噂の快楽殺人者
イング王国の南西、オセラシア自治区近くの森の中。
大木の幹の中に家がある。大人一人用だが十分快適な家。
入り口はわかりにくく、発見するのは難しい。空中からは茂みがブラインドになり更に発見は困難。
つまりクラマであっても見つけることはできない。
家の造り方は至極簡単。
適当な大木の中身だけをくり貫いて部屋を造る。――それだけ。
まさにツリーハウス。こんな芸当ができるのはたった一人だけなのだが。
さて、そんな家から――
「ん~~ん。今日もいい天気だなあ。
ああ、感じるよ。お日様の恵みをね」
ドアに見えないドアを開けて現れた男。
灰色の髪に、真っ白な肌の男。優しい印象を受ける青年だ。
木漏れ日を眺めながら――
「しかし暇だなあ。そうは思わないかい?
――アドリー」
青年はある方向に目をやった。
するとアドリー・ルルーリアが木の陰から現れた。
インベントを殺しかけた少女。
見た目は幼女。中身は39歳の女性である。
「おい、ルベリオ。アドリーさんだろ。アドリーさん。
さんをつけろ。さんを」
「ふふふ、そうだったそうだった。
子供に見えても実は40過ぎたババアのアドリーさん」
優しいトーンで話すルベリオ。
「相変わらず口が悪いし……てか39だし。
まあいいけど」
アドリーは怒らず、ただただ呆れた。
ルベリオはただニコニコしている。
「調子はどうだし?」
「ああ、すごくいいんだよ。
よく食べてよく飲んで、水が美味しいからかなあ。
お肌もプルプルだし、お通じも――」
「なんの話だし!
あんたの健康なんて聞いてないし!」
「アハハ、だめだよ~アドリー。
怒りはお肌の天敵だよ~。アドリーはババアなんだから気をつけないと~」
「うるさいし!
そんなことより、犬小屋はどうなんだし!」
ヘラヘラと笑うルベリオ。
「うん。大丈夫大丈夫。
一度暴れたけど、眼球を潰したら大人しくなったよ。
両目を無くすのはさすがに嫌みたい。アハハ」
アドリーは溜息を一つ。
「相変わらず気持ち悪いガキだし」
「ええー、そうかな~。
みんなのほうがよっぽど気持ち悪いよ。
ボクは普通だよ。一番普通さ」
「まあいいし。問題無いならいいし。
犬小屋の様子だけ確認してくるとするし」
「でもちょっと飽きてきたよ。
ここにいても面白いことがなーんにもない。
ボクはアドリーみたいに、種馬を失ったりしてないしひどいよね。
ヘマした無能と同じ扱いはひどいよね」
「うっせえし……。
あん時は色々あったんだし」
「アハハアハアハ!」
バカにするように笑い出すルベリオ。
「アドリーって見苦しいよね。
あんなウソついてまで言い訳しちゃって。
国境沿いに人なんて来るわけないのにね。
星天狗ならまだしも。
あれ? 星天狗も来たんだっけ?」
「アンタは相変わらずな~んも聞いてないし……。
インベントっていうクソガキが飛んできたんだし!」
「フフ、フフフ、人間が飛べるわけないじゃないか。
アドリーは本当にバカだなあ」
アドリーは呆れて「もういいし」と話を終わらせた。
いや終わらせようとした。
「でも空を飛べるなんていいよねえ~。俺も飛びたいなあ~。見てみたいなあ~。
インベント……だっけ? 変わった名前だなあ。
でもあれかあ~、アドリーが殺しちゃったんだよね。残念だなあ~」
アドリーは「――生きてるかもしんない」と呟いた。
「え? なんてなんて? 生きてる?
あれ? でもおかしいよね? アドリーが刺し殺したって言ってたよね。
え? 嘘ついたの?」
「嘘なんてついてねえし! てかなんでそこだけちゃんと覚えてるんだし!
しっかり背中から心臓を刺したし」
「アハハ。心臓を刺されたら死ぬんだよアドリー。バカだなあ」
「そんなことわかってるし!!
わかってるけど……なんか知らねえけど生きてたんだし。
いや……息をしてただけか」
アドリーは思い返す。
確かに心臓を突き刺したはずなのに、インベントは生きていたことを。
その後クラマが現れて、インベントを連れて行ったことを。
(インベントのお陰で、私はクラマから逃げれた。
だけど……結局なんだったのかわからねえし。
生きてるか死んだのかもわからねえし)
「へえ~生きてるんだ~へえ~。
ねえねえ、その~インベントってのはどんなやつだったの?」
「どんなやつ……ね」と思い返すアドリー。
「得体の知れないガキだったし」
「得体が知れない?
もっとなんかないのかい? 説明が下手だなあ」
「うっさいし!
空は飛ぶし、動きもメチャクチャだし、武器も飛んでくるし!
今思い出しただけでもイライラするガキだったよ」
アドリーは頬を擦った。
インベントが放った薙刀が顔面に直撃したことを思い出したのだ。
加速武器・飛龍ノ型で飛ばした薙刀である。
そしてインベントの行動、表情を思い返す。
「――そんでもって、快楽殺人者だ」
「ええ、ナニソレ。おもしろーい」
「こんなに可愛い幼女を躊躇なく殺そうとした。
あれは紛れもなく……何人も殺してるね。恐ろしいガキだった。
幽壁は使えなかったから、見た目通り……たしか15歳とか言ってたな。
ったく、イング王国はどうなってんだし」
ルベリオは笑う。想像して笑う。
アドリーが惨殺されるシーンを想像して更に笑う。
アドリーは「っとに気持ち悪いガキさね」と吐き捨ててルベリオの元を去ろうとした。
だが思い出したように「あ」と声を上げた。
「どうしたの? アドリー」
「インベントってのは……アンタに似てるって思っただけだし」
「へえ~! どの辺が? どこが? どんな風に?」
アドリーは振り向いてニッコリ笑う。
そして幼女のような可愛らしい声で――
「とぉ~っても、気味が悪いところだよ。
ルベリオお兄~ちゃん」
そう言った後、アドリーは地面を踏みつけた。
次の瞬間、アドリーの足元から木の根が伸びた。
ルベリオはアドリーが見えなくなった。
これ以上ルベリオと会話する気がないという意思表示だ。
「ふふん。相変わらずだなあアドリー。
健気で真面目で純粋で――――滑稽だ」
ルベリオはあくびを一つ。
「そっかあ、ボクと似ているんだ。インベント。
なにか運命的なモノを感じ……たりはしないけどね。
会ってもいないからねえ」
ルベリオは歩き出す。
「フフフ。
会いたいなあ。インベント。
ボクのもとに飛んできてくれないかなあ。
ま、なんでもいいからこの退屈をどうにかして欲しいよ」
すると、森の奥から遠吠えが聞こえた。
遠吠えを聞いて、ルベリオは無表情に笑う。
「ウフフ。どうすればもっと楽しくなるかなあ。
――オセラシアをぐちゃぐちゃにすれば楽しくなるのかなあ」