マクマ隊とノルド隊⑤
ノルドに課題を与えられてから二週間後――
「ノルドさん、できました!」
インベントはニコニコしながらノルドに報告した。
「――そうか」
ノルドとしては、ずいぶん時間がかかったなと思った。
だが【器】に関してはよく知らないノルドとしては、二週間かけて何かしらマスターすることが速いのか遅いのか判断できなかった。
故に何も言わず待っていたのだ。
「とりあえず見てみることにしよう」
そういって駐屯地から少し離れた場所に二人は移動する。
駐屯地にも広場ぐらいはあるのだが、ノルドとしてはインベントと一緒にいるところを誰かに見られたくなかった。
まあ、駐屯地では一匹狼のノルドに連れができたことが話題になっている。
隠し子なのではないかと噂されるほどに。
「――ここらでいいだろう」
「はい!」
インベントとしてはウズウズしていた。
早く披露したくて仕方ないのだ。
ノルドとしてはさっさと終わらせたかった。
移動方法は第一段階に過ぎず、ここからが本当に教えたい技に繋がっていくからだ。
「それじゃあやってみますね!」
ノルドは頷いた。
インベントは少しだけ緊張しつつも、何度も何度も繰り返した動きを再現する。
収納空間から盾を取り出し、間髪容れずに収納空間内の砂で敷き詰めた一角に盾を収納しようとする。
腕を伝わってくる反発力は相当だが、腕を真っすぐ伸ばし反発力を無駄なく利用する。
収納空間からの反発力には音が無い。故に無音。
反発力で移動しているので、足を動かす必要は無い。故に初動らしき初動は無い。
浮遊――角度は斜め15度。
必要最低限だけ浮いた身体は、三メートル先に着地する。
革でできた靴はボロボロになっているが、計算され尽くした着地体勢は見事に地面を掴みピッタリと着地した。
(上手くいった!)
「どうですか!? ノルドさん!!」
頑張りを褒めてほしいと思う子供のように、無垢な顔でノルドを見るインベント。
だがノルドの顔は、インベントが移動する前の場所をじっと見ていた。
「の、ノルドさん??」
ハッとしてノルドはインベントを見る。
そして再度移動する前の場所を見た。
(き、消えた? 消えたようにしか見えなかった…………)
そしてノルドはインベントが今いる場所と移動する前の場所が三メートルだと認識する。
ノルドは息を飲んだ。
「お、おい!」
「はい?」
「も、もう一度やってみろ」
「はい!」
嬉しくなりインベントはもう一度やろうとする。
「ちょ、ちょっと待て!」
「??」
ノルドは白髪交じりの髪をかき上げた。
そして周辺視野を最大限まで活かすように、広角に視野を広げた。
(集中すれば……見えるはずだ!)
ノルドはインベントが今いる場所と、進むであろう三メートル先を視界に収めた。
インベントはさも当然のように移動する。
ノルドは……辛うじて移動したことを認識した。
(な、なんて予測し難いんだ……! 移動の起こりがほとんど無いじゃねえか!)
人間は移動するとき、足や腰に何かしらの『起こり』が発生する。
『起こり』を先読みすることで相手の動きを予測することもできる。
攻撃も同様に『起こり』がある。腕なのか、足なのか、はたまた胴体なのか。
『起こり』がわかりにくい攻撃は読みにくい。
『右ストレートでぶっとばす!』と叫びながら右ストレートを放ってくれば、大抵の人は避けられる。
逆に全く攻撃してくる気配がないのに、いきなり右ストレートが飛んでくればどれだけ稚拙なパンチでもヒットするだろう。
インベントの移動は、『起こり』が無い。
正確に言えば、『起こり』が手に発生する。
目にもとまらぬ速さで収納空間を起動し、反発力を産む。
これを予測するのは非常に難しい。
足元を意識しながら、腕も意識しないといけない。
人間の眼は左右にはある程度広くても上下の視野は基本的に狭い。
「どうでしたか?」
(どうもこうもあるか! 無茶苦茶じゃねえか!)
