ネコを食う? ネコが食う?
インベントの朝は早い。
狩りたくて狩りたくてウズウズしながら起きる。
身支度を済ませて、すぐに出発!!
――と行きたいところだが、鼻腔をくすぐるいい匂いに引き寄せられる。
炊事場を覗くと――
「あれ? アイナ?」
炊事場で椅子に腰かけているアイナ。
「よお~インベント、相変わらず早起きだな」
「うん……アイナこそ」
「へへ、もう行くのか?」
「うん!」
インベントはすぐにでも出発しようとしている。
もしもアイナが引き留めなければ、アイナを置いて出発するであろう。
「お、ちょ~っと待ってくれよ。見せたいもんがあるんだ」
「んん?」
「へっへっへ~、これだあ!」
アイナはインベントに見えないように隠していたあるものを掲げた。
それをみたインベントは、歓声を上げた。
「うおおおおおお! そ、それは!?」
「ど、どうだ? お前が話してた通りに料理してみたんだが?」
アイナが掲げたのは、巨大な肉である。
骨がまるで持ち手のようになっている巨大な肉。
小柄なアイナが持つと、まるで棍棒のように大きな肉の武器。
インベントは身震いしながら――
「こ、こんが~り肉ッ!」
「へへへ~」
『こんが~り肉』とは、モンブレの世界でお馴染みのお肉である。
マンガ肉や、原始肉と呼ばれるような、まさに肉! といった形状である。
モンブレは料理描写にもかなりこだわったゲームであり、その中でも『こんが~り肉』は象徴的料理である。
「す、すごい……これはスゴイヨ!」
「まあ、何度も、その~なんだ?
『こんが~り肉』ってやつの話は聞いてたからな。
どうだ? ばっちりか?」
インベントは嬉しそうに唸りながら『こんが~り肉』を見る。
「もうちょっと肉厚でもいいけどなあ~」
「おいおい、これ以上の骨付き肉は手に入らねえよ。
これでも大分無理言って分けてもらったんだからよ~」
インベントは満面の笑みでアイナを見る。
アイナは笑い返す。
(うっし……釣れた)
アイナは自作した『こんが~り肉』用の肉焼き機に肉を立てかける。
そしてインベントに聞こえるように――
「さあ~て~、焼き加減はどうかな~?」
そう言って『こんが~り肉』にナイフを入れる。
表面はこんがりと焼けているが、中は赤みが残っている。
その様子をインベントにも見せた。
「もうちょっと焼かないとな」
「う~ん……そうだねえ」
「まったくよ~、そもそも『こんが~り肉』ってのは火が通りにくいんだよな。
だけどまあ、あと一時間ぐらいで焼けそうだな」
インベントは「一時間かあ」と呟く。
アイナはニヤリと笑う。
「――昼飯にさ」
「ん?」
「モンスターを狩った後にさ~。
『こんが~り肉』を食べたら、楽しそうだよな~」
インベントの脳内に、広がる幻想郷。
モンスターを狩り、そして『こんが~り肉』を食べる。
それは夢にまで見た世界。
「あふぅ……」
最近ジャストスラッシュを体得し、戦闘面でモンブレに近づけていると実感しているインベント。
更に食事でもモンブレに近づける。
妄想からくる多幸感で、インベントは絶頂を迎えたような緩んだ顔になった。
アイナは苦笑いしつつも――
「まあ、もうちょっと待ってろや。
ちゃちゃ~っと焼き上げちゃうからさ」
「は~い」
インベントは腰を下ろし、『こんが~り肉』をじ~っと眺めている。
そんな様子を見て、アイナは胸をなでおろした。
(ま、これで、ひとりで飛び出していくことは無えだろ。
男ってのは胃袋を掴めば…………いやいや、そういうことじゃねえけどね!)
『胃袋を掴む』から連想されるのは『結婚』であり、アイナは頭を振った。
アイナの目的はインベントの暴走を止めることである。
インベントはひとりで、欲望の赴くままにモンスター狩りをしようとしているし、それだけの実力を兼ね備えている。
インベントは自分のために狩りをするが、サダルパークの住人からすれば救世主と言ってもいい戦いっぷりである。
オセラシアではこれまで、モンスターを狩る必要が無く、当然狩る文化も無い。
それゆえに、たった一体のモンスターでも対処するのが困難である。
そんな中、単独でいとも簡単にモンスターを狩りまくれるインベント。
仮にインベントが、サダルパークの住人たちにも見えるようにモンスターを狩っていれば、本当に英雄となっていたかもしれない。
インベントは狩りたくて狩っているし、サダルパークの住人にとってはありがたいことこの上ない。
みんな幸せな状況。
ただ一人、アイナだけはインベントの暴走を止めようとしている。
インベントの戦い方は、アイナからすれば自殺行為に等しい。
もしかすると、ひとり飛び去って、そのままオセラシアで人知れず朽ち果てていくかもしれない。
可能であれば狩りを止めさせたいが、それは無理である。
だってインベントだから。
もっと安全な戦い方にシフトさせたいが、それもどうすればいいのかわからない。
アイナは色々考えた。
ベストはインベントの暴走を止めることだが、少なくともブレーキをかける方法を。
スケベなお姉ちゃんを雇って色仕掛けで骨抜きに――な~んてことも考えたが、さすがに非常事態にスケベなお姉ちゃんを雇うのは難しい。
だがアイナは閃いたのだ。
インベントの興味をモンスター以外に持たせれば、事態が好転するかもしれないと。
そして思いついたのが、料理だった。
(へっへっへ~。
モンブレの世界はバケモノみたいなモンスターと、無茶苦茶強い人間が戦う世界。
だけど、妙に料理の話をしてたんだよね~)
アイナは思い返す。
クラマと共に、三日三晩かけてモンブレの話を聞き続けた時間を。
(モンブレの世界の料理を出せば、食いつくだろうとは思ったけど大正解だったな。
まあ、これで少しは事態が好転すればいいんだけどな~)
アイナは肉を焼く。
生焼けなのは当然計算している。
できるだけ出発の時間を遅らせるために、あえて外はこんがり、中は生焼けの状態でをキープしていたのだ。
じっくりと『こんが~り肉』を焼くアイナ。
そんなアイナと『こんが~り肉』を眺めるインベント。
「まだかな~? まだかな~?」
「もうちょっとかかるっての。ま、楽しみにしとけ」
「は~い」
「そういや、他の料理もリクエストあれば作ってやるぞ~」
「ええ~!?
だったらドッカンスープと~、ジャボーンのマグマ焼きと~」
「ま、待て待て! なんだそのまったく想像もできない料理は!?」
「え~、じゃあいいよ、オススメ定食で」
「い、いや、今度はアバウト過ぎだっての」
インベントはクスクスと笑いながら、思い出したかのように「ああ~」と柏手を打った。
「そうだ~、ネコが必要だね」
アイナはしばし沈黙した後――
「んあ? ネコってあのネコか?」
「うん、ネコ」
「お前……ネコ食うのか?」
「バカだな~、ネコを食べるわけ無いじゃん。
調理場にはネコが必要だなって」
「え? 調理場にネコなんていたら不衛生だろ」
「そんなことないよ~! 調理場にネコは必須だよ!
むしろネコが料理するんだよ!」
「ん、んあ? い、いや、それって……」
モンブレの中ではネコが料理する。
その事実を理解するのに、アイナは30分以上かかった。
(もお~! インベントを理解するのは難しすぎるぜ~!
助けてくれ~クラマさ~ん!)
狩りの準備をするニャ?
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