それぞれの進む道
イング王国とオセラシア自治区の国境沿い。
オセラシア自治区側には三つの町が存在する。
西から順に、ナイワーフ、タムテン、そしてサダルパーク。
三つの町はモンスターの大量発生という危機に瀕している。
ナイワーフの町は、とある理由から非常に重要な町であり、国軍が事態収拾のために出動している。
だがタムテンの町とサダルパークの町に人員を回せる余裕は無かった。
当初の予定では、ナイワーフの町でモンスターを鎮圧したのち、タムテン、サダルパークにも向かう予定だったのだが、国軍はナイワーフの町に釘付けになっている。
その結果、タムテンの町とサダルパークの町は放棄されたのだ。
タムテンの町はまだいい。
ナイワーフから近いため、大規模な移送が行われた。
もぬけの殻になったタムテンの町は、モンスターたちに蹂躙され滅ぼされたものの死傷者は少なく済んだ。
それに比べサダルパークは、ナイワーフから遠く救助する余裕も無かった。
つまりサダルパークは完全に見放されたのだ。
住民の移送も満足にできず、物資は滞り、逃げられなかった町の住民たちはモンスターに虐殺されていく。
……はずだった。
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「ジャッスラ~!」
迫りくるモンスターを――いや、迫ってくるのはインベントのほうである。
サダルパーク周辺は草原地帯や荒野が広がる。
非常に見通しがよく、モンスターを発見するのは容易である。
モンスターを発見すればすぐに飛んでいく。
文字通り、飛行していくインベント。
そして死体の山を築いていく。
傍から見れば危険極まりないジャストスラッシュだが、インベントは死ぬことなど恐れもせず短時間で大量にモンスターを殺す。
そして殺せば殺すほど、使えば使うほどジャストスラッシュは洗練されていく。
アイナはインベントの戦い方にヒヤヒヤしているが、インベントにとってギリギリのタイミングを見極めるのはそれほど難しいことでは無かった。
ハウンドタイプモンスターよりも遥かにタイミングを掴むのが難しい相手と戦ってきたからである。
それは幽結界を完璧に操る、『陽剣のロメロ』である。
ロメロの攻撃に比べれば、モンスターの攻撃など遅すぎる。
予備動作から攻撃も判断しやすいし、更に攻撃パターンも少なく、フェイントも使ってこない。
「ふふ、いいね。いいよ」
余裕さえでてきたインベントは、とにかく狩り続ける。
サダルパーク周囲からモンスターがいなくなるのは時間の問題だった。
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イング王国組が参戦してからはや五日目。
ノルドとロゼはコンビを組んでモンスターを狩る。
インベントは独りでモンスターを狩る。
インベントが単独で戦うことにロゼは多少戸惑っていたが、ノルドは割り切っていた。
無理やりチームを組んで戦う必要などない――と。
むしろ――独りで結果が出せるなら独りのほうがいいと考えている。
ふと、昔……といっても半年前のことを思い出すノルド。
(『空を飛べる奴に地面を歩かせるな』……か)
ノルドは思い出したのは、インベントとノルドが出会った頃のこと。
アイレド森林警備隊の駐屯地で、インベントがマクマ隊に配属されていた時。
マクマ隊は、アイレド森林警備隊の総隊長であるバンカースがインベントに協調性やチームワークを覚えさせるために配属した隊である。
隊長のマクマはモンスターを殺せないという欠点がある。
だが、森林警備隊の中でのマクマの評価は高い。
森林警備隊の目的はモンスターを殺すことではない。
町にモンスターの被害が及ばないようにすることであり、殺さなくても追い払ったっていいのだ。
マクマ隊はチームワークを大事にしている。
町や駐屯地に近づくモンスターを、連携し威圧することで追い払う。
無理をしないため負傷することも少なく、安定感が売りである。
そんなマクマ隊には、マクマ同様モンスターを殺すことに抵抗がある人物が多い。
そのため隊として一体感も高く、マクマの人望も厚い。
だが決定的にマクマ隊にインベントは馴染まなかった。
インベントはモンスターを狩りたくて仕方ないからである。
そしてインベントにつきまとわれていたノルドは、インベントをそそのかし、マクマ隊での任務中にモンスターを狩らせたのである。
ノルドとマクマは非常に仲が悪い。
規律を守りチームで戦うマクマと、ルールを無視した一匹狼のノルド。
気が合うはずもない。
インベントをそそのかしたのはマクマに対しての嫌がらせが八割。
残り二割は、インベントをマクマ隊で燻ぶらせるのはもったいないと思ったからである。
結果としてはインベントが想像以上にモンスターを殺しまくり、マクマはノイローゼになってしまったのだが。
それはさておき、その際にノルドがマクマに言い放ったのが――
『空を飛べる奴に地面を歩かせるな』
――である。
マクマに伝えた言葉が、ノルド自身に返ってきた気分だった。
(イング王国だったら、索敵の役割ぐらいは担えたかもしれねえ。
だがオセラシアは平地だからな。索敵なんて必要無えわな)
森林警備隊では毎年少なからず死者が出る。
その一番の原因は、モンスターからの不意打ちである。
茂みに潜んでいたモンスターに気付けずに、気付いた時にはもう遅い――なんてケースは多々ある。
だがオセラシアは非常に見晴らしが良い。
不意打ちの危険性はかなり低いのだ。
(それに……インベントはひとりでモンスターを狩れる。
群れであってもひとりで狩れる。
それだけの力をインベントは持っている)
アイレド森林警備隊の時のインベントと、現在のインベントでは実力は天と地ほどの差がある。
元々空を飛べるという特異な力があったが、肉体的には貧弱だったインベント。
様々な経験――特にロメロとの出会いがインベントを大きく成長させた。
今のインベントなら敢えて隊を組まなくても、モンスターを狩ることができる。
それでも単独での戦闘は、万が一が起きる可能性がある。
もしもノルドが単独行動を禁じたならば恐らくインベントは応じたはずである。
だがノルドにはインベントに単独行動を禁じなかった理由が二つある。
いや正確に言えば三つ。
一つ目はガラじゃないから。
自身は何年も独りでモンスター狩りをしていたのに、止めるなんてできるはずもない。
インベントを止めるなんて、ノルドらしくないからだ。
なんとも子供のような理由である。
二つ目は、隊を組むとインベントが力を発揮できないかもしれないからだ。
(アイツは良くも悪くも単独で戦うことを想定している。
命令すれば、ちゃんと動けるだろうが、逆に俺たちがインベントの邪魔になっている気がする)
アイナはインベントが不調だと言った。
だがノルドはインベントが不調だとはとても思えなかった。
なにせダムロを襲ったモンスターの群れを単独で撃破している。
それにインベントが纏う雰囲気の鋭さを、ノルドは感じ取っていた。
そしてノルドは、インベントは単独行動でこそ真価を発揮するのではないかとの結論に至った。
(そもそも、空を飛べるインベントと足並みを合わすなんて、無理な話かもしれん。
クラマさんならまだしも、大地を歩く俺たちと、足並みなんて合うはずもない――。
ククク、マクマに言ったことが自分に返ってくるとはな)
同じ隊として戦うことができない侘しさを多少感じつつも――
(ガラじゃねえ)
――と頭を振った。
そして最後の理由。それは――
(まあ……あの子がいるし、なんとかなるだろう)
経緯はわからないが、インベントはアイナに心を開いている。
そんなアイナがいるからこそ、なるようになるのではないかと考えた。
丸投げである。
そんな期待されているアイナは――
料理を頑張っていた。
と~~っても料理を頑張っていた。