がんばるお姉さん
インベントはモンスターを見つめている。
純粋で力強い視線。モンスターだけを見ている。
だが――異物が視界に入る。
(ん~……なんか……集中できないな)
モンスターが近くにいるのに『ぶっころスイッチ』がONにならない。
だがそれは――前兆に過ぎなかった。
****
新たなモンスターの群れを発見するノルド隊。
今度は五体の群れだ。
インベントが何とも言えない、少しだけ辛そうな表情をしていることを確認するアイナ。
(あ~……もしかしたら群れが苦手なのか?)
アイナはカイルーンで大量発生した『軍隊鼠』を思い出す。
インベントは『軍隊鼠』に苦手意識があった。
インベントにとってモンスター狩りは一対一が基本であり、まるで絨毯のように群れている『軍隊鼠』にどう対処していいのかわからなくなった過去がある。
アイナはインベントから離れ、ノルドとロゼに近寄った。
「よっ、ご両人」
「あら、どうされました? アイナさん」
アイナはインベントに聞こえないように配慮しつつ――
「ちょ~っとばかし、インベント疲れてるみたいでね。
今日はあんまり働かせないで欲しいんだ」
ノルドとロゼは顔を見合わせた。
ロゼは「そうなの? そんな風には……」と言うがアイナが遮る。
「まあ、たまには楽させてやってくれよ。
その分……アタシが働くよ。今日はさ」
ノルドが「む?」と怪訝な顔をした。
ノルドからすればアイナは後方支援部隊の女の子である。
そんなアイナに何ができるというのか?
ノルドの心配をよそに、アイナは剣を抜いた。
「あ~ロゼロゼ」
「はい、なんでしょう?」
「ハウンド一体なら、アタシ一人で大丈夫だから。
もしも二体一度に来たら、そん時は助けてくれ」
そう言ってアイナはノルドとロゼから少しだけ離れた。
ノルドもロゼも心配したものの、アイナが自信ありげに言い切るので何も言えなかった。
アイナは微笑んだ。
(たまには良いところ……見せるとしますかね~。
かったるいけどね)
**
ノルドはアイナを見ていた。
この瞬間まで後方支援部隊の、戦いの役に立たない女の子だと思っていた。
色眼鏡で見ていたのだ。
だがそんな先入観を取っ払い、アイナの立ち姿を見る。
(格好は……様になっているな。
それに中々良い武器だ。バランスがとれている)
アイナが持つ武器は、アイナの復帰祝いにドウェイフ工房のドウェイフが渡した剣である。
軽くしなやか。だがリーチもあるアイナ用の武器だ。
アイナはモンスターの群れと絶妙な距離感をとる。
モンスターは群れているものの、チームワークがあるわけではない。
アイナは一体を挑発し、群れから釣りだした。
(……上手い。だが――どうする?)
ノルドはアイナをフォローできるように、いつでも飛び出す準備はしている。
アイナは待つ。
飛びかかってくるモンスター。
アイナはクルリと横回転する。
己の非力さを回転でカバーしているのだ。
鋭い斬撃はモンスターの喉元に迫る。
致命傷になる一撃だ。
一連の動きにノルドは感心する。
(動きが鋭い。威力も申し分ない。
こりゃあ十分戦力になるじゃねえか。
だが――)
アイナの攻撃は致命傷になる一撃。
その名の通り、その攻撃を喰らえば、結果死に至る攻撃。
だが、そんな危険な一撃に対し発動するのが幽壁である。
幽壁は絶対防御の盾。
インベントが『致命的一撃』と呼ぶ一撃は、意識の外から攻撃することにより幽壁を発動させない攻撃方法である。
収納空間を利用した特異な移動方法を用い、縮地を使い死角から攻撃したり、頭上から一撃で仕留める。
『致命的一撃』が成功すればモンスターをその名の如く一撃で倒せる。
だがインベント以外が『致命的一撃』を狙って発動するのは難しい。
ノルドも石を投げて注意を逸らし、不意打ちすることを得意としていた。
だがオセラシアは草原や荒野であり、基本見晴らしがよい。
ノルドの探知能力がいかに優れていたとしても不意打ちするのは非常に難しいのだ。
さて――
ノルドはアイナの攻撃を目で追う。
美しい軌跡は確実にモンスターの喉を捉える。
だが攻撃がいかに強力だとしても、必ず幽壁に阻まれる。
軌跡はモンスターに接触する寸前、幽壁に阻まれ止まる。
――はずだった。
(なん――だ?)
アイナは綺麗に剣を振りぬいた。
何事もなかったかのように剣はうねり、アイナは飛び跳ねて後方に。
ノルドは思う――
(攻撃が外れた……のか)
――と。
だが直後、モンスターの喉が裂け――鮮血が舞う。
喉を斬られ、モンスターは声にならない断末魔をあげながら絶命する。
「……は?」
ノルドは呆然とする。
確かにモンスターが絶命している。
だが理由がわからない。幽壁が発動しなかった理由がわからない。
(鋭い攻撃だった。だとしても……なんで幽壁が発動しねえ?
なにか……しやがったのか? 回転攻撃だから……? そんなバカな。
ありえねえ……、か、皆目見当もつかねえ)
呆けているノルドに対し、「隊長!」とロゼが叫ぶ。
ハッとするノルド。
目の前には触手で縛られたモンスターがいる。
あまりにも常識外れな出来事に呆けてしまったノルドだが、首を振り集中する。
(バカか俺は。クソ)
ノルドは暴れているモンスターの死角から、首を斬った。
幽壁は発動しない。それはモンスターの死角から斬ったからだ。
ロゼが触手で縛っているからこそ可能である。
アイナの回転攻撃は技の出どころがわかりずらい。
だとしてもモンスターの死角からの攻撃になるとは到底思えないノルド。
更にもう一体のモンスターがアイナに向かう。
今度は駆けてくるモンスターを華麗に回避しつつ、喉を突いた。
やはり幽壁は発動しない。
モンスターは倒れるが、アイナはすぐさま距離をとる。
モンスターは生命力が凄まじく、死んだと思っていても最後っ屁で攻撃してくることがある。
森林警備隊では毎年、最後っ屁で死傷者を出している。
モンスターが倒れても油断してはいけないのだ。
倒れたモンスター距離をとりつつ、動かないことを確認したアイナ。
群れのうち二体はアイナが、残り三体はロゼとノルドが始末した。
安全が確保されたと判断したアイナは――
「いやあ~終わりだな。いやはや、かったるいな~」
戯けつつ、剣を仕舞う。
なにもしていないインベントは「おお~」と言いながらアイナに近づく。
アイナは「へっへ~ん」と腕を組んで自慢げにしている。
「アイナが頑張ってる! 気味悪いね!」
「おい! 誰が気味悪いんだよ!
労え! 褒めろ! 称えろ!」
「アハハ~」
和気藹々とするふたり。
それに対しノルドは、アイナが仕留めたモンスターに近寄り、状態を確認する。
(的確に急所を狙ってるな。高い技術だ。
だが……やはりおかしい。
なぜ幽壁が発動しなかった?)
考えても考えても答えが見つからない。
答えの糸口さえ見つからない。
ノルドは大きく溜息を吐いた後、アイナに近づいた。
「なあ……アイナ」
バツが悪そうな顔のノルド。
侮っていた女の子が、予想外の実力を発揮したので、どうにも質問しにくいのだ。
だが観念し、ストレートに問う。
「なんで幽壁が発動しなかった?
なにをしたんだ?」
解。
アイナの武器には以下のエンチャントが付与されているからです。
・幽壁除去
・回転斬り