ロングヘアーの女の子が毛先3センチ切ったとしてもわからない
インベントは『ジャストスラッシュ』を決めた余韻に浸っていた。
「お、おい! インベント!」
アイナが駆け寄ってくる。
その表情には不安と困惑でいっぱいだ。
「も、モンスターをぶん殴る奴があるか!」
「ええ?」
『ジャストスラッシュ』はギリギリまで攻撃を引きつけたタイミングで攻撃する技だ。
アイナには徹甲弾を視認することができず、まるでインベントがぶん殴ったかのように見えている。
「う、腕が折れてんじゃねえか?」
インベントがぶん殴った――いやぶん殴ったと勘違いされているモンスターは首が捻じれた状態で絶命している。
もしも右ストレートでぶん殴ったのだとしたら、インベントの右手は粉砕骨折を免れないだろう。
「お、折れてないよ」
インベントは右手を振るが、アイナは「バカバカ」と言いながらインベントの手を優しく掴む。
そしてインベントの右手から忍者小手をそーっと外す。
――すると。
「ば、バッカ! 血塗れじゃねえか!?」
「ええ? あれ、ホントだ」
インベントは自分の右手を見て驚いた。
小手を外すと、ボタボタと血が滴り落ちたからだ。
不思議と痛みは無く、出血の原因を探り「ああ~肘か」と呟くインベント。
肘にはナイフで切られたかのような五センチメートルほどの傷があった。
先ほどまでは興奮していたため気付かなかったのだ。
「だ、大丈夫なのか!?」
「ああ、大丈夫大丈夫。応急処置だけすれば大丈夫」
「バカヤロウ! さっさと町まで戻って治療すんぞ!」
「ええ~!? 大丈夫だよ~」
「うるせえ! 行くの! ほら、これで傷口押さえてろ!」
アイナはインベントに医療用の布を手渡し、ノルドとロゼの元へ。
「インベントが負傷したので一旦町に戻ります!」
ノルドはアイナに気圧され、「あ、ああ」と応えた。
「いくぞ、バカベント!」
「え? ホントに戻るの!? 大丈夫だってばー!!」
強引にインベントを連れ、アイナはサダルパークの町に戻っていった。
残されたノルドとロゼ。
しばしの沈黙。そして――
「行っちまったな」
「そうですわねえ」
ノルドもロゼもインベントが『ジャストスラッシュ』を使用した様子を見ていなかった。
目の前のモンスターを倒すことに集中していたからである。
「なんで怪我したんだろうな」
「ほほ、やっぱり調子が悪かったんじゃないかしら?
ハウンド一匹にてこずるインベントでは無いですし」
ノルドは鼻で笑った。
(ハウンドだからって、一人で倒せるやつがアイレド森林警備隊に何人いるのかねえ。
全く頼もしいガキどもだ)
「どうする? 俺たちも戻るか?」
ロゼは「う~ん」と少し考えた後――
「私はまだまだぜ~んぜん余裕ですけど、ノルド隊長がお疲れなのでしたら」
「ハッ。だったら続けるぞ。
減らせるもんならもっと減らしてえからな」
「うふふ、了解ですわ」
****
町まで歩くふたり。
「んあ? するってえと――殴ってねえのか?」
「もー! 殴ってないってば」
インベントは『ジャストスラッシュ』について説明していた。
「こーやって、シュッっと徹甲弾を出して攻撃したの」
手を振う動きと連動して、徹甲弾が収納空間から放たれる。
そしてすぐに徹甲弾を収納する。
アイナは「あ、ああ、なるほど。だから殴ったように見えたのか……」と納得する。
だが納得したのは『殴ってはいない』という一点だけである。
「だ、だけど、なんであんなにギリギリまで接近したんだよ。
アタシはインベントが死ぬんじゃねえかとヒヤヒヤしたぞ?」
インベントは冷ややかな目でアイナを見る。
(なんでって言われてもなあ。
ギリギリまで接近しないと『ジャスラ』ができないじゃん。も~)
