昂る触手と静まる主人公
(無心、無心……。
ああ~無心って難しいですわねえ~)
心を落ち着かせることにより、触手はだらりと垂れ下がる。
無心になれば触手は出力が下がり、正確で精密な動きができるようになる。
逆に昂れは触手の出力が上がり、乱暴で力強い動きができるようになる。
感情と触手は連動する。
そんな【束縛】のルールを熟知しているレイシンガーがロゼに叩き込んだのは、どんな状況でも冷静になることだった。
なぜなら感情のままに振るった触手は、非常に強力ではあるものの、燃費が著しく悪い。
短時間で幽力が無くなり、ガス欠に陥る。
(『出力をあげる時は瞬間的に。それがコツだ』、――でしたわねえ)
レイシンガーの憎たらしい顔が頭によぎると同時に、レイシンガーの操る細い触手が瞬間、鞭のようにしなり木の皮を抉り取ったシーンを思い出すロゼ。
「ふふ、いくわよ」
二本の触手が三体いるモンスターの一体にゆっくりと伸びた。
モンスターは警戒し、飛び跳ねて逃げる。
だが――
「――ッ!」
目を見開き、右手から展開していた触手が急激に伸びる。
そして、モンスターの首に絡みつく。
「ガ――ガア!?」
首絞め状態のモンスターをロゼは一本釣りをするかのように、一気に手繰り寄せた。
残る二体がひるんでいる様子を確認し、ロゼは振り返りノルドを見た。
「さ、どうぞ」
ロゼは得意満面な顔で、モンスターをノルドに捧げた。
暴れてはいるものの、首を絞められている状態のモンスターを殺すことなど造作もない作業だ。
ノルドは「あ、ああ」と驚きを隠せない様子でモンスターを始末する。
思わず「すげえな」と呟くノルドの声を聞いて、ロゼは鼻をヒクヒクさせた。
触手も一緒にヒクヒクする。
「うふふ! さあ、残りの二体もいきますわよ~!」
そう言いつつも、ロゼは首を振りすぐに心を落ち着かせた。
無心になるのは喜怒哀楽の激しいロゼにとっては中々難しいのである。
とはいえ精神面では課題が残るものの、ハウンドタイプモンスターの群れに対して無類の強さを発揮するロゼ。
なにせオセラシアはイング王国と違い森林という遮蔽物が無い。
いとも簡単に触手でモンスターを捉えることができる。
そしてハウンドタイプはモンスターにしては小型なので、捕縛が容易いのだ。
首か足のどこかを拘束してしまえば、もう、まな板の鯉。
群れから引き離し、あとは誰かに捌いてもらえばいい。
一体目に続き、二体目もノルドが仕留める。
最後の一体はアイナとインベントの近くに。
さて――
「ん? インベント」
「なあに?」
もがくモンスター。
アイナは当然の如く傍観していた。
自分自身には出番は無いと思っていた。
だが、インベントもインベントでなにもせずモンスターを眺めている。
モンスターを目の前にして、無表情なインベント。
まさかのお見合い。モンスターの譲り合い。
アイナは「い、いや、倒さないのか?」と問う。
インベントは「あ~、そうだね」と指を振った。
直後、丸太が垂直に落ちてくる。
頭蓋骨が粉砕されたモンスターはもちろん絶命した。
絶命したのだが――
インベントはモンスターの死体を、ゴミでも見るかのように冷たい目で眺めている。
(え? あ? ど、どゆこと?)
アイナは呆けてしまった。
これまでのインベントなら発狂してもおかしくないはずだ。
だがインベントは冷静そのもの。
モンスターを見てテンションが上がらないインベントの異常事態。
アイナは困惑する。
だがノルドもロゼも気に留めることはなかった。
元々インベントは変人だったのだが、最新バージョンのインベントを知っているのはアイナだけなのだ。
この中でアイナだけが気付くインベントの異常。
だが言語化できない異常でもあった。
アイナはあわあわしている。
(ど、どうしよう!
い、インベントが変です! って言ってもいつも変だし……。
モンスターを見ても発狂しない! って言っても理解してくれねえよな……。
た、体調が悪いのか? いや全然そんなことねえな!
あ、頭がおかしくなったか? いや、いつもじゃん!
ど、どうしよう!)
