大がかりな仕掛けがあれば発見してしまう可能性はある。
(ま……ネズミちゃんはギチギチうるさかったら発見できたって言ってたしな。
犬は……集団で遠吠えでもされたら厄介だけど、ネズミよりは静かだろ。
だけどまあ、念には念を――!)
「インベント、もうちょっと高く飛べるか?」
「いいよ~」
高度を上げるインベント。
これで遠吠えも聞こえにくくなった。
更に――
「お、おお~?」
「ん? どうしたのアイナ?」
「あっちなんか光ったぞ!」
「え!? どこどこ~?」
「左左~。ほら、あっちあっち」
「え? あっち?」
インベントが戸惑うのも無理はない。
アイナが指差す方角には、発生源とは関係無さそうな山がある。
「山の中になんかあるかもしれねえ。
ほれ、行ってみようぜ。な、な、な、な、な!」
「う、うん」
アイナはインベントの背中でほくそ笑む。
(あの山の先には……アイレドの町が見える。
へっへっへ~、見えたらちょっと立ち寄りたくなっちゃうかもな。
どちらにせよ故郷に近づいてますぜえ~! インベントさんよお~!)
計画通り。
アイナが想像しうるアクシデントは、全て事前に潰している。
(鳥型モンスターでも現れない限り問題無いな)
アイナがそう思った時――
鳥の鳴き声が。
「おわああ!?」
あまりにもタイミングが良すぎたためアイナは声を上げた。
だが何の変哲もない鳥の鳴き声だった。
「あはは、変なアイナ」
(変なのはオマエだっての!
い、いかんいかん、こういう時に考え過ぎるのは良くねえ。
大丈夫……大丈夫……大丈夫。
もうアイレドは目と鼻の先。
だいじょ~~――――え??)
何か重いものが地面に落下したような音がした。
だが、ここは森林地帯の上空。そんな音が聞こえるわけがない。
インベントも気付く。
「なんだろ~?」
周囲を見渡すインベント。
首をブンブンを振り回し、音の発生源を探すアイナ。
アイナはインベントよりも早く、その発生源を見つけた。
そして――絶望した。
(なんで……よりにもよって……そんな……馬鹿なことが……)
インベントも発見する。
そして「うわ~」と驚いた声をあげた。
それもそのはずだ。
なんと――木が折れていた。
イング王国の太く力強い木が折れているのだ。
上空から見ると、鉛筆が折れたかのようにポッキリと。
インベントは進路を折れた木の方に変更する。
「ま、待て! インベント! な? な? な?」
「ん~?」
「ホラ! あれだ! あっちの山が光った! 眩しいー!
あっちいこう! あっちあっちあっちあっち!」
インベントは鼻で笑い、アイナの提案をあしらった。
『あっちあっちあっちあっちあっちあっちあっちあっちあっちあっち――』
インベントの脳内に『あっち』を大量に投与する。
インベントは仕方なく『あっち』を一瞥する。
『そうだ! あっちいこう! あっちの水は甘いぞ! あっちあっち!』
アイナが無視できないレベルで念話をしてくる。
仕方なくインベントは空中で立ち止まる。
頭をぽりぽり。
(いや……どう考えても『こっち』でしょ)
そう。どう考えても『こっち』なのだが、アイナの『あっち』大合唱のけたたましさは凄まじく、インベントは少しだけ悩む。
アイナからすれば、ここが分水嶺。
強引にでも『あっち』を選択させなければ、『こっち』に行ってしまう。
『こっち』に行かせるわけにはいかない。
なにせ――木が折れたのだ。
凶悪なモンスターがいるのかもしれない。
更にアイナの脳裏に、アドリーの影がよぎる。
(アドリーってやつは木を操ったって聞いた。
木を折ることもできるのかもしれん。
『軍隊鼠』の件もあるし、いてもおかしく無え!
そんでもってインベントを殺しかけたヤバイやつー!
絶対行かせるわけにいかねえ! 『あっち』っつたら『あっち』なんだよー!)
懇願。
いや、懇願というよりも洗脳に近い。
【伝】を最大限まで活用し、インベントの意志――『こっち』を捻じ曲げる。
インベントは仕方なく「じゃあ、『あっち』に行こうか」と言おうとしたその時――
――もう一本、木が折れた。
インベントは笑いながらゆっくりと『こっち』へ。
(ああ……もうだめだ~)
二本目の木が折れた時、アイナの心も折れてしまった。
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