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アイナはクリティカルの原理を説明をし終えた。
話を聞き終えたノルドは驚嘆している。
「そのクリティカルって言葉はよくわからんが、恐ろしい技だ。
よくもまあ……こんな短期間で開発したものだ」
「はは」
アイナは――
(まあ、言葉に関しては、インベントの夢の世界の言葉ですからねえ)
と思うが、説明が面倒なので何も言わないことにする。
「その技があれば、モンスター狩りはほぼ無敵じゃないか」
「いやいや……ぶっちゃけそんなこと無いですよ、へへへ」
クリティカルの特性はアイナ自身が一番理解している。
『致命的一撃』はモンスターの幽壁を無視して攻撃できる。
ゲーム的に言えば、『シールド貫通』といったところだろうか。
だが少なからず欠点もある。
まずアイナの【伝】の特性上、かなりモンスターに接近しなければならない。
加えて対象は一体。複数体を対象にすることはできない。
更に同じ対象には効果が薄くなる。
念話による意識逸らしに慣れてしまうのだ。
(試してないけど、大型モンスターも厳しいんだよなあ。
一撃で仕留められないと、その後はクリティカルを発動するの難しくなるし。
というか……大型モンスターに試したこと無いから効果があるかわかんねえし。
まあ……大丈夫だとは思うけどね)
アイナは小さく溜息を吐いた。
「ま、ハウンドタイプなら何匹でも大丈夫ですから、ニシシ」
「ハッ、これは頼もしいな」
アイナは「へへ」と鼻下を指で擦る。
(ラットとかハウンドなら問題無い。
今のところ雑魚モンスター向けの技なんだよなあ。
まあ、それよりも…………)
アイナは腕組みして考える。
そんな時――
「うう~ん、結局よくわかりませんでしたわ」
ロゼが首をひねる。
アイナを注視していたノルドと、アイナの念話についてよく知っているインベントと違い、説明を聞いてもクリティカルのことがよくわからなかったのだ。
アイナはロゼをじ~っと見る。
そして「うひひ」と笑った。
ロゼがアイナの笑顔を見て「え?」と漏らした、――次の瞬間。
「キャアアアア!」
ロゼが生娘のような声をあげた。荒野に響き渡るロゼの声。
インベントはロゼらしくない声に「あはは、どうしたの? ロゼ」と笑う。
ロゼは照れ隠しのためにぶんぶんと手を振う。
「ち、違う、違うのよ!
大きい音が苦手なわけないんだから!
で、でもなに? い、今、頭の後ろから、は、破裂音が!」
アイナはケラケラ笑う。
「はっは~ん、ロゼ、さては雷とか怖いタイプだな~?」
「こ、こ、怖くなんてないですわ!
う、うふふ、か、雷に驚くのなんて……子供ぐらい……」
アイナはパチンと指を鳴らす。
ロゼは反応し、アイナを見た。そして――
「キャアア!?」
ロゼは振り返りながら飛び上がって驚く。
アイナが念話を使い、ロゼの後頭部方向から『ゴロゴロゴロー!!』と叫んでいるのだ。
声は限りなく人の声だと感じないように調整している。
「そのぐらいにしてやれ、アイナ」
面白がるアイナだが、ノルドに窘められ、アイナは「は~い」と言って両手を上げた。
そして誰にも聞こえない声で「やっぱそうだよなあ~」と呟く。
(このクリティカルってのは、モンスターよりも対人向けなんだよなあ。
人間相手のほうが注意を逸らす音を出しやすいし。
とは言え……人間と戦うことなんて無えしな~。
うんうん、無い無い)
――アイナは盛大にフラグを立てたことに気付いてはいなかった。
****
さて――
その後、ノルド隊は快進撃を続けた。
ロゼの【束縛】はハウンドタイプモンスターの群れに対して無類の強さを発揮する。
触手でいとも簡単に群れを分断することができるからだ。
加えてアイナも活躍する。
華麗に立ち回り、一対一の状況を作り出し簡単にモンスターを屠っていく。
ロゼとアイナが群れを分断することでスムーズに狩りが進行する。
連携させさえなければ群れは脅威ではなくなる。
ノルドも負けじと、冷静に状況を把握しつつ浮いた駒を確実に仕留める。
ロゼとアイナが優秀過ぎるため手持無沙汰になりかけるものの、ベテランとして隊をまとめていく。
「よし、次だ。ロゼ」
隊を指揮しつつ、ノルドの顔から自然と笑みがこぼれる。
これほど順調に事が進むとは思いもよらなかったからである。
ノルド、ロゼ、そしてアイナ。
三人ならば、ノルド独りでは苦戦していたモンスターの群れを、簡単に対処することができる。
無限に増え続けているかのように思えるモンスター。
物量でサダルパークの町が壊滅してしまうのは時間の問題だと思っていた。
だが――
(これだけ簡単にモンスターを狩れるのであれば……。
サダルパークの町の防衛ではなく、討伐に切り替えられるかもしれん。
ククク、皮算用が過ぎるかな?)
