魔性の技
町の外までやってきたインベント。
足取りは軽く、モンスターに向かっていく。
アイナは置いていかれないようについていく。
なにか話しかけようとするが、言葉がでてこない。
インベントの背中からはなんともいえないオーラが漂っているように感じるアイナ。
(なんだよ……空気が重ーい!)
下唇を噛んでいるアイナ。
だが急にインベントが振り返った。
「ねえ」
アイナはびっくりして思い切り下唇を噛み「痛え!」と叫ぶ。
「どうしたの~?」
「い、いや、大丈夫。で、なんだよ」
インベントは指差した。
「あれにしようか」
指差す方向には、三体のモンスター。
「ん? あれを狩るのか?」
「狩るのはもちろんだけど、『ジャスラ』を見せるね」
「おお、おお、そういえばそんなこと言ってたな。
さて、どうする? アタシが一体は担当しようか?」
インベントは笑いながら視線をモンスターに戻した。
「いいよ。ひとりで」
「え?」
「三体ぐらいならひとりで、十分さ」
インベントは歩き出す。
アイナは「お、おい! ひ、ひとりでって」と止めようとするが、どう止めていいのかわからない。
インベントがモンスターたちのテリトリーに侵入し、モンスターたちは威嚇してくる。
もう戦いは避けられない。
(い、いつでも助けられるように準備しておこう)
アイナは剣を準備し、いつでも戦える姿勢に切り替える。
モンスターはにじり寄ってくる。
いつ襲いかかってきてもおかしくない状況。
そんな中、インベントは暢気に再度振り向いた。
アイナはビクリとした。
「前を向け!」と言おうとしたが、余裕綽々な表情に言葉が詰まる。
「それじゃあよ~く見ててね」
インベントは緩やかに駆けだした。
まさかモンスターは、たった一人、体格の劣っている生物が向かってくると思わず、つられて駆ける。
「えい」
インベントは丸太を射出する。
スピードは無いが、直撃すればダメージは免れない。
一体のモンスターは避けた。
「えい」
更にもう一本の丸太を射出する。
続けて二体目も回避行動をとる。
隊列がいとも簡単に崩される。
そして一体のモンスターが誘い込まれた。
アイナは息を呑む。
(か、簡単に一対一の状況を作りやがるな……。
だけど大事なのはここからだ)
走り出したモンスターは止まらない。
インベントはじっと観察している。
モンスターがどの攻撃を選択するか観察している。
モンスターが深く沈みこんだ。
(うん、爪撃だ)
インベントはまず緊急回避の手札を捨てた。
インベントの手札は『ジャストスラッシュ』のみに。
『ジャストスラッシュ』は相手の攻撃パターンを読み切っていないと発動できない。
ゆえに初見の攻撃ならば、回避も選択肢に入る。
だがハウンドタイプモンスターの攻撃パターンは読み切っているインベント。
後は左からか右からか。
相手の攻撃はあと二枚。
そして――重心が右にずれた。
(左……ね)
攻撃を読み切ったインベント。
後は攻撃を――いやタイミングを待つだけ。
「ジャ~~…………」
誰にも聞こえない。小さな声。
だが――確実にモンスターの息の根を止める、死神の息吹。
モンスターが想定通りの攻撃を、想定通りのタイミングで実行する。
「――ッスラ!!」
インベントが腕を振る動きと連動し、徹甲弾が発射される。
思い描いたタイミングで、最も効果的な角度で、思った以上のスピードで徹甲弾がモンスターの喉に命中する。
綺麗にモンスターの気管を抉り取った。
インベントは快感で笑いそうになるが、すぐさま徹甲弾を収納空間に戻し、続けて回避行動をとる。
(昨日は攻撃に集中しすぎて、右手を斬られちゃったからね)
昨日、『ジャストスラッシュ』を使用した際、攻撃は完璧だった。
だがモンスターの爪がインベントの右肘付近に掠り、怪我をしてしまったのだ。
(回避と攻撃を両立させてこそ、完璧な『ジャスラ』。
んふふ、いいね)
一体葬った。
続けてモンスターが駆け寄ってくる。
インベントは大太刀を収納空間から取り出す。
取り出すが、モンスターには見えないように自身で隠した。
