黒い少女
日が沈み、ロメロとクラマが口喧嘩が終わる。
アイナが「そろそろ夜店に行こうぜい」と音頭をとる。
「あ、ジジイのせいでもうこんな時間か。ちょっとやることがあるんだった。
おいアイナ。これで好きなもんでも食え」
と言い、ロメロは大金をアイナに渡した。
「い、いや、店ごと買い取らせる気か……」
「ハハハ~」
ロメロはそそくさと夜の町に消えていった。
その後、クラマも交えて遅めの夕食が始まる。
オセラシアに行くことを決意したロゼ。
久しぶりに会うクラマ。
話は弾む。
弾むのだが――
(カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ)
インベントは少し体調が悪かった。
頭の中で耳鳴りがするのだ。
会話には混ざらず、適当にお腹を満たす。
クラマ、ロゼ、そしてアイナはインベントの異変に――気付かない。
モンスター以外に興味を示さないのはいつものことだからである。
いつも変だから多少の異変では変化が無いのだ。
**
眠るインベント。
明日はオセラシアに向けて出発である。
胸をときめかせつつ、耳鳴りが少し鬱陶しいので早めに就寝するインベント。
そして夢の中へ。モンブレの世界へ。
(あれ?)
いつもと少し違う感覚。
モンブレの世界は定期的に変化が訪れる。
新しい武器、新しい衣装、そして新しいモンスター。
ゲーム的に言えばアップデートである。
だがインベントから見れば、奇想天外な変化である。
そんな変化も魅力の一つであり、飽きない世界がモンブレなのだ。
ただ今回はアップデートではない。
何度も見たことがあるフィールドに、蒼天龍ベルゼクスが眠っている。
蒼天龍ベルゼクスは非常に強力な飛龍タイプのモンスターである。
蒼天龍ベルゼクスを狩るのであれば、熟練のメンバーが四人は欲しい。
むしろもっと大勢で戦えばいいのにとインベントは思いつつも、少人数だからこその連携が重要なんだと解釈するインベント。
『ゲームシステム』の制約だとは知らないので仕方がないのだ。
さて――
(そ、ソロ!?)
蒼天龍ベルゼクスに挑むのはたった一人。それも少女だ。
黒を基調にした見るからに強そうで高級感のある装備に、ストレートの黒髪。そして瞳が赤く光る。黒い少女。
得物は双剣。
だが――他の装備品に比べあまりにも貧相な武器だった。
スタスタと近寄っていく黒い少女。
もちろん蒼天龍ベルゼクスは気づき、威圧してくる。
だが黒い少女は挑発している。
怒った蒼天龍ベルゼクスは飛び立ち、上空から強襲をしかけてきた。
(さ、避けないと!!)
だが黒い少女は動かない。
蒼天龍ベルゼクスの巨体から繰り出される攻撃は広範囲である。
避けるなら事前に動いていなければならないはずだった。
避けないなら防御?
だが黒い少女の持つ双剣は防御向きの武器ではない。
それも貧相で貧弱な双剣。
万事休す。
だが黒い少女はニヤリと笑う。
攻撃が眼前に迫ったその時――
(ええ!?)
黒い少女は蒼天龍ベルゼクスをすり抜けていた。
少なくともインベントにはそう見えている。
黒い少女にダメージは無い。
何が起こったのか理解できないインベント。
蒼天龍ベルゼクスは翻し、地鳴りがする咆哮の後、巨体を捩りながら接近する。
巨体を活かした爪撃。
やはり黒い少女は動かない。
攻撃がヒットする。と思われた瞬間。
インベントはしっかりと目撃する。
黒い少女は蒼天龍ベルゼクスの側面を滑るかのように移動していた。
絶妙なタイミングで回避しているのだ。
それも己の肉体を回転させることによって、連撃を加えていた。
(こ、この子……凄い!!)
