光の誘い
普通――それは、ごくありふれたもの。
インベントの肉体は普通という言葉がよく似合う。
身長、体重。どちらも一般的。
体重は少し軽めだったものの、筋トレのお陰で筋力量とともに上昇した。
運動神経もこれまた普通。
視力は少しだけ良い。
トータルで評価してもインベントの肉体は中の中から中の下あたり。
つまりごく普通の肉体なのだ。
ただし剣術や武術のセンスは乏しい。
剣の振り方は未だに素人臭さが抜けていない。
生まれ持ったセンスも乏しければ、15歳になるまでに剣術も武術も習ったこともなく、手本になるような人物もいなかった。
まあ、手本になる人物はいるにはいたが、それはモンブレの世界の住人たちだ。
手本にするには少々人間離れしている。
そんなわけで、アイナが一を聞いて十を知る天才だとすれば、インベントは一を聞いても一がなにか理解するのに苦労するレベル。
本来、戦いを生業にしてはいけない男なのだ。
だがインベントはモンブレの世界に憧れていた。
そして収納空間に対して、物心つく前から異常な執着を持っていた。
異常な執着は収納空間の扱うレベルを著しく向上させ、思いもよらぬ収納空間の使い方を考案するまでに至った。
だが収納空間はやはり、収納する空間なのだ。
移動や攻撃用では無いため、扱いが非常に難しい。
インベントであっても、出力を抑え、反復練習することによってなんとか扱える代物。
使いこなせば非常に強力だが、制御が難しく、扱いを間違えれば自分自身を傷つける諸刃の剣。
現にロメロに対抗するために考案した、『疾風迅雷の術』や『反発制御』は、戦闘狂ロメロを喜ばせるほどの効果を発揮したが、自身にもダメージが発生している。
インベントはピーキーながらも強力な収納空間技能を、戦闘センスの乏しい肉体でどうにか扱うアンバランスな状態なのだ。
……そう。アンバランスなはずだった。
**
地面に対し真っすぐに持ったえんぴつを左右に振る。
するとあら不思議、えんぴつが分身したように見える。
残像である。
インベントが分身したカラクリは非常に簡単。
高速で反復横跳びをしたのだ。
もちろん自分の足でではなく、収納空間を利用したのである。
インベントの足元で発生したゲートから丸太が飛び出しインベントを押し出す。
すぐに反対側から丸太がインベントを押し返す。
インベントが行ったり来たり。
それを繰り返すとあら不思議。えんぴつと同じようにインベントも分身する。
普通の反復横跳びとは違い、インベント本体はほとんど動いていないため、モンスターからは本当に分身したかのように見えたのだ。
ここで重要なのが、この分身をいつ会得したのかという点である。
インベントには様々な技がある。
どの技もこれまでに培ってきた収納空間を扱う技術をベースにして、何度も反復練習を繰り返すことで体得してきた。
収納空間の制御が難しいことに加えて、インベントの身体操作レベルがそこまで高くないため、試行錯誤を繰り返さなければ、どの技も使い物にならないのだ。
まさに体得という言葉がふさわしい。
だが分身に関しては、実はその場の思い付きで実行した。
もちろん構想を練っていた技ではある。
重力シリーズを装備した状態で、反発制御を使用し反復移動すれば実現可能だった。
なのだが、絶対必要な場面も無く、更に連続で反発制御を使用するのは肉体に負荷が大きい。
だからこそ練習もしていない技なのだ。
それなのに思い付きで実行したインベント。
そもそも重力装備はドウェイフ工房で新規作成中であり現在装備していない。
防御力を高めていない足で反発制御を使用したのだ。
威力のコントロールを間違えれば、インベント本人が怪我をする。
そんな危険を連続して実施した結果が分身である。
分身が難しいことなどインベント本人が一番理解している。
だがインベントには自信があった。
上手くやれる自信があったのだ。
自信の根拠、それは――
(お? まただ)
ジャストスラッシュを頻繁に使用するようになってから、インベントにとある変化があった。
時折――光るのだ。
手が届く範囲や、足の届く範囲が光る。
本当に光っているわけでは無い。インベントだけに見える光。
初めて光った時は何かわからなかった。
だが光はジャストスラッシュを決めようとするタイミングで光る。
まるで――ジャストスラッシュのベストタイミングを教えるかのように。
そして何度目かに光ったタイミングでインベントは光に手をかざした。
すると――インベントはいつの間にか手にしていた槍でモンスターを串刺しにしていた。
インベントが惚けてしまうくらい、あまりにも鮮やかな攻撃だった。
そして数度、光に触れたインベントは確信する。
光に触れるとイイコトが起こるのだ。
光に触れるとインベントが考えていた以上に華麗にジャストラッシュを決められた。
光を踏めば、まるでモンスターをすり抜けるかのように美しく回避移動ができた。
光に剣をかざせば、恐ろしく鋭い攻撃が放つことができた。
そして徐々に光るタイミングは増えていき、分身もできるようになったのだ。
インベントの動きは、アイナが惚れ惚れするぐらいに美しかった。
これまでのインベントとは違い、無駄がないのだ。
ピーキーな収納空間をなんとか制御して戦うアンバランスなインベントはもう――そこにはいなかった。
**
インベントにしか見えない光のお陰で、インベントは加速度的に強くなっている。
ハウンドタイプが何体襲ってこようが安心してみていられるほどに。
だが――アイナはどうしようもない不安に襲われていた。
オセラシアに来てからのインベントの変化は、これまでの比では無いからだ。
まるで別人になったかのような戦いを繰り広げるインベント。
このまま放置すれば、なにか取り返しのつかない事態に陥るのかもしれないと思っていた。
だから――アイナは策を講じることにした。
それは――
(インベントを…………森に還そう!)
何が原因かはわからないが、オセラシアに来てからインベントはおかしくなった。
だからこそ、アイナはインベントをイング王国の森に還そうと決めたのだ。
その判断が事態を好転させるかどうかは――まだ誰も知らない。
**
アイナの心配などつゆ知らず、インベントは狩りを楽しんでいる。
様々なゲームで特定のタイミングで光る演出がある。
光った瞬間に特定のボタンを押せば、強力な技を放てたりする。
プレイヤーがゲームで爽快感を得るための工夫である。
そんなゲームの中でしか起きえない光の演出が現実に起きている。
当然の如く、インベントはハマった。ハマってしまったのだ。
インベントは、狩りを楽しんでいる。
インベントは、ゲームを楽しんでいる。
???「インベントはイング王国の子だ。森と生き、森が死ぬ時は共に滅びる」
???「あの子を解き放て!あの子は人間だぞ!」
※後書きにまったく意味はありません




