フラグ回収
「う、うわああああああ」
ダムロは逃げていた。
『戻ったら結婚を申し込む』なんて盛大な死亡フラグを立てたのだから自業自得だった。
サダルパークの町から、老人たちを乗せた馬車が出発したのは昨日。
御者はダムロだ。ダムロは【騎乗】のルーンを持っているので能力的には適任者であることは間違いない。
行きは何事も無く終わった。
老人を乗せていたため、揺れないように気を付けて走った。
それでも日が沈む前には到着し、一安心のダムロ。
だがダムロはお調子者だった。
一仕事終えたダムロは酒場に出向いた。
そしてサダルパークの様子を面白可笑しく話す。
娯楽に飢えていた他の客が面白がり、ダムロは人気者に。
飲めや歌えの乱痴気騒ぎ。
結果――二日酔い。
(あ~飲み過ぎたあ。
出発時間ちょっと遅らせるか)
ダムロは出発時間を遅らせた。
ぼーっとしていると、昨夜酒場にいた男から大量の食糧を渡された。
サダルパークでは食料が不足してきているので、ダムロはご厚意に甘えることにする。
だが渡された食料がよろしくなかった。
日持ちするので大量の漬物を貰ったのだ。
ノルドが「馬車で移動するときは、極力匂いのしない食材を」と注意していたのにすっかり忘れているダムロ。
馬車の中は酸っぱ美味しい香りで充満している。
更に更に出発後――
二日酔いのため、御者であるにも関わらず酔ってしまったダムロ。
「お、オエエエェ」
道端で嘔吐するダムロ。
ノルドが「糞尿は可能な限りしないほうがいい。する場合は穴を掘ってその中にしろ」と助言していた。
そのことは忘れていないダムロ。
だからトイレは行く前に済ませていた。
だが糞尿以上に臭いのキツイ嘔吐物。
ダムロはなにも理解していなかった。
モンスターに襲われる確率を上げに上げた結果――
「ど、どうしてこんなことにいいぃ! なんてツイてないんだああ!」
自業自得の極みである。
ダムロは五匹のモンスターに追いかけられていた。
目一杯馬車を飛ばし逃げるダムロ。
幸い荷台には誰も乗っていない。
大量の食材が積まれているだけだ。
【騎乗】のルーンをフルに使い、馬車を走らせるダムロ。
馬は二頭。荷台部分が邪魔なのだが切り離している余裕は無い。
とにかく鞭で叩き、馬を全速力で走らせる。
馬もモンスターに追われていることはわかっているので、とにかく疾走する。
ハウンドタイプのモンスターは速い。
だがダムロたちも負けていなかった。
ダムロは御者席から軽く腰を浮かせ、馬の操縦に全神経を研ぎ澄ませた。
吹き飛ばされてしまいそうな中、【騎乗】のルーンは自動的にダムロの姿勢を制御する。
ただ真っすぐに走るダムロ。
後ろを見る余裕などない。
だがこの逃走劇も20分以上経過していた。
ダムロの中で希望が生まれてくる。
(こ、このままいけば助かるかもしれない!!)
そして遠くに見えてくる。
愛しの故郷、サダルパークの町が。
愛するシドニーが今か今かとダムロの帰りを待っている……かもしれない町が見えてくる。
更にダムロは希望が見えた。
遠くからノルドが走ってくるのが見えたのだ。
ダムロは馬乗りである。眼が良いのだ。
(へへへ、勝ち確定っすわ!)
安堵したその時――
小さな浮遊感がダムロを襲う。
そして着地の衝撃が少々。
続いて「――ギシ」と不吉な音。
「だああ!?」
大きな衝撃がダムロを襲う。
荷台の左後輪が壊れたのだ。
「な、なんでこんな時に!?」
左側にブレーキがかかり、馬車の進路は大きく左方向へ。
「せ、制御が効かねえええ!!」
ダムロが乗る馬車は制御不能になる。
どうにかなだめようとするが、この状況で馬をなだめられるはずもない。
更に止めるわけにもいかず、ダムロは右往左往した。
だが――数メートル先に大地が無いことに気付く。
「や、やべえ!? 窪地だ!
