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胡蝶の夢

 アイナはインベントの調子が悪そうに見えていた。

 だからインベントの代わりにモンスター狩りに精を出す。


 その頑張りが……まさかインベントに影響を与えているとは知る由もない。



 インベントは後方からじ~っと見ていた。


 途中まではモンスターだけを見ていた。

 ノルド、ロゼ、アイナはモンスターを見るときの障害物扱い。


 だがインベントは次第にモンスターとアイナを見るようになっていく。

 理由はわからなかったが、モンスターを倒すアイナから目を離せなくなっていく。


 華麗にモンスターを屠るアイナ。

 そんな光景を何度も見てインベントは気づいた。

 アイナの姿が、なぜかモンブレで見た黒い少女とリンクしていくのだ。


 アイナと黒い少女は特に似ている要素は無い。

 お互い小柄なことぐらいだろうか。


 ではなぜか?

 それはアイナの使うクリティカルが、黒い少女を想起させたのだ。



 アイナのクリティカルは、回転攻撃と【アンスール】による意識逸らしによる融合技である。

 だが意識逸らしは傍から見れば、なにもしていないように見える。

 結果、アイナの攻撃は、まるで幽壁を無効化したかのように見えるのだ。


 アイナはいとも簡単にクリティカルをやってのける。

 だが、クリティカルは非常にタイミングのシビアな技である。


 そもそも回転攻撃で正確に急所を狙うことが難しい。

 少し遅くても速くても失敗である。

 ただでさえタイミングがシビアな回転攻撃と、一瞬しか効果の無い意識逸らしを融合しているのだ。


 一つタイミングを間違えれば大ピンチを招く技。

 そう――()()()()()が非常に重要な技なのである。


 そんなアイナを見ていて、インベントはピンときた。


 黒い少女の異常な強さの理由。

 そして黒い少女がしきりに叫んでいるいる言葉の意味を。



****


 インベントはアイナと、アイナ越しのモンスターをずっと見ていた。

 アイナがこれまで通り群れから一体のモンスターを釣りだそうとした。


 だが――


(あ~、これはダメかも)


 インベントは直感的に、アイナが失敗する事を予期していた。

 モンスターの意識がロゼに集中する前に引き付ける動きをしてしまったのだ。

 結果、二体のモンスターがアイナに近寄ってくる。


(ふふふ、ヘイト集めはタイミングが大事だからなあ)


 インベントは観察による分析を得意としている。

 それはモンブレの世界で鍛えられたものである。


 ゲームの世界は、モンスターの予備動作や攻撃パターンを把握することが非常に重要であり、プレイヤーは当然の如く予測からの行動を行っている。

 インベントには観察し予測する癖が染みついているのだ。



 自然とインベントは動き出す。

 アイナがやっていたように、二体の内一体を自身のもとに引き付ける動きを。


「ふふ」


 想定通りインベント目掛けて疾走してくるモンスター。

 インベントに恐怖心は無い。舐めるようにモンスターを見ている。


(体当たりしてくるかなあ~。

 それとも左右に首を振る動き?

 それとも――)


 オセラシアにて、ハウンドタイプモンスターの動きは何度も何度も観察している。

 白や青ばかりのモンスター。

 動きの癖まで似ているモンスター。

 予測は容易い。


 そして、飛び上がったモンスター。


(ああ、そのパターンね~)


 鋭い牙と爪がインベントに迫る。

 だが、それでもまだ動かないインベント。


 待つ。

 ただひたすらに待つ。


 アイナがどれだけ心配しても関係がない。

 インベントはただその瞬間を待った。


 そして――その時が来る。

 インベントの頭の奥で声が響く。いや響いた気がした。


()()()()!!』


 夢の中、黒い少女が何度も何度も叫んでいた言葉が聞こえた気がした。

 インベントは笑いながらその言葉を復唱する。


「――ジャ…………スラ」


 モンスターは口を大きく広げ、インベントに噛みつこうとしている。

 一秒後にはその牙はインベントに到達したであろう。


 だがギリギリ――本当に最上のタイミングでインベントは手を振う。

 アイナから見ると、その動きはまるでモンスターに対しパンチをしているかのように見えた。


 実際には収納空間から徹甲弾が飛び出していた。


(あっれ~? 思ったよりも速度がでるなあ)