素直に褒めれば良いところだが、ノルドとしては非常に複雑な気分だった。
よもや「見えなかった」なんて言えるはずもない。
「……ま、まあまあだな」
「そ、そうですか! 良かった!」
「……技を教える」
「え?」
「正確な動きができるようになったんだ。技を教えてやる」
「や、やった!」
(……ま、技と言っても、ここまでの動きができるなら……ククク)
**
ノルドから技を教えられてから習得するまで数日が経過した。
ノルドからすればやはりインベントには戦いのセンスが無い。
収納空間の扱いが異常に優れているだけなのだ。
三メートルのダッシュ――インベントは『縮地』と命名した。モンブレの技名である。
ノルドが教えたのは、『縮地』からの上段斬りだ。
「うおおお!」
「ダメだ」
『縮地』からの上段斬りを何度やっても上手くいかない。
ノルドが見本を見せ、見本通りにやろうとするがインベントにはできなかった。
(筋力……というか絶望的に握力が足りねえ。高速で接近しても……いや高速で移動するからこそ剣を振り切れねえんだ……。
こりゃあダメだな)
結局、上段斬りは諦めた。
代替案として『縮地』からの突きを覚えた。
「突きなら握力はさほど必要ない。モンスター相手にはちいと殺傷力に欠けるがな」
「な、なるほど」
「だが握力は鍛えろ。おめえみたいにセンスが無いやつは反復練習するしかねえ。
握力は毎日鍛錬すれば鍛えられるからな!」
「は、はい」
ノルドはニヤリと笑い。
「後……今後の話だ」
「今後ですか?」
「マクマ隊でもたまにはモンスターと出会うだろ?」
「そうですね」
「その時……刺せ」
「刺す?」
「そうだ。モンスターは刺し殺せ。できるだろ?」
「……そりゃあ、まあ」
「マクマ隊のやり方は知ってる。
前衛複数名でモンスターの気を散らして撤退させるんだろ。
女々しいやり方だ」
「は、はあ」
ノルドは不機嫌な顔になった。
「まあいい。別の奴が注意を惹いてくれるんだ。それを利用しない手は無い。
モンスターがお前から目を切った瞬間に、刺せ。そして回避しろ。
それだけだ。簡単だろ?」
「まあ……そうですね」
****
「今日も頑張りましょう~」
マクマはにこやかに号令をかけ、任務が始まった。
いつも通り安全な任務。
危ない場所にはいかず、モンスターとの遭遇も少ない。
それでも意味はある。いや大いに意味がある。
人が通れば人の匂いが残る。
人の匂いがする場所に、動物は近寄らない。
モンスターも同様に人の匂いがする場所には近寄らない。
だからこそ、マクマ隊のように周辺徘徊するだけでも効果はあるのだ。
そして死傷者を出さず、ルーティンをしっかり守って任務をこなすマクマ隊は評価が高いのだ。
さて――
「む! モンスターですよ!」
マクマが大きな声で注意喚起する。
そこには犬ぐらいのサイズのラットタイプモンスターがいた。
ラットタイプモンスターは頻繁に出現するが、弱い。
とはいえマクマ隊の場合、威嚇して『森にお帰り』するのがセオリーだ。
インベント含めた三名はいつも通り左右に展開し威嚇を始めた。
「オラオラー!」
「どうしたどうしたー!」
モンスターは「ギギギッ」と言いながら左右を見ながら敵意を剥き出しにしてくる。
とはいえ突っ込んできたりは中々しない。モンスターは人間に対しての攻撃性も高いが、動物としての危機回避能力も備えているからだ。
ラットタイプのように小さいモンスターは不用意に飛びかかってきたりしない。
「ほれほれー!」
インベントの反対側からの威嚇行動にモンスターが注意を向けたその時――
(――今だ)
インベントは縮地でモンスターとの距離を一気に詰める。
驚いたのはモンスターではない。
モンスターはインベントの接近に気づけていない。
驚いたのは後方から指示を出していたマクマである。
(あ、あの子、何してるんだ!??)
攻撃の指示など出していない。
なのにいつの間にかモンスターと肉薄しているのだ。
「えい!!」
縮地の勢いそのままに、インベントの突きがモンスターの腹部に直撃し、貫通する。
通常、幽壁が発動しダメージを軽減するのだが、意識外からの攻撃に対しては幽壁が発動しない。
よって無防備な状態で攻撃を受けることになるのだ。
インベントはこれを『致命的一撃』と名付けている。
そして攻撃後すぐにモンスターから離れる。
ノルドからは攻撃後はすぐに離脱するように言われているからだ。
「ギギャヤッヤヤヤヤヤ!」
モンスターがのたうち回る。
モンスターにしては小型なので、暴れつつもそのまま絶命した。
インベントはモンスターを狩れてご満悦だ。
(やっぱり狩りはこうでなくちゃ~。まあ小さすぎて面白味には欠けるけど)
他の面々は驚いている。
何せ、モンスターを討伐したことなどほとんどないのがマクマ隊だ。
討伐数ゼロ。だが死者や大怪我も無い。安定したチームであるマクマ隊。
まさかの形で討伐数が【1】になったのだ。
**
マクマは頭に血が上る思いだった。
(な、何故モンスターを攻撃したんだ!!!)
怒鳴りつけようかと思ったが、マクマはすぐに冷静になった。
(モンスターを討伐して……怒鳴るわけにはいかないか……)
なんと言えばいいのかわからなくなるマクマ。
(め、命令違反……ではないか。モンスターを攻撃するなとは言っていないしな……。
というよりもそんな命令……できないよな)
マクマ隊でもモンスターを攻撃することはある。
あくまでも自衛が目的だが攻撃はすることはある。
そもそもモンスターは排除するのがベストであるのだから、インベントがやった行為は称賛に値する。
(規律を乱した……? 乱しているのか? モンスターを攻撃したのに?)
マクマ隊としてはイレギュラーだが、他の隊では称賛される内容だ。
新人が恐れを知らずモンスターに一撃を喰らわせ、絶命まで至らせたのだから。
通常、新人は中々モンスターに攻撃できないケースが多い。
足が竦む者も多いし、モンスターとはいえ生物なので殺すことを躊躇ってしまう子も多いのだ。
その点、インベントはモンスターを殺すことに迷いは全く無い。
ゲーム感覚で殺すことを楽しんでいる。ある意味異常なのだ。
(バンカース総隊長に「頼んだ」と言われているんだ……。や、やる気を削いじゃぁ……いけないよな)
マクマは思考がドロドロになりながらも……言葉を紡ぎだした。
「よ、よくやったなあ……インベントォ」
インベントは屈託のない顔でニコリと笑った。
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ストックは後20話ぐらいありますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。
土日は切りの良い展開まで投稿しますのでお楽しみに。