荒れる駐屯地(精神的に)
「え~っと、ヘトロが足の捻挫のため……数日間任務から外れます。
討伐数はウルフタイプ3、ラットタイプ3。以上ですね」
「わかった」
駐屯地では隊長会議が開かれていた。
定期的に開催され、隊の近況報告や懸念事項を話し合う場である。
ちなみにノルドは隊長職扱いではあるものの、基本的には参加していない。
報告に興味が無いので基本的にはサボっている。
会議に出るぐらいならモンスターを殺したいのがノルドである。
だが今日は珍しく参加している。
デルタン隊のデルタンが報告を終えた。
進行役である駐屯地司令官であるエンボスは溜息を吐いた。
「しかし……最近モンスターが増えているように感じるな」
エンボスの秘書は「討伐数は実際増えてますよ」と付け加えた。
「ふ~む……由々しき事態だな。バンカース総隊長に相談して駐屯地の人員増加をお願いせねばならんかもしれんな。
まあ、いい。次は……マクマ隊だな」
「は、はい」
マクマは少し疲れた顔をしていた。
ノルドは独りほくそ笑んだ。
「え~……マクマ隊ですが……。ハア。
周辺警備を滞りなく行いまして……負傷者はゼロですね。
特筆した変化はありませんが、ラットタイプの目撃数が増えたように感じます……」
「そうか」
エンボスはマクマのいつも通りのほとんど変わらぬ報告を聞き流す。
エンボスに悪気があるわけではないのだ。
マクマ隊は安定感が売りであり、逆に言えば変化が無い。
安心して聞き流すことができるのだ。
――いつも通りであれば。
「以上だな。次――」
「あ……」
マクマはエンボスに対し、まだ何か言わなければいけないアピールをした。
「ん? なんだ」
「え、えっと……討伐数なんですが」
「ああ、ゼロであろう。構わん」
エンボスの「構わん」と言う言葉には悪意があるわけではない。
エンボスはマクマのことを信頼しているし評価もしている。
撃破数が評価の全てではないからだ。
「い、いえ」
「ん?」
少しザワついた。
「その……ラットタイプ4……ウルフタイプが……1です」
「な、なんだと?」
エンボスの驚きと、マクマの戸惑い。
そして騒めく隊長たちの中、ノルドは一人笑いをかみ殺していた。
(真面目だなァ、マクマ。
報告なんてしなくてもいいが、俺みたいな不真面目な真似できないよな?
ハッハッハ)
**
会議が終わり、マクマは大きく溜息を吐き、肩を落とした。
(つ、疲れたなあ……)
討伐数を報告した後、色々質問を受けたマクマ。
インベントが勝手にやったとも言えず、それらしい話をつくり、なんとか取り繕って話した。
「ククク……」
「ん?」
マクマが顔をあげると、ノルドが立っていた。
「の、ノルドさん……」
「どうした? マクマ? ひどくお疲れじゃあないか」
「そうか……やっぱりあなたが……」
「ん??」
マクマはこぶしを握り締め――
「しらばっくれないでください!!
インベントを焚きつけてモンスターを倒すように指示したんでしょう!!」
「ハハハ、なんだそんなことか」
「おかしいとおもったんだ! 急にモンスターを殺すようになってしまって!」
「……」
ノルドは黙っている。
マクマは捲し立てたいので、声を荒らげた。
荒らげて喋るのだが――
「い、インベントを、た、隊の規律を乱すような人間にして、ど、どうする……つもりなんですか」
「規律を乱す?? 俺のようにか??」
「そ、そうです……」
マクマは消え入るような声で答えた。
「確かに俺は、規律を乱しているかもな。
勝手に出撃して勝手にモンスターを殺している。
だが殺した数は断トツだ。報告はしてないがな」
「そ、そんな勝手な……」
「だがインベントはどうだ? あいつは規律違反なんてしてないだろう。
モンスターを殺せるから、殺した」
マクマは黙った。
森林警備隊において、モンスターの討伐数は大きな意味を持つ。
ノルマは無いが、モンスターを殺すことは町の周囲の安全に繋がるからだ。
マクマ自身もそんなことはよくわかっている。
「インベントにはモンスターを殺せる力がある。
それなのに止めることはできねえよなあ? マクマ」
「……それは、俺に対しての当てつけですか!?」
「さあな」
ノルドは踵を返しマクマから去っていく。
「お、俺は! バンカース総隊長に頼まれて彼を預かっているんだ!!