と、止まれ止まれ! 落ちる! 落ちる!!」
進行方向の先には崖とまでは言わないが、落ちれば無事では済まない窪地があった。
どうにか急停止させようとするダムロ。
左側の馬はどうにか停止するが、興奮した右側の馬は止まらず――窪地目掛けて飛び出してしまった。
「ぐああ!」
――終わった。
そう思ったダムロだが、ダムロの悪運は尽きていなかった。
一頭の馬は宙づり状態になり、死んでしまった。
だが、荷台は辛くも窪地に転げ落ちずにギリギリの状態を保っていた。
(お、落ちるう!)
ダムロは荷台後方から逃げようとした。
だが――
「ガルルルル」
「ヒイィ!」
後方にはモンスターが待ち構えていた。
ダムロは後ずさりする。
前方には進めない。
後方にはモンスター。
(やべえ、終わった)
へたり込むダムロ。
馬車が転げ落ちるのが先か、それともモンスターに虐殺されるのが先か。
「グガアア!!」
モンスターが荷台に対して攻撃を仕掛けてきた。
荷台が壊されていく。
ダムロは両手で口を塞ぎ、悲鳴を塞き止める。
(助けて! 助けてノルドさん!
助けて! 助けて! 助けて!)
荷台が壊され――食料が散乱する。
ダムロを守るものはもう何もない。
モンスターの攻撃がダムロに迫る。
――その時。
ダムロに最も迫っていたモンスターの顔が弾け飛んだ。
と同時に、落雷のような轟音が鳴り響く。
直後モンスターから様々な体液が弾け飛び、ダムロを汚した。
「どおーん」
楽しそうに呟きつつ、ふわりと舞い降りて大地に立つ男が一人。
ダムロはその男に見覚えがあった。
先日、モンキータイプのモンスターに襲われた際――
ノルドが助けてくれたが、直後に現れたもう一人の男。
空を舞い、全身真っ黒な衣装を身に纏った男。
空を飛べるという象徴の一致から、ダムロがクラマの隠し子と勘違いした男。
そして勝手に二つ名をつけた、もう一人の男。
(あ、あの時の!! 『烏天狗』!!)
インベントが降り立った。
インベントがダムロのピンチを救ったのだ。
インベントはモンスターの死骸を見ながら――
「あ~あ……やりすぎちゃったなあ。
徹甲弾は数が少ないから節約しなきゃいけないのになあ」
――と、地面に深くめり込んだ徹甲弾を覗くように眺めている。
「まいっか」
そう言いながらモンスターを見た。
残りは四匹。
インベントは左手を口に当てた。
乾いた気色の悪い笑い声――
「ぐふふぅ――あと四回も……遊べるドン」
モンスターたちは異様なインベントに、本能的な危機を感じて一歩下がった。
さあ――楽しい時間の始まりだ。
「――あ」
インベントの後方から声がした。
ダムロの間抜けな声だ。
インベントはちらっと後方を確認する。
ダムロが乗っていた崩壊しかけていた馬車が、窪地に引きずり込まれるように落ちていこうとしていた。
荷台部分がモンスターによって破壊されたこと――そしてインベントが徹甲弾でモンスターをぶっ殺した際の衝撃が原因である。
ダムロはなんとも言えない間抜けな顔でインベントに手を伸ばす。
(だ、大丈夫だ。『烏天狗』は空を飛べる。
よかった)
助けてもらえるに違いないと思い、安堵するダムロ。
だがインベントの表情を見て、ダムロは不安になる。
インベントはゴミでも見るかのように冷たい目をしているのだ。
ダムロにはわからない。インベントの表情の理由がわからない。
ダムロからすれば、インベントの次の行動は助ける一択。
迷う要素など微塵も無い。
だがそれは、残念ながら――それはダムロの理屈だった。
インベントはダムロを無視した。
モンスターとダムロの命。
インベントにとっては、モンスターはダムロの命よりも重いのだ。
「え、あ、あああ~!」
ダムロは落ちていく。
インベントは振り返りはしなかった。
そして――インベントはモンスターに襲いかかった。
頭の中から――
(――モブ――な……)
と、なにか聞こえた気がしたが、些細なことと無視しつつインベントはモンスターと遊ぶのであった。