記憶の中の馬車
シドニー。
サダルパークに住む女性。
そして、ダムロの幼馴染であり、ダムロが結婚を申し込もうとしていた女性である。
インベントとシドニーは一度も出会ったことはない。
だがシドニーはインベントが例の人物であるとすぐに分かった。
なぜなら――
「あの~、『烏天狗』さんですよね?」
『烏天狗』はダムロが名付けた二つ名である。
空を飛ぶ『星天狗のクラマ』との類似性と、真っ黒な衣装を身にまとった様子が伝説の黒鳥カラスのようだったのでダムロが勝手に命名していた。
そして今、インベントは真っ黒な忍者スタイル。
シドニーはすぐにインベントが『烏天狗』だと理解した。
それに先刻インベントはサダルパークの町に降り立ち、飛び去っている。
空を飛ぶ少年が現れたことは多少噂にもなっていた。
だがインベントは『烏天狗』と呼ばれていることを知らない。
インベントは首を傾げる。
「あ、ごめんなさい! ダムロが勝手に名付けたんだった。
ええ~っと、そうそう! クラマ様のお弟子さんですよね?」
インベントは再度首を捻り「俺って弟子なのか??」と呟く。
「あ、あれえ? 違う? 全部違う?
も~~ダムロって本当に……本当にバカなんだから」
シドニーが泣きそうな顔をしている。
夕暮れなので分かりにくいが、シドニーの顔は泣いたせいで目が少し腫れている。
「え、ええ~っとお……あ! ノルドさんの知り合いですよね?」
「あ、うん!
ちょうど今探してたんだけど、見つからなくて」
「あ、そうなんですね!
だったら案内しますよ。ノルドさん、さっき自警団の詰め所にいましたし」
「おお、それはありがたい」
「じゃあこっちです」
そう言ってシドニーはインベントを連れて歩く。
シドニーとインベントは当たり障りない会話をしつつノルドのもとへ向かう。
そして目的地に到着する少し前に――
「インベント」と呼ばれインベントとシドニーは振り向いた。
そこにはノルドが立っている。
「あ~ノルドさんだ」
ノルドは「おお、インベント」と言いつつ、隣のシドニーに目をやった。
そして伏し目がちに「それに……シドニーだったか」とシドニーに声をかけた。
「こんばんは、ノルドさん」
ノルドは「ああ」と応え、続けて「すまなかったな」と続けた。
シドニーは首を振る。
「どうせアイツが調子に乗ったんでしょう」
「いや……」
「大丈夫です。まさか――死んじゃうとは思わなかったけど……ノルドさんのせいではないです。
それにノルドさんがいなかったら、アイツ死んだかどうかもわからなかったでしょうし」
ノルドはもう一度「――すまん」と。
シドニーはノルドに気を使い、小さく笑った。
「でも本当にタイミング悪いですよねえ、ダムロったら。
この前も危機一髪で『烏天狗』……じゃなかったインベントさんに助けてもらったばっかりなのに」
インベントは「ほ?」と首を傾げる。
「あれ? なんかヒヒみたいな巨大なモンスターから助けてもらったって聞いたんだけど……。
あれ? これも嘘?」
「インベント。
あれだ、お前が初めてオセラシア側に来た時、モンキータイプのモンスターを倒しただろ?」
ノルドが説明することでインベントは思い出す。
「ああ~あの時のモンスターかあ!」
「あの時、ダムロってやつがモンスターに追われてたんだが……」
インベントがダムロのことを覚えているはずもない。
ノルドは察して――
「ま、その時助けたのがダムロってガキだったんだ」
「へええ~」
そんな中、鐘の音が聞こえる。
夜の警戒を知らせる鐘だ。
「私、行かないと」
「ああ、頑張れよ」
「ノルドさんも無理しないでくださいね」
ノルドは小さく笑い「ああ」と応える。
「それじゃあ」
「あ、そうだ、シドニー」
「なんですか? ノルドさん」
ノルドは咳払いをして――
「ダムロは、帰ってきたら結婚を申し込むつもりだったらしい。
それも叶わぬ夢になっちまったが……」
きょとんとするシドニー。
「え? 何の話ですか?」