 インベントの想定よりも速く射出された徹甲弾は、モンスターの顎を砕き、頸椎は捻じれ、モンスターの顔はあらぬ方を向いている。


 徹甲弾が彼方へ飛んでいく前に、インベントは収納空間に収めた。

 相変わらずの早業であり、凝視でもしていなければ、徹甲弾が発射されたことさえ気づけないだろう。

 アイナはもちろん、モンスターでさえも。


 何が起こったのかわからないまま、モンスターは壊れたおもちゃのように、インベントの横をすり抜けて大地に伏せた。

 脳と体が分断されてしまったモンスターは、ただ死を待つだけだった。



「アハハ……いいね。

 これが……『ジャスラ』かあ~」


 『ジャスラ』。

 ウルトラ怪獣でもなければ、音楽の著作権団体でもない。

 黒い少女が連呼しているワードであり、モンブレでの技の略称である。


 正式名称は『ジャストスラッシュ』。


 様々なゲームで、ジャストアクションや見切りと呼ばれる技術がある。

 それは絶妙なタイミングで攻撃や防御を発動すると、特殊なエフェクトや効果が発動するのだ。


 格闘ゲームであれば無敵時間が発生し一方的に攻撃出来たり、アクションRPGなら技のダメージ量が増加したり、完全に回避できたりと効果は様々。


 モンブレにもジャストアクションは多数存在する。

 絶妙のタイミングで回避すれば即死級の攻撃でさえも無傷でいなしたり、これまた絶妙なタイミングでガードすることでモンスターのバランスを大きく崩すことができたりする。


 そんな中で黒い少女が多用しているのが『ジャストスラッシュ』である。

 ジャストスラッシュは、モンスターの攻撃をすり抜けるように回避しつつ、斬り刻む技だ。

 非常にアクロバティックで派手な技。


 だが派手さだけではなく、無傷で相手に大ダメージを与えられる技である。

 ソロ専の黒い少女にとっては生命線とも言える技。


 ただ、非常に難易度が高い。

 とにかく発動のタイミングがシビアであり、更にクールタイムも存在する。

 失敗すれば一転、ピンチに陥る。


 モンスターの行動パターンを熟知していないと、発動するのでさえ困難。

 発動できたとしても連発できないため、クールタイムを意識した立ち回りも重要。



 インベントは何度も何度も黒い少女が『ジャスラ!』と叫びながら放つジャストスラッシュを見てきた。


 憧れた。

 やってみたいと思った。

 だが方向性が見えずにいた。


 それもそのはず、モンブレはゲームの世界であり、ジャストスラッシュはゲームの中の技である。


 ゲームだからこそ無敵時間がある。

 インベントの目にはすり抜けるように回避しているが、本当にすり抜けているのだ。


 無敵ゆえにモンスターの攻撃は当たらない。

 だからこそ実現可能なのが『ジャストスラッシュ』なのだ。



 インベントは朧げに、相手の攻撃に合わせたカウンター技を思い描いた。

 とはいえ具体的になにをすればいいのかわからない。


 難航するはずだった。

 そもそも実現できないかもしれなかった。


 そんな中で一筋の光明が差す。

 それがアイナのクリティカルである。



 黒い少女のジャストスラッシュは――

 モンスターを引き付け、絶妙なタイミングで回避しつつ斬り刻む。


 アイナのクリティカルは――

 モンスターを引き付け、絶妙なタイミングで回転しつつ攻撃する。


 どちらも、ギリギリまでモンスターを引き付けている。

 そんな夢の中の技と、現実の技が交差しインベントは閃いたのだ。

 インベントなりの『ジャストスラッシュ』を。



「ふふん。ふはは」


 『ジャストスラッシュ』が予想以上の威力を発揮し、死にゆくモンスターを眺めるインベント。


(できるな。

 俺にも『ジャスラ』ができる)


 インベントは『ジャストスラッシュ』ができる確信から笑みが零れる。





 だがその確信は、現実とモンブレ()の境目が朧げになっていくキッカケに過ぎなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかここからモンブレの化身に変身していくのか....?
[良い点] 悪の組織の幹部でも違和感のない狂人っぷりですな、インベント氏。
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