バンカース隊長に、『チームでのあり方』を教えるように頼まれている!!」
ノルドは酷くつまらなそうな顔でマクマを見た。
「だからどうした?」
「だ、だから!」
「モンスターを殺せる奴に、殺さない作戦を押し付けても仕方ないだろうが」
「だ、だけど!」
ノルドはマクマに指差した。
「一つだけ教えてやる……青二才」
ノルドはマクマの発言を遮った。
「空を飛べる奴に地面を歩かせるな」
「な、なんの……」
「地面を歩く奴が悪いとは言わねえ。
お前の隊はクソつまらねえが、仕事としては良くやってる。
だがな、空を飛べる奴を無理やり引きずりおろすんじゃねえ。
自分が飛べねえからって、飛べる奴を羨んで、陥れるな。
それは、ただの――――嫉妬だ」
マクマの顔が紅潮する。歯軋りが響く。
「か、彼はまだ新人だぞ!!」
「だからどうした? 空を飛べる新人だ」
「な、何を言ってるんだ! 彼をどうする気なんだ!!」
ノルドはマクマを笑った。
そして、去りながら「マジで飛翔べんだよ」と呟いた。
**
インベントの日常に大きな変化は訪れなかった。
マクマ隊に所属し駐屯地の防衛を行いつつ、マクマ隊の任務が無い日はノルドにくっついてモンスター退治を行う。
基本的にはノルドがモンスターを殺すのだが、ラットタイプのような小さい個体の場合はインベントが殺したりもする。
適材適所とまではいかないが、ノルドとしては少しだけ楽をすることができた。
マクマ隊とノルド隊で毎日モンスター狩りが行える生活。
インベントは非常に幸せだった。
疲労は蓄積するものの、15歳であるインベントは働き盛りだ。
疲労よりもモンスターを狩れる喜びに日々充実しているのだ。
**
とある井戸端会議――
「おい……またノルドと一緒に出掛けて行ったぞ、あの新人」
「ほんとだ。やべえな~毎日どこかに行ってねえか?」
朝のコーヒーを飲みながら、ウルナラとバイクは駐屯地から出ていくインベントを見ていた。
「マクマんとこだろ?」
「あ~そうだな。そういやマクマ隊でモンスター殺しまくってるらしいぞ」
「へえ~……だけどよ、マクマ隊って駐屯地近辺だろ? モンスターなんてそんなに出会わねえぜ?」
「そうなんだけどよ、なんか……新人が入ったせいでモンスターがじゃんじゃん現れるようになったらしいぞ?」
「う、ウソだろ?」
「ほんとほんと! モンスターを呼び寄せる能力でもあるんじゃねえか?」
「そんな能力あるわけねえだろ、がはは」
インベントがマクマ隊に加わり、モンスター討伐数が増えたのは事実である。
だが遭遇数には変化は無い。
噂には尾ひれはひれがつくものである。
会話の間。ぽっかりと穴が開いたかのような間。
二人は煙草に火をつけ、一服する。
「ハア~。しかしあれだな」
「ん?」
「最近……モンスター増えてねえか?」
「……おめえもそう思うか?」
「あ、思ってた?」
「実際に計算したわけじゃねえけどさ……増えた気がすんだよな」
「ふ~む……」
「な~んか……嫌な感じはするよな~」
「まあ……そうかもな」
祝20話★