「ん? いや、結婚の話だ」
「誰の……話?」
「いや、ダムロと……シドニーのだ」
「え? なんで私!?」
「む? お前たち……恋仲だったんじゃないのか?」
シドニーはブンブンと首を振る。
「無い無い! ダムロと恋仲なんて……ウケル」
「え?」
「ダムロはただの幼馴染ですもん、うふふ」
「お、おう、そうなのか」
「ふふふ、それじゃあ私、行きますね。
さよなら、ノルドさん。インベントさん」
そう言ってシドニーは去っていった。
ノルドは何とも言えぬ渋い顔で「俺たちも行くか」と。
**
宿に向かうノルドとインベント。
「そういえばインベント」
「なんですか?」
ノルドは一呼吸おいて――
「さっきの女の子の友達が――今日死んだ」
「へえ~」
「ダムロっていってな、この前モンキータイプのモンスターに追われてた男だ。
つくづく運の悪い男だ」
インベントは「う~ん」と唸るもののダムロの顔を思い出せない。
「今日は……南部の町から馬車でサダルパークまで帰ってくるときにモンスターに襲われた。
小さな崖から馬車が転落してな。馬車ごと落下して、俺が駆け付けた時には……もう瀕死だった」
インベントは「馬車……」と呟く。
そして腕組みして思い返す。
『馬車』というキーワードから記憶を辿る。
サダルパークの町の上空から砂煙を上げて走る『馬車』とモンスターを見た。
『馬車』は窪地に落ちかけていた。
『馬車』を襲うモンスターの群れがいた。
一匹のモンスター上空から強襲し殺した。その時――『馬車』は??
インベントは思い出そうとする。
(確かに馬車があったな。
あれ……俺は……あの時……どうした?)
覚えているのは四匹のモンスター。
どうやって倒そうかワクワクしていた記憶は鮮明に残っている。
だが――『馬車』は?
そしてその『馬車』には誰かがいたのか?
(振り向いた……っけ?)
記憶の扉が開きかけた。
落下していく『馬車』。
落下していく――ダムロ。
そして――それを放置したインベント。
振り向いた時の光景を思い出せば――
助けを求めていたダムロの顔を思い出せば――
現在の正常な状態のインベントなら、ダムロを放置したことを悔やむかもしれない。
後悔し、落ち込むかもしれない。
誰も見ていない。だが見殺しにしたことには変わりはないのだ。
朧げな記憶。巻き戻すように状況を思い出す。
馬車とともに窪地に落ちていく男。
ダムロという存在をあと少しで思い出しそうになったその時――
「――え?」
収納空間が開いた。意図せず、勝手に。
そして短剣が一本飛び出し、地面に落ちた。
落ちた短剣を見るインベント。
短剣にはベットリと血液が付着している。
「ああ……あの時の」
血液はもちろんモンスターのものである。
それも本日の狩りの中で最も美しく攻撃が決まった際に使用した短剣だ。
(モンスターの攻撃に合わせて、伸び切った腹部にズブ~っと刺さったんだよなあ。
あれはいい攻撃だった~。うひひひ)
インベントはニヤニヤし始める。
ノルドは不気味に思い「おい……どうした?」と声をかける。
「いやあ今日は楽しくモンスター狩りができたなあ~って、うふふ」
「お、おう。そうか」
「空中から一匹をぶっ殺して――
その後は残り四匹だったんで牽制しつつ各個撃破。
いやあ~楽しかったなあ」
「ふん、相変わらずだな」
インベントは『馬車』の存在を綺麗さっぱりと忘れてしまった。
『馬車』など些細なことであり、モンスター狩りこそがインベントにとっての重要事項。
ノルドはそもそもインベントを疑ってなどいない。
ダムロに関しては、ギリギリ間に合わなかったんだろうと推測していた。
もしも――インベントが狼狽でもすればノルドは真実にたどり着いたのかもしれない。
だが……インベントは『馬車』のことなど微塵も知らない様子なのだ。疑いようもない。
こうして――真実は闇に葬られた。
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