死亡フラグ
オセラシア自治区、最北西に位置する町サダルパーク。
数か月前からモンスターの目撃件数は増えていた。
といっても、町に被害が及ぶほどでは無かった。
だが異常事態は急遽訪れた。
二匹のハウンドタイプモンスターが突然、サダルパークの町に侵入してきたのだ。
オセラシアではモンスターの発生頻度が低く、モンスター狩りの専門家は存在しない。
ゆえに二匹のハウンドタイプでも被害は甚大だった。
死者八名、負傷者22名。
イング王国であればなんてことないモンスターも、オセラシア自治区では恐ろしいモンスターに変わる。
町にモンスターが侵入してくるなど前代未聞の事態なのだ。
モンスターとの戦い方のノウハウが無い。
戦うための武器が無い。そして戦った経験者もいない。
オセラシアの民にとって、モンスターは嵐に等しい。
嵐に誰も立ち向かおうとしないように、嵐が過ぎ去るのを待つようにモンスターは放置するものなのだ。
サダルパークの町で唯一の救いは、イング王国からやってきた凄腕ノルド・リンカースが偶然いたことだろう。
サダルパークに侵入したモンスターは二体ともノルドが対処した。
風のように現れて、風のように去っていった。
ともあれ人々は偶然に偶然が重なった事故のようなものだと思い安堵した。――が、これは予兆に過ぎなかった。
その後サダルパークの町と行き来する人たちが次々とハウンドタイプモンスターに襲われる事件が相次いだ。
オセラシア自治区では基本的に移動は馬で行われている。
厄介なことに大量発生しているハウンドタイプモンスターの特徴は足が速いことだ。
草原地帯は隠れるところも少なく、油断すればあっという間に馬諸共あの世行きである。
結果、サダルパークの町から出ることも帰ってくることもできなくなる。
陸の孤島状態になったサダルパークの町。
そんな中ノルドはひとりで町の周囲を巡回する。
モンスターの様子を確認するために。
町に迫ってきそうなモンスターは排除しつつモンスターの動向を確認する。
その結果、ノルドは思った以上に最悪の事態が迫っていることを知ることになる。
まずモンスターの数が多すぎるのだ。
ノルドは自身の探知能力を駆使し、サダルパーク周辺の状況を確認すると、そうすると信じられない数のモンスターがいる。
そしてモンスターたちは群れを成さないはずなのに、一定数で群れを成している。
その数は群れごとに異なるが多くて五体程度。
まるで野犬の群れのように。
危険度は野犬の群れとは比較にならないが。
更に……奇妙なことが判明する。
モンスターの色が白や青ばかりなのだ。
――この特徴はイング王国のハウンドタイプの特徴である。
そして明らかに北部にモンスターが多い。
北部には――イング王国の森が見えるのだ。
サダルパークの人たちは気づいていないが、ノルドだけは気づいていた。
イング王国からモンスターが押し寄せている可能性が高いことを。
(キリが無え――な!)
左手に持った剣が、ハウンドタイプモンスターの喉を掻っ捌いた。
掻っ捌いたと言っても、ノルドが持っている剣はボロボロである。
傷口は荒く、モンスターは盛大に悶えながら死に向かう。
モンスターの生命力の凄まじさが仇となり、拷問されたかのように死んでいく。
「チッ」
毎朝サダルパークの町から出発してはモンスター狩りを行うノルド。
『狂人』と呼ばれた昔と変わらない毎日を送っている。
――のだが、決定的に違う点がある。
ノルドは剣を眺めて舌打ちをした。
何度も何度もモンスターを斬り刻んだ剣は、本来なら使い物にならないレベルだ。
だがノルドは剣を交換しない。いや――できないのだ。
ノルドにとって昔と今の一番の違いは、森林警備隊が在るか無いかである。
森林警備隊があれば情報共有ができる、
森林警備隊があれば装備品は補給部隊がしっかり準備してくれる。
森林警備隊であれば――仲間がいる。
だが今のノルドはたった一人である。
一体だけならそれほど危険ではないモンスター。
だが複数体相手に戦った経験などない。
そんな相手にいつ壊れてもおかしくない武器で戦う。
更に利き腕である右手は、過去の戦いの後遺症で剣を握れない。
それでも『狂人』は戦う。
死にかけていたノルドを受け入れてくれた町、サダルパークの町に報いるために。
**
「ハア……」
夕刻、ノルドがサダルパークの町に戻った。
(もう――時間の問題かもしれんな。
サダルパークの町にモンスターがいつ侵入してきてもおかしくない)