アイナがひとりパニックに陥っている中、ノルドはインベントたちに近寄り、頭蓋を破壊されたモンスターを見て「さすがだな」と褒めた。
インベントは「ん~」となんとも言えない生返事で応える。
「ホホホ! どう!? インベント!」
勝ち誇ったかのように胸を張るロゼ。
インベントはまたも何とも言えない生返事で応える。
ノルドとロゼはインベントのことを気にせず会話を続ける。
「しかしまあ随分と強くなったな……これなら、楽させてもらえそうだな」
「ふふふん! ぜ~んぶ私に任せてもらって大丈夫ですわ!」
「ハッ。こりゃあ頼もしい」
ノルドとロゼは自然と次の群れに向かう。
ふたりは久々のノルド隊の復活に少し浮かれていた。
ノルドとしてはロゼが来てくれるだけでも嬉しい誤算なのに、予想以上の力をつけているロゼ。
数日遅れていればモンスターに滅ぼされていたかもしれないサダルパークの町。
ノルド独りでは物量で攻めてくるモンスターに対応出来なかったが、頼もしい仲間がいればなんとかなるかもしれないと、僅かな希望が見えてきたのだ。
ロゼは単純に、ノルドの役に立てて嬉しいのだ。
『宵蛇』を捨て、オセラシアにやってきたロゼ。
地位と名誉よりも、一度は死んだと思われたノルドの役に立ちたいと馳せ参じたロゼ。
そして――もう二度と、ノルドを死なせるような状況にさせないと決意している。
インベントも少し遅れてふたりについていく。
誰にも聞こえない声でブツブツと喋りながらついていく。
左右の指は時折、痙攣したかのようにピクリ、ピクリと動く。
更に遅れてインベントの背中を見ながら歩くアイナ。
アイナは初めて見るインベントの症状に困っていた。
(わ、わかんねえ。
昨日の今日でモンスターに興味がなくなった??
あー! もう! なんなんだこの不思議少年は!
思わずアイナはインベントの袖を引っ張る。
そして――念話で話しかけた。
念話で話しかけたのは、押せ押せムードのノルドとロゼに水を差さないための配慮である。
『お、お~、インベント~』
「ん?」
『なんか……ちょっと今日、その~変じゃないか?』
インベントはアイナを見る。
表情一つ変えず、首を傾げた。
『体調が悪いんじゃねえのか?
あ、暑さでやられたか?
それとも変なもんでも食ったか?
もしかして実は怪我でもしたか?』
「体調、悪くないよ。うん」
『お、おお~そうかそうか。元気が一番だな。元気元気!
まあ~オセラシアって中々ご飯も美味しいしな~、タダ飯だったしな。ニシシ。
いや……あ~そうだな。
体調はオッケーなら、なんかそうだな……。
悩みとかないか? 迷ってたり、困ってたり、なんでもいいぞ?
ホレホレ、アイナお姉さんに話してみろ』
アイナは『お前なんかおかしいぞ!?』と聞きたいのだが、ストレートに聞けず多弁になっている。
特にアイナの念話は、射程距離に難があるものの、相手に伝えられる情報量や情報の質に関しては優れている。
念話なので、噛む心配もない。
「はは、どうしたのアイナ? お母さんみたいだよ?」
『いやいや、こんなプリティなお母さんいるかっての!
でも……ほら、なんもねえのか?
あ! あれか! なんだっけ……モンブレとかいう夢で変なのでも見たんだろ』
インベントはアイナから『モンブレ』と聞いてニヤリとした。
気味が悪いインベント。
だがアイナからすれば気味悪いぐらいが正常にも思える。
「にひひ、ひひ」
『……うん。まあなんだ。大丈夫なのか?』
アイナは念話から口頭に切り替える。
「しかしまあ、どうするよ?」
アイナが先行するふたりを指差した。
「あのふたりはやる気満々だし、ロゼのアレは中々スゲエな。
アタシたちは後始末するだけで済みそうだな」
「ん~そうだねえ」
どこかおかしいインベント。
だが理由はわからないアイナ。
アイナは髪をガシガシと掻いた。
そして腕のストレッチを始める。
「ま、色々あって疲れてんだろ。
しょ~がないから、今日はアタシが頑張るとするかねえ。
へへへ、かったるいけどな」
おや、アイナさんがやる気をだしたみたいですよ。