森へ還ろう
『インベントを森に還そう』作戦の目的をノルドやロゼに説明するのは難しい。
果たしてインベントを森に還すことが、本当に最良の選択なのか?
当のアイナにもわからないが、やるしかないと考えている。
それ以外に妙案が無く、かといって現状維持で事態が好転するとは思えないからである。
だが、ノルドからすればインベントは重要な戦力であり、森に還られては困るのだ。
よってアイナは別の作戦を用意していた。
誰もが納得する作戦を。
「え~っとまず前提なんですけど、数日間サダルパークの町の防衛はふたりに任せても大丈夫ですよね?」
ノルドは「数日……か」と呟き――
「問題は無いと思う――だが……」
アイナはノルドの発言を制止した。
「理由ならちゃ~んとありますぜ。
というよりも……上手くいけばサダルパークで防衛する必要さえなくなるかもしれない」
ノルドとロゼは目を見開いた。
「まあ、それはどうしてかしら?」
「へへへ。
発生源を潰しに行くんだ。アタシとインベントで」
ノルドは顔を顰めた。
「なんだと? 発生源だ?」
「そう。発生源。
モンスターの異常発生の原因を突き止めて……破壊する。もしくは……殺しちゃう」
ノルドは鼻で笑った。
「馬鹿を言うな。モンスターに発生源なんてものはない。
偶発的に発生するのがモンスターだ」
モンスターの発生原因は判明していない。
だが、イング王国でもオセラシア自治区でも一般的な認識には相違無い。
モンスターは動物たちが突如変異するものだと思われている。
ノルドも長年の経験で、突如変異したのがモンスターで間違いないと思っている。
「そりゃあ、一般的にはそうなんですけどね。
でもサダルパークに押し寄せてくるモンスターに関しては違う。
いや……違う可能性がある。
もしかしたら……動物みたいにモンスターも繁殖してるのかもしれない」
ノルドは話にならないと思い、首を振った。
だがロゼは「あ~なるほど」と納得した顔をしている。
「おいロゼ。今の話を信じるのか?
モンスターが繁殖しているなんて」
ロゼは発言するために開いた自身の口を、慌てて手で塞ぐ。
「い、いけないいけない。これは言っちゃだめなやつでしたわ。
ま、まあ、モンスター大量発生に原因があるらしい、みたいな話を聞いたことがあります……かも」
ロゼは言い淀む。
『宵蛇』ではなにかが暗躍していることは掴んでいる。
だが機密であり、外部に漏らしてはならないのだ。
アイナは咳ばらいを一つ。
「いやノルドさんが信じられないのも無理はないです。
だけどちゃんと理由があるんで、説明していきますよ。
まず、そもそも論ですけど、モンスターって大量発生なんてしないですよね?」
「それはまあ……そうだな」
「オセラシアってモンスターが少ないらしいし、というかイング王国でもこんなに大量発生は見たいことない」
「だからと言って繁殖ってのは……」
「もちろんそうです。
だけど、ほかにも理由があるんですよ。
まずは色。なんで青とか白ばっかりなんですかね?
というか身体的特徴が似すぎなんすよ。まるで…………ねえ」
ノルドは「同じ……母体か」と呟く。
「仮説としては繁殖してるんだとすれば辻褄が合うんですよ。
そんでもって繁殖している場所は……イング王国。
オセラシアでは白と青……特に青いハウンドなんていないらしいし。
そんでもってサダルパーク周辺のモンスターを狩ったからこそ如実になりましたよね?」
「北側……つまりイング王国側にモンスターが多いことだろ」
「その通りです。
まあ、東側も多い理由はよくわからないんですけどねえ~」
ノルドはアイナを指差した。
なにかを言いかけて、ノルドは言い淀みつつ、観念したように話し出す。
「東からのモンスターは、恐らく東部の町から来ている」
「へ?」
「サダルパークの東には、タムテンって町がある。
ま、俺も行ったことは無いがな。
クラマさんが言っていたが、国境沿いの町はどこもモンスターが大量発生してるらしい。
恐らく……タムテンの町から流れてきたんだろう。
どれぐらいモンスターが発生したのかはわからねえが、サダルパークと同じぐらいだったならばもう……」
事実、タムテンの町は壊滅している。
本来、サダルパークも同じ運命を辿るはずだったのだ。
「それじゃあ今後は東からも警戒しないとダメかもしれないですね」
「その辺は注視しなきゃならねえな。
だがまあ、南部にモンスターがいないのはありがてえよ。
人や物資の行き来が最低限行えているからな」
ノルドはふとダムロのことを思い出した。
ダムロも人員輸送の帰りにモンスターに襲われて死亡している。
ノルドはアイナを見る。
(な~んか企んでやがるな)