蒼天龍ベルゼクスは多彩な攻撃パターンを有している。
だが黒い少女は全ての攻撃を見切っていた。
絶妙なタイミングまで攻撃を引きつけつつ、無傷で回避と攻撃を繰り返す。
斬り刻まれる蒼天龍ベルゼクス。
だが武器がナマクラなのでダメージはそれほどではない。
虐められているような状態の蒼天龍ベルゼクス。
黒い少女の惨殺ショー。
インベントの心に黒い少女の戦い方がしっかりと刻まれていくのだった。
**
最高の気分で目覚めたインベント。
心躍る戦いを見せられて、早くモンスター狩りに行きたくて仕方がない。
(あ、武器の準備しないと。そんでもってモンスターを……)
「うひひ……ぐひひ」
クリエと一緒にいたお陰か、多少鳴りを潜めていたモンスターに対しての狂気。
楽しい夢のお陰で元通り、いつものインベントである。
**
皆、身支度を終え準備は整った。
ただ、ロメロは昨夜から帰ってきていない。
「どうやってオセラシアまで行くんですか? クラマさん」
「一刻も早く戻りたいんじゃが、ここからじゃと二日は必要じゃろうて」
「だったらカイルーンに寄ってもいいですか?
俺、武器とかな~んも無いんです」
クラマは渋い顔をした。
「ロメロの馬鹿と盛大に戦ったらしいのう……。
あの大馬鹿はガキ相手になにやっとるんじゃか……ハア。
まあええわ。今日はカイルーンまで行くとしようかのう」
「それじゃあ、行きましょう!
俺がロゼを運ぶんで、クラマさんがアイナでいいですよね~?」
「うむ」
アイナが「勝手に私も行くことになってるのは、なんでだよ……」とぼやく。
ロゼが「まあまあ。昨日その話は終わったじゃないですか」とたしなめる。
「納得いかねえ~」
と言いつつもインベントに付き合ってあげるアイナなのだ。
**
ルザネアの町を出た一行。
キョロキョロしているロゼ。
「もう……ロメロ副隊長はどこにいってしまったのかしら?
挨拶ぐらいしたいですわ」
「どこほっつき歩いとるんじゃあのバカタレは」
すると――
「誰がバカタレだ。クソジジイ」
ロメロが現れた。
右手には布に包まれた長物を持っている。
「ハハハ、もう出発か?」
インベントは嬉しそうに「はい!」と返事した。
「まあ達者でな。
それはそうと――少しだけ付き合え。インベント」
「へ?」
「時間はとらせないからさ。ちょっとだけだ。な?」
「う~ん、わかりました」
そう言ってインベントを森に誘おうとするロメロ。
だがクラマが待ったをかけた。
「おい! なにする気じゃ!」
「あァ? うっせえな」
「また模擬戦のフリして喧嘩する気じゃろ!
昨日色々聞いたぞ! やっぱりお前はいつもいつもメチャクチャじゃ!
インベントにまで無茶させるつもりじゃろうが、そうはさせんぞ!」
「うっせえなあ……別に危ないことはしねえよ。あっちいってろ。シッシ」
「だったらなにをするんじゃ!?」
「いやあ……まあちょっとな」
「ほーら! ま~たインベントに喧嘩をけしかける気じゃ!
危険じゃぞ! インベント!」
インベントは「ええ?」と困惑する。
「黙ってろ! クソジジイ!
オセラシアにインベントもロゼも行くことを容認してやったんだ!
ちょっとぐらい融通しろ! このクソジジイ!」
「それとこれとは別じゃ!
大体お前はいつもいつもどーしてこう自分勝手なんだ!
もっと――――」
また喧嘩を始めるロメロとクラマ。
アイナとインベントは、やれやれといったところだ。
さてロゼは――
「ぷふ。ぷふふ」
笑いだすロゼ。
「ど、どうした? ロゼ?」
「憧れていた『陽剣』と『星天狗』がこんなこどもみたいに喧嘩しているのを見てたら……ぷふふ。
ああ~おかしいですわ。うふふ」
口喧嘩に始まり、口喧嘩に終わる。




