ヒーロー
「ウフフフ~、部位破壊~」
部位破壊。
角や翼や尾など、モンスターの特定部分を破壊する行為。
破壊することでモンスターの戦力をダウンさせたり、特定の素材を剥ぎ取ることができるようになる。
――もちろんゲーム内での話だ。
ちなみに肉体の一部を破壊する行為を具体的に描写してしまうと非常にグロくなるはずである。
どこかの団体がクレームを出してくるかもしれない。
そんな大人の事情もあり、部位破壊の描写は基本的にマイルドだ。
例えるなら、美少女格闘ゲームで衣装がボロボロになっても、女の子のボディには傷一つないような感じである。
だが――現実は違う。
部位を破壊すればその部位がポロリととれるわけではない。
鮮血は舞うし、傷口はグロテスクだし、モンスターの奇声は耳をつんざく。
猟奇的な嗜好でもない限り楽しいものではない。
インベントの場合はどうか?
猟奇的な嗜好は無い。無いのだがインベントは『モンブレ』の世界のようにモンスター狩りが出来ればそれで大満足なのだ。
ちょ~っとだけモンスターを嬲り殺したところで、気にもならない。
たった今、最後に残しておいたモンスターを狩り終えたインベント。
「ああ~楽しかったあ」
やはりモンスター狩りの楽しさは素晴らしいと噛みしめているインベント。
五体の群れというイレギュラーだったが中々に楽しい時間を満喫したインベント。
「むむ!!
な、なんてことだー! あ、あそこにも群れがいるぞお~!
一狩り行くしかないな~!」
インベントを止める者は誰もいない。
なぜインベントがモンスターを狩るのか?
それはそこにモンスターがいるからだ。
****
少し遅れてノルドが現場に到着した。
(あの忍者装備は……インベントで間違いなかったハズだ。
あいつ……どこにいった?)
ダムロのことを気にしていたノルドは、南部を警戒していた。
するとモンスターに追われているダムロを発見したノルド。
急行するが、インベントにあっという間に追い抜かれた。
空を飛ぶスピードも格段に向上しているのだ。
「ダムロもいないし、インベントもいない……どうなってやが――」
ノルドは絶句した。
あるものを見たからだ。
あるものその一。
立ったまま死んでいるモンスター。
インベントが『龍の矢』と命名した巨大鉄製爪楊枝で、ぶっ刺して殺したモンスターである。
どうやればこのような状況になるか想像がつかないノルド。
だがこんなことができるのはインベントだけである。
そしてあるものその二。
最後にインベントが狩った――と思われるモンスターだ。
その死体はまるで土下座するよう息絶えていた。
まるでなにかを懇願するように。
それだけでも奇妙なのだが、更にモンスターの爪が無くなっていた。
そして立派な牙も無くなっていた。
もうなんのモンスターだったのかわからない、毛皮の塊のような状態のモンスターの死骸。
(な、なにがどうなってやがる)
モンスターを狩った現場とは思えない惨状。
呪いの儀式でも行ったかのような状況に、ノルドは困惑した。
呆然とするノルドだが、ハッと我に返る。
「ダムロはどこだ?」
馬車ごと消えているダムロを探すノルド。
そして窪地に落下しているダムロを発見した。
「おい! ダムロ!」
返事は無い。
ダムロの安否を確認するため、急いで降りるノルド。
ダムロは死んでもおかしくない状態だった。
手足が曲がってはいけない方向に曲がっている。
「お、おい! しっかりしろ」
ダムロは辛うじて生きている状態だった。
今すぐに【癒】のルーンで治療を開始すれば、どうにか助かるかもしれない。
それぐらいギリギリの状況。
「あ、あぁ……ノルドさぁん」
ノルドはダムロに対し簡単な応急処置をしたあと、担いだ。
――間に合わないと知りながらも。
「さあ、サダルパークまで行くぞ」
ダムロは「はい」と呟く。
全速力で走るわけにもいかず、ゆっくりと揺れないように走るノルド。
「俺ェ、またポカしちまいました」
ノルドは「ん? なにがだ?」と優しく応える。
「へへへ、ハメ外して馬鹿みたいに酒飲んじまいました」
「若いんだからそれぐらい普通だ」
「違うんす。
俺……こんな状況なのになんか楽しくて。
浮かれて、馬鹿みたいに酒なんて飲んで、そんでもってモンスターに襲われちまった。
全部……俺が悪かったんです」
「そんなことないさ。運が悪かっただけだ」
ノルドはダムロが自業自得であることを知っていた。
大破した馬車の荷台に、漬物があることに気付いていたからだ。
だが、そんなことはどうでもいいことだった。
「空から『烏天狗』がやってきて、俺ってツイてる……なんてまた油断して……」
「ああ、インベントのことか」
「そっかあ、知り合いでしたよねえ……」
「ん、まあな。元々同じ部隊だった。イング王国の頃の話だ」
ダムロは笑おうとするが上手く笑えず、「ふぇふぇふぇ」と声を漏らす。
「やっぱりノルドさんってイング王国の人だったんですねえ。
ウワサにはなってたけどやっぱり本当だったんだあ。
すげえ……すげえ。やっぱりノルドさんはヒーローっすよ」
ノルドは「俺は――」と否定しようとする。
だがダムロは語り続ける。
「ノルドさんがいて、『烏天狗』まで来てくれた。
これでサダルパークの町は安心だあ。ヒーローがふたりもいるんだ。
でも……『烏天狗』ってなんかちょっと変な感じがしたなあ。
いやあ……まあノルドさんも変っちゃ変だし……ヒーローってのはそんなもんなのかも」
ダムロは「へへへ」と笑いながら咳き込む。
それでもダムロは話を続ける。
「ああ……『白刃』と『烏天狗』が共闘してる様子……見たかったなあ。
ハハハ、そういえば白と黒か。我ながらネーミングセンスあるな~。
今はこんなんだけど、ちょっとしたら平和に戻って、笑い話になるんだろうなあ~。
ああ……酒場で酒の肴にふたりの話題で盛り上がるんだろうなあ。
そんでもってシドニーが飲み過ぎて帰ってきた俺を叱ってくれてさ。
ああ~いいな。そんな生活」
ダムロはボソボソと喋り続けている。
ノルドは話を聞いてはいるものの、ダムロの声は不鮮明であり全てを聞き取ることはできない。
走っていたノルドだが、ダムロが揺れないように歩くことにした。
できるだけダムロの言葉を聞き取るために。
――そして。
「ノルドさん」
「ん? なんだダムロ」
ダムロは吸えるだけ息を吸った。
そして、最後の言葉をノルドに伝えた。
「サダルパークを――頼みます」
ノルドは「ああ、わかった」と返事をする。
返事をしたが、ダムロから返事は無かった。
ノルドは八年前に妻と娘を亡くした。
移動中にモンスターに襲われたのだ。事故だった。
それ以来、団体行動を嫌うようになり独りでモンスター狩りを行う『狂人』になった。
だが彼は元々面倒見のよい性格である。
昔は普通に隊長としてノルド隊を率いていたし、部下からの信頼も厚かった。
口数は少ないが、アイレドの平和のために戦う熱い男だった。
そして自己犠牲も厭わない心の強さを持っていた。
いや、今も変わらず持ち続けている。
ノルド・リンカース。
少しづつ体温を失っていく青年を背負いながら、静かに燃えていた。
第二の故郷となるサダルパークの町のために、ノルドは静かに燃えているのだ。
ダムロが求めた『ヒーロー』になるために。