「あ、いたいた! ノルドさーん!」
ノルドに駆け寄ってくる男。
ノルドはあからさまに嫌がるそぶりを見せた。
「今日もお疲れ様です! モンスターバンバン殺したんですか!?」
「――うるさい。ダムロ」
「ははは、相変わらず冷たいなあ、ノルドさんは」
ダムロ。
サダルパークの町に住む少年。
モンキータイプモンスターに襲われて壊滅したライラック運送団唯一の生き残り。
モンスターに殺されかけたが間一髪のところでノルドに助けられた男、ダムロ。
そんなダムロに懐かれてしまったのである。
ちなみに運送団が壊滅した後、ダムロはブラブラしていた。プー太郎だった。
だが現在は自警団に所属している。
自警団は元々防犯のために組織されていたが、モンスターが溢れるようになってからはモンスター対策に尽力している。
さて、ダムロがあえて自警団に所属した理由は――面白そうだからである。
ダムロはお調子者である。
嵐が来ると喜んでしまうタイプである。
モンスター対策に追われている未曽有の危機も、ダムロは少し楽しんでいた。
なにかが起こる気がして、あえて危険な自警団に所属したのだ。
とは言え、最前線に立つほどの勇気は無いのだけれど。
「そういやあ、また北部の防衛部隊のとこにモンスターが接近してきたらしいですよ~。
だけどノルド先生考案のファランクスバリケード作戦は完璧っすね! みんなノルド先生に感謝してましたよ~!
それに女子供の移送はほとんど完了しました! 『南部に行け』ってノルド先生のアドバイスのお陰ですよ~!」
ノルドからすればダムロはやかましい少年だ。
だが、現在の情報を教えてくれるのでありがたい存在でもある。
ただ――ダムロにはもう一つ特徴――というよりも特技があった。
それは――
「あ、ダムロ! こんなところでなに油売ってるのよ!」
「おお、シドニーにメルボじゃねえか」
ダムロの幼馴染、シドニーと友人のメルボがダムロに駆け寄ってくる。
ふたりもダムロ同様自警団に所属している。
ダムロは誇らしげに――
「油なんて売ってねえよ! ほれ! 頭が高いぞ!
今はサダルパークの救世主! ノルド大先生に情報共有をしてたんだ!」
シドニーとメルボはノルドを見る。
ノルドは目を逸らす。
「え? やだ、もしかしてこのおじさまが噂の『白刃』?」
ノルドは非常に困った顔をしている。
だがダムロは気にしない。
「そうだぞ~! サダルパークに侵入したモンスターを瞬殺し、今もサダルパークを護るために日々モンスターを狩りまくっているんだ!」
「す、すごい」
「ほ、本物?」
「はっはっは! 大先生がいなければ今頃、サダルパークの町は壊滅していただろうね。間違いない」
ノルドは「お、おい」とダムロを制止しようとする。
だがダムロは止まらない。
「ファランクスバリケード作戦だってノルド大先生の考案だ! 裏から自警団を操るフィクサーなのよ!
だがしっかあ~し! ひとたび戦場に出れば、バッタバッタとモンスターを斬り殺す戦場を駆ける白い風! 白い刃!
誰が呼んだか、その名は『白刃』!!」
誰が呼んだかと言われれば、ダムロ本人である。
勝手に二つ名を考えて、勝手に吹聴しまくっているのだ。
虎の威を借る狐の如く、ダムロは各所でノルド自慢を繰り返していた。
実際ノルドは対モンスターのエキスパートだ。
多少アドバイスもしているし、毎日モンスターを狩っているのも事実。
そんな事実を基に多少脚色しつつダムロは自信満々に話す。
普段であればお調子者の戯言なのだが、今は事態が事態である。
暗くなりそうな状況で、ダムロの話は町の人たちの希望になりつつある。
だがノルドにしてみれば迷惑極まりない。
アウトロー気取りのノルドなので、ヒーロー扱いされるのは性に合わないのだ。
シドニーとメルボの熱い視線を感じたノルドは、そそくさとその場を離れようとした。
ダムロは「ああ! ちょっとお~!」とノルドに駆け寄った。
「へへへ、語り過ぎちゃいましたね。すんません」
「ハア……もういい。俺は行くぞ」
去り行くノルドに対し、最後にダムロが囁くように語った。
「明日……俺、老人たちの輸送するんすよ。俺が御者で。
そんでもって……無事帰ってきたら……」
ノルドは悪寒を感じた。
聞いてはいけない気がしたが、「へへへ」と照れながらダムロは――
「あそこにいるシドニーに結婚を申し込もうと思ってるんすよ」
ダムロ。
盛大に死亡フラグを立てて、大地に立つ。