アイナのクリティカル
数年前、アイナ・プリッツは腐っていた。
カイルーン森林警備隊で『ポンコツ』扱いされ、逃げるようにアイレドの町にやってきたアイナ。
心機一転、森林警備隊で一番サボりやすいポジションを探し、自堕落な生活を送っていた。
スペックだけならアイナはハイスペックな人材である。
小柄ではあるものの剣術のレベルは高く、頭のキレも良いし、視野も広い。
そして【伝】のルーン。
【伝】のルーンは念話が使るようになる。
森林警備隊において【伝】のルーンは非常に重宝されるルーンだ。
当然周囲の期待は高かったが、どれだけ努力してもアイナの念話は対象範囲が四メートル強。
森林警備隊で【伝】持ちに求められるのは、司令塔としての役割である。
だが対象範囲が四メートルでは使い物にならない。
ポンコツの【伝】。
伝えたくても伝えられない念話。
それでもアイナは努力した。どうにか期待されているような隊長になるために努力した。
だが、ダメだった。糸口が全く掴めず、時だけが過ぎていく。
そして真剣に努力しても結果が得られないと悟った瞬間、全てがどうでもよくなった。
すべて投げ出してアイレドへ。
だが、転機が訪れる。
奇妙な新人、インベントがアイレド森林警備隊の駐屯地に現れたのだ。
倉庫番をしているとフラフラと現れたインベント。
アイナが初めてインベントを見た時、インベントは後方支援に配属された新人だと思った。
森林警備隊はそこそこ狭き門である。
特にモンスターと戦う前線部隊には、腕自慢、もしくは戦闘向きの有能なルーンを持った人物でなければ選ばれない。
インベントはどう見ても強そうには見えなかった。
むしろ弱そうに見える部類。
更にルーンは【器】。
【器】は便利なルーンではあるものの、前線部隊で役に立つ部類のルーンとは認識されていない。
なぜ前線部隊に配属されたのか理解できないアイナ。
そもそも論、どうやって森林警備隊の試験を合格できたのかもわからない。
異質な少年、インベント。
だがインベントは『紅蓮蜥蜴』戦に大抜擢される。
『紅蓮蜥蜴』戦の一番の功労者はインベントで間違いなかった。
『紅蓮蜥蜴』戦の後、アイレド森林警備隊では噂になっていた。
空を飛べる新人が現れたのだから当然と言えば当然である。
だが噂の新人はいつの間にかアイレドを離れていた。
変人は変人に惹かれ合うのか、ロメロに興味を持たれ、ともに時間を過ごし、異様に執着されてしまう。
インベントとロメロ。
二人が作り出す磁場のようなものに巻き込まれてきたのがアイナである。
だが――アイナが被害者かと言えば必ずしもそうとは言い切れない。
少なからずアイナはインベントという存在に惹かれている。
それは恋? いや全く違う。
アイナからすれば、インベントには戦う才能は無い。
剣術のセンスは無いし、【器】のルーンは戦闘向きではない。
生まれ持った資質からすれば、父の仕事を継いで運び屋として生きていくべき男なのだ。
だがモンスターを狩りたいという願望のままに、インベントは力をつけてきた。
『自由にモンスターを狩る権利』を得るためだけにロメロチャレンジをクリアした。
性格や精神面では多少問題はあるものの、インベントはモンブレからインスパイアされた特異な発想を【器】を使い込むことで実現してきた。
アイナが知る誰よりもルーンと向き合い、ルーンの可能性を信じてきた男なのだ。
逆にアイナは自身のルーンを恨んでいた。
ポンコツなルーンのせいで自分の存在もポンコツ扱いされてきた。
ルーンのせいで周りの期待を裏切ってきた。
ルーンが全ての元凶。
ルーンさえ……ルーンさえまともだったらと、何度思ったことだろうか。
アイナはルーンを恨んできた女なのだ。
一見相反するふたり。
だが精神面では真逆のほうが相性が良かったりするのが世の常である。
そんなインベントと一緒の時間を過ごしていくうちに、アイナの心に変化が訪れた。
『ポンコツ』だと思っていたルーンだが、なにか使い道があるのではないか――と。
【伝】のルーンだからと言って、皆が望むような使い道以外にも道があるんじゃないかと。
なにせ、身近に『収納空間』なのに『収納』よりも『反発力』を多用する変人がいるのだから。
思い込みという枷が外れたお陰で、アイナは独自の【伝】の使い方の模索を始めた。
そして色々と模索する中で、思い至ったのはインベントが『致命的一撃』と呼称する攻撃だった。
『致命的一撃』というのはモンスターの幽壁を発動させずに攻撃する一撃である。
インベントはモンスターの死角から攻撃することによって、『致命的一撃』を実現している。
見えない攻撃には幽壁が発動しないのだ。
アイナが『致命的一撃』を実現するために取り組んだのは、【伝】を使いモンスターの意識を自分自身から外すことである。
モンスターに念話を使い、モンスターの意識を他に向けることで『致命的一撃』を実現しようとしたのだ。
だがそんなことをやった人間はいない。
少なくともアイナは知らない。
そもそもモンスターに対して念話が発動するかわからない。
発動したとしてもモンスターの意識を逸らせることが可能かわからない。
できるかどうかわからない。
だがアイナは夢中でモンスター相手に試した。
射程範囲が四メートル強しかないので、ギリギリまでモンスターに接近し何度も試したのだ。
念話がモンスターに通じることを確かめた。
意識を向けたい――つまり意識を逸らしたい側から念話で話しかけることができるのか確かめた。
高い音、低い音、叫び声、鳴き声、破裂音、連続音、機械的な音――、様々な音を試し、モンスターが一番反応する音がどれなのか確かめた。
そして――意識を逸らせたとしても、『致命的一撃』が発生するタイミングは一瞬である。
その一瞬を見極めて、攻撃を仕掛けなければならない。
アイナ流の『致命的一撃』は繊細な技である。
アイナは何度も何度も気が遠くなるぐらい試行錯誤した。
『かったるい』と思うことはあったけれど、誰もやったことがないことを成すために試行錯誤が必要なのはインベントを見て覚悟はしていた。
そして今、オセラシアにてアイナ流の『致命的一撃』が日の目を浴びる。
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「なんで幽壁が発動しなかった?
なにをしたんだ?」
ノルドの問いに対し、アイナは少しだけ自慢げに説明した。
自慢したくなるぐらいの努力をしたからである。
自慢したくなるぐらい挑戦してきたからである。
説明を終えた後、アイナはインベントを見て笑った。
『致命的一撃』を習得したことも、ルーンを恨んでいたことが過去の思い出に変わったことも、腐っていた人生に張り合いがでてきたことも――
(インベントのお陰ってか? ぺっぺっぺ! そんな恥ずかしいこと言えるか~い!)
だが――アイナの習得した『致命的一撃』が、この先、インベントとアイナにどんな影響を与えるのか。
それはまだ誰も知らない。
書き直ししまくって投稿遅くなりました。