サダルパークの町は現在、モンスターに怯える状況が続いている。
これまでは町に侵入させないように警備し、それでも侵入してくるモンスターはどうにか排除する。
ノルドは可能な限り近寄る群れを追い払っていたが、どうしても手が足りない。
しかしながらイング王国からやってきた助っ人が想像を超えて優秀なのだ。
ノルドは思う。潮目が変わるかもしれない――と。
ノルドのルーンは【馬】。
研ぎ澄まされた【馬】のルーンは動物的勘を宿す。
ノルドの勘は正しかった。
サダルパークの町の危機は解消される。
それも劇的に。
劇的。
劇的とは、劇の筋のごとく、平凡でなく起伏が多いことだ。
その劇的の鍵は――やはりこの男なのだ。
ひとり蚊帳の外でモンスター狩りの様子を――否。
ひたすらにモンスターだけを見続けているインベントなのだ。
**
「本当に……いくらでもいますわね。モンスター」
三時間以上モンスター狩りを続けたノルド隊。
だがどれだけ倒してもモンスターが現れる。
というよりも見えている。
「ハハハ、もう疲れたか?」
「い、いえ! 全然へっちゃらですわ」
ノルドは次の群れに向けて歩を進めているが、少し速度を遅くした。
現状、一番働いているのはロゼであり、ロゼを気遣ったのだ。
「モンスターってのはテリトリーがある」
「そうですわね」
「本来群れないはずのモンスターだが、なぜか群れてやがる。
だがテリトリーはちゃんと存在している。
群れごとにある程度距離が離れているのは、恐らく群れ単位でテリトリーがあるんだろうな。
ま、そのおかげで戦ってる最中にモンスターが増える心配が無いのは救いか」
「うふふ、どれだけやってきても全部縛りあげてあげますわ」
「ククク、さ、次だ」
ノルドとロゼが先頭を歩く。
ふたりに続いてアイナ。
更に後ろにインベント。
インベントはぶつぶつとなにかを呟いている。
アイナはインベントが心配で仕方がない。
(絶対おかしい。
目の前でこんなにモンスターが現れているのに、なんで狂喜乱舞しねえんだ?
『軍隊鼠』の時みたいに、現実逃避してる感じでもないし。
なんだ? どうなってる?
もお~! 助けてくれ~! クラマさーん!!)
これまで色々なことでインベントに驚かされてきたアイナ。
だが現在のインベントはどの事例にも当てはまらない。
だがモヤモヤしていてもモンスターは待ってくれない。
「よし、やるぞ」
モンスターの群れのテリトリー内に侵入するノルド隊。
(ああ~くっそ~! 今日はアタシが頑張ろう。
そんでもってインベントには今日の夜にでも話聞くしかねえ!)
四体の群れ。
手筈通り、アイナが一体を引き付ける。
だが――
「あ、やっべ」
四匹の群れは半分に割れ、二体ずつになった。
アイナに迫る二体。
(だあ~くっそ、集中しねえと!)
頭をブンブンと振り、アイナは気合を入れなおす。
インベントのことが気がかりではあるものの、目の前のモンスターに集中する。
ハウンドタイプはモンスターの中では小柄だが、それでも油断している人間を簡単に殺す力はある。
(でもどうすっかな。一対一の状況を作らねえと。
ロゼの援護を待つ……? ん? あれ?)
なぜか二体の内一体がアイナから離れていく。
願ったり叶ったりな事態。
だがモンスターが向かう先には――インベントがいる。
(え? あ、あれ? な、なんでえ!?)
いつの間にかモンスターを誘導しているインベント。
アイナは驚きつつも目の前の一体を多少強引に斬って落とす。
そして視線はインベントへ。
アイナはなんとも言えない不安に襲われる。
(い、インベントなら大丈夫だ。
たった一体のハウンドタイプなんて簡単に倒せる。
だけど……なんだよ。この不安は)
縮地からの斬撃で『致命的一撃』?
それとも上空からの攻撃で『致命的一撃』を狙ってもいい。
丸太で叩き潰してもいいだろう。
インベントにとってハウンドタイプモンスターなど雑魚だ。
さて、どうするのか?
インベントは――――何もしない。
「お、おい?」
突っ立っているインベント。
モンスターが飛びかかってくるのをじーっと待っている。
手には何も持っていない。
「い、インベント!?」
アイナは叫ぶがインベントは脱力したまま、ただただモンスターを待っている。
アイナの脳裏にインベントが死ぬ様子が浮かぶ。
(避けろ! 避けろ! 躱せ! 逃げろ!)
アイナの願いは届かない。
念話も距離の問題で届かない。
肉薄するインベントとモンスター。
だが――インベントは思いもよらない行動をとったのだ。
それは――
モンスターの顎に右ストレートを放った。