ノルドの動物的勘が、アイナのしたたかさと、焦りが混ざったような感情を読み取る。
とは言え、クリエのように予知ができるわけではない。
(本音を言えば、人員を減らしたくなんか無え。
だがまあ……インベントもアイナもよく働いてくれている。
それに……本当に原因があるんなら破壊してくれるに越したことは無い。
しっかしなあ……)
「おい、アイナ」
「は、はい」
「原因あるかどうかはまあいい。
探しに行くのも悪くねえ。探すのにインベントは適任だ。
だったらインベント単独で偵察に行かせたらどうなんだ?」
アイナは手を交差させ、バッテンをつくる。
更に首をブンブンと振る。
「それは絶対ダメです。あいつをひとりで行かせるわけにはいきません」
「――なぜだ?」
アイナは頭を掻いて、溜息をひとつ。
(この話すると長くなるから嫌だったんだけどな~。
理詰めで納得してくれればベストだったんだけど、まあしゃあねえか)
「実は、カイルーンの町でラットタイプモンスターが大量発生しました」
「カイルーン? アイレドの隣町のカイルーンか?」
「そうです。
まあ……色々あったんですけど、カイルーンの町でラットタイプモンスターが大量発生して……。
いや、違うな。カイルーンの南部でラットタイプモンスターが大量発生したんです。
そんでもって、ほぼ白いラットでした」
ノルドは唸る。
「つまり……今のサダルパークと似た状況だったってことか」
「そうですね。まあ……カイルーンの森林警備隊は優秀なんでそこまでの被害は出なかったみたいです。
『宵蛇』のメンバー二人も手伝ってくれたし。
極めつけは、インベントが原因らしきものを破壊してます。その後は収束したみたいだし」
「破壊? ちょ、ちょっと待て、何があった!?」
「ちょっと長くなりますよ。アタシも実際に見たわけじゃなくてインベントから聞いた話ですから――」
**
アイナは語り始めた。
カイルーンで『軍隊鼠』が大量発生したこと。
そして原因を突き止めるためにインベントは単身、カイルーンの南部に飛んでいったこと。
そこで『軍隊鼠』が区分けされた場所があったこと。
更にアドリーと名乗る少女がいたこと。
アドリーとインベントが戦ったこと。
――そして話の最後に、インベントが致命傷を負ったこと。
死んでいないので致命傷では無いのだが致命傷になりかねない傷を負ったが、クラマが助けてくれたことを話した。
ノルドもロゼも真剣に話を聞いたが、あまりに現実離れした内容に困惑の色を隠せない。
だがアイナの話にはリアリティがあり、内容を疑う気にはなれなかった。
なにせ『軍隊鼠』とアドリー関連の話は、インベント本人から五時間近く語られた内容だからである。
ヒアリング大好きジジイのクラマがインベントに事の顛末を「全部話せ」と言ったものだから、本当にインベントは事細かく全て話したのだ。
その際、アイナは同席し、クラマと一緒に辛抱強く聞いたからこそリアリティのある話ができたわけである。
****
アイナは部屋から出て行った。
結論として、インベント次第ではあるものの、明日にでもハウンドタイプモンスター大量発生の原因を探りに出発することになった。
インベント単独で行かせられないことも理解した。
なにせアドリーという幼女に、インベントが殺されかけたと言われれば単独で行かせるわけにはいかないからである。
「ハア」
少し疲れた顔のノルド。
ロゼは気を使い、明るく話しかける。
「話が盛りだくさんで驚きましたわねえ。
ま、まあ、繁殖している原因? 母体?
そんなものが見つかればいいですわねえ」
ノルドはロゼの顔を見つめながら、なんとも言えない哀愁のある顔で微笑んだ。
「見つかればいい……か」
原因を見つけ、排除すればすべてが元通り。
そう上手くいくとはノルドにはどうしても思えなかった。
(嫌な予感がする)
止めるべきだったのかと思うノルド。
だが止める権利がノルドには無い。
現在ノルドは森林警備隊の隊長でもなければ、インベントたちは部下でもない。
つまり命令する立場では無い。
更にインベントもアイナも非常に献身的にモンスター狩りをしてくれてた。
サダルパークの町を救ったのは紛れもなく、インベントたちなのだ。
そんな功労者のひとりであるアイナが提案した作戦。
(予感だけで…………止められるわけ無えだろうが)
ノルドには祈るしかできなかった。
200話突破しました~。
主人公登場しない回でしたが……。
200話突破しましたし、タイトルを短くしようかと思います~。
その辺の経緯は活動報告でも書く予定です。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。