インベントは、なんでそんな質問をするのだろうと思っている。
インベントにとってはこの世界で自身を除き、唯一『ジャストスラッシュ』使えるのがアイナだからである。
インベントはアイナのクリティカルを『ジャストスラッシュ』の一種だと思っているのだ。
「『ジャスラ』するにはあのタイミングじゃないとね」
アイナは目をぱちくりさせて「じゃ、じゃすら?」と聞き返す。
「タイミング。難しいよねえ~。
でも、だからこそ、燃えるっていうか」
インベントは悦に入って話を続けている。
インベントは右手の傷を見た。
「ふふふ、でもちょっとだけ失敗しちゃったなあ。
攻撃に集中しすぎて、回避を忘れちゃった。
『ジャスラ』は攻撃と回避だもんね、ふふ」
「ちょちょちょ! そもそも『じゃすら』ってなんだよ」
「ん? 『ジャストスラッシュ』でしょ」
「いや、し、知らねえよ。
ああ~、『モンブレ』の技かなにかだな、多分」
インベントはニヤリと笑う。
そして――
「明日、見せてあげるよ」
とだけ言い、サダルパークの町に向けて歩き出した。
アイナはインベントの背中に「お、おい」と声をかけるが、インベントは振り向かない。
アイナはインベントとの間に小さな壁があるように感じた。
(なんか変だ。
やっぱりなんか変だ!
元々変だけど、なんか違う。
わかんねえ! 変なやつの変化なんてわけわからねえ!)
困惑しつつもアイナは、インベントを追いかける。
****
翌朝――
「それじゃあモンスター狩りに行ってきますね」
インベントはノルドとロゼに挨拶をし、そのまま宿から出ていく。
食事中だったふたりは慌てた。
だがインベントは気にせずスタスタと出て行ってしまう。
アイナは「急だな、もう!」と慌ててインベントを追う。
ノルドは「お、おい」と声をかける。
「ええ~っと、インベント。
なんかやる気いっぱいみたいなんで、先に行きますね!」
嵐のように去っていったインベントとアイナ。
そして置いていかれたノルドとロゼ。
「行ってしまいましたわね」
「ああ」
去っていった二人の残像を眺めつつ、ノルドは水をグイっと飲んだ。
そして自らの肩を叩きつつ――
「今日も、俺とお前だけでモンスター狩りをすることになりそうだな。
ま、戦力的には問題無いだろう」
ロゼは不思議そうな顔をしている。
「あら? 後で合流するのかと」
「ふん」
ノルドは鼻で笑った。
(あの野郎……。
恐らく、ハウンドごときなら独りでも殺せるな)
ノルドはインベントが始末したと思われるモンスターの死骸を思い出す。
顎は砕かれ、頸椎が捻じれたモンスター。
(どうやったらあんな死に方するんだ?
また丸太か? 相変わらず……よくわからん男だ)
ノルドはロゼにも聞こえないぐらい小さく、とても小さく舌打ちした。
ノルドはわかっていた。
【馬】による動物的な勘によるものなのか、それとも『狂人』としての勘なのか、明確な理由はわからないが、わかっていた。
インベントはノルドとともに行動しないであろうことを。
(誰かとつるんで戦う空気を纏っていなかった。
己の力だけで戦う空気。まるで……『狂人』みたいにな)
ノルドは立ち上がる。
「ま……アイナがいる分、俺みたいにはならねえだろ」
ロゼは「え? なんのことですか?」と笑う。
ノルドはロゼの頭をポンポンとする。
「いや、インベントとアイナってのはどういう関係なのかなってな」
ロゼは顔を輝かせた。
「ああ~! そうですわねえ。
恋人なのかしら? でもそんな感じはまったくしないのよねえ~。
どっちかというと……姉弟って感じかしら?
でも恋愛なんて千差万別ですし、おほほ」
「ほれ、俺たちも行くぞ。今日も犬退治だ」