飛びかかってきた二体目もジャストスラッシュで斬り伏せる。
そして残った最後の一体は、手に持っていた大太刀を投げつけ、大太刀に気を取られているうちに上空に飛び上がる。
真上から丸太で頭部を破壊し、いとも簡単にモンスターの群れを撃破するインベント。
「んふ~ん」
ご満悦なインベントは、ポンと手を叩きアイナを見る。
そこには、手に持っていた剣を落としているアイナがいる。
(ちょ……ちょっと待て。
な、なんだ、なにが起こったんだ……)
アイナから見たインベントの戦う様子は、異常極まりないものだった。
(手を振っただけで、モンスターの喉が吹き飛んだように見えた。
い、いや、あれだ、鉄の塊だ。よく見ても見えなかったけど鉄の塊。
だ、だけどやっぱりおかしい。
クリティカル……みたいな……いや……)
アイナはジャストスラッシュに違和感を覚えていた。
そしてその理由を思いつく。
「お、おい、インベント」
「なあに?」
「な、なんで幽壁が発動しない?」
アイナが気付いたジャストスラッシュの違和感の正体。
それは幽壁が発動しないことだ。
「なんだ、そんなことか」
「い、いや、そんなことって……」
アイナは複雑な気分だった。
アイナはインベントの『致命的一撃』から着想を得て、【伝】を利用したクリティカルを編み出した。
アイナの人生で、足を引っ張ってきたポンコツ【伝】がやっと日の目を見たのだ。
努力が報われ、アイナは誇らしささえ感じていた。
だがインベントにとっては幽壁の無効化など取るに足らない出来事なのだ。
モンスターの幽壁を無効化する。
アイナは【伝】で意識を逸らすことで実現した。
インベントはあの手この手を使い、意識外から攻撃を仕掛けてきた。
だが、インベントがジャストスラッシュと呼称する技は、意識を逸らしているわけではないのに、なぜか幽壁を無効化している。
その理由は――
「ふっふ~ん。『ジャスラ』は確実に致命的一撃なんだよ」
「ん、んあ? り、理由になって無い!?」
「だってそういうものだから」
ジャストスラッシュが成功すれば、自身は無傷。
だがモンスターには大ダメージを与える。
ジャストスラッシュはそういうものなのだ。
――とインベントは信じて疑わない。
本当の理由は、もちろん違う。
幽壁は命の危険を感じると発動する絶対防御の盾。
危険を感じることがトリガーであるため、意識外からの攻撃には発動しない。
ジャストスラッシュは相手の攻撃に合わせて行うカウンター攻撃。
インベントの攻撃は予備動作がほとんど無く、意識しにくい攻撃ではある。
だが意識しにくいレベルでは、幽壁を無効化することはできない。
幽壁を無効化するには、『攻撃されたことに気付かないレベルの攻撃』でなければならない。
不意打ちを除けば、インベントにそんな芸当はできないし、『陽剣のロメロ』であっても不可能である。
ジャストスラッシュの肝は、やはりタイミングなのだ。
それも並大抵のタイミングではいけない。
求められるタイミングは、モンスターが『敵を殺せると確信した』タイミングである。
『敵を殺せると確信した』タイミングは全ての意識が相手を殺すことに向いている。
その瞬間のみ、幽壁は発動しないのだ。
致命的一撃が意識の隙を突く技だとすれば――
ジャストスラッシュは、感情の隙を突く技なのだ。
インベントはジャストスラッシュを使えてご満悦だ。
だが、ジャストスラッシュは技の性質上、常に死が付き纏う技である。
インベントがどれだけモンスターの観察能力に優れていたとしても。
卓越した収納空間スキルがあったとしても。
いつかは失敗する。
そして失敗すれば、即死する可能性だってある。
ゲームならば、コンテニューすればいい。
だがインベントはコンテニューできないのだ。
死ねば終わり。
そんな死をも恐れぬ戦い方を嬉々としてやってのけるインベント。
アイナはただただ不安な顔をしている。
だが――アイナの心配に気付けるインベントでは無かった。
闇落ち……??
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