始まり
第九章スタートです。
ルザネアの町に戻った一行。
ロメロが「そろそろ――『宵蛇』に戻るか」と呟いた。
クリエと会い、インベントがロメロの『運命の人』ではないと知った。
インベントと遊ぶのは楽しいのだが、さすがに半年近く『宵蛇』を離れるのはマズイと思ったのだ。
一応……『副隊長』なのである。一応。
ロゼは「極秘任務は終わったのですね! さあ戻りましょう!」と。
ただ夜営に便利そうだからという理由だけで連れてこられていたロゼ。
本隊に早く戻りたいのだ。
「あれ、戻っちゃうんですか?」
「なんだよ、このまま『宵蛇』辞めるんじゃねえかと思ってたよ」
インベントとアイナはロメロの突然の発言に多少驚いている。
ただ、まあ、ロメロはいつも突飛な行動をする困ったちゃんであり、散々振り回されたインベントとアイナからすれば想定の範囲内でもあった。
「う~ん、そろそろ帰らないと隊長さん(デリータ)が本気で怒る気がする。
あいつは怒り出すとめんどくさいんだ。ねちねちしてるからな~。
明日にでも戻るか。おいロゼ。カイルーン方面に行けばいいか?」
「そうですわね」
「よおし、それじゃあ明日カイルーン方面に出発するとしようか」
アイナが「また急だな~。てかアタシたち、アイナ隊はどうすんだよ」と。
「う~ん……適当にやっておいてくれ」
「雑だな! 雑すぎる!」
「ハッハッハ」
こうして、ロメロとロゼは『宵蛇』に。
インベントとアイナは宙ぶらりんになることになった。
「どうするよ? インベント」
「俺はモンスター狩れるならどこでもいいよ~」
「相っ変わらず清々しいほど一貫してるな。まあカイルーンに戻って今後の身の振り考えるか」
「は~い」
陽剣のロメロと行動を共にする――もとい付き纏われてきた。
そんな稀有な時間が終わるのだ。
微量の寂しさと、解放される安堵。
そして今後の身の振り方をどうするべきか。アイナは多少憂慮していた。
だがその憂慮は全くもって必要が無いことを知るのは――直後であった。
**
宿を手配し、ルザネアの町での最後の晩餐を楽しむため町に繰り出した一行。
だが予想外の来訪者と邂逅した。
「――やっと見つけたわい」
「げえ、なんでこんなところに!?」
ロメロは驚いて声を上げた。
オセラシア自治区にて、ライノックスタイプモンスターを殺して以来、久しく会っていなかったクラマがいたのだ。
「あれ~? クラマさんだ」
「ほんとだ。クラマさん。なにしてるんすか?」
インベントとアイナはまさかこんな場所で会うことになるとは予想しておらず多少驚いた。
だが――クラマとの出会いに一番驚いたのは――
(く、クラマ?)
ロゼは目をパチクリさせた。
『クラマ』なんて名前の人物と出会ったことはない。
だが『クラマ』はあまりにも有名。
『星天狗』のクラマ。
独特な名前であり、同名の可能性はかなり低いのだ。
(インベントもアイナさんも『クラマ』って言ってるわ。
ク、クラマといえば『星天狗』。そして『宵蛇』の初代隊長。
生きてるかどうかも謎の人物……え? 本物?)
クラマは訳あって数年前から基本的には姿を現していない。
伝説的な人物である。
だが、特徴は伝えられている。
奇妙な鼻の長い面。
赤い羽織。
もちろん、そんな目立つものは装備していない。
クラマはイング王国内で目立つ気はないのだ。
だが――
(『星天狗』は小柄だと聞いていますわ……。
白髪というのも有名な話……)
外見だけでクラマを『星天狗』だと断定するには、少々弱い。
だが明らかにクラマがクラマである証明がそこにあった。
一本歯の下駄である。
鼻の穴が膨らむ。
顔が上気する。
目が血走る。
ロゼの大好物。
権力者。有名人。
イング王国で一番有名と言って間違いない伝説の人物が目の前にいる。
「ももも、ももももぽもも、もしや!!」
グイグイと近寄ってくるロゼ。
クラマは「な、なな、なんじゃ?」と後ずさる。
「あなたは……! いえあなた様は、『星天狗』様ですね!?」
まるで劇団員のような声でクラマに声をかけるロゼ。
クラマは非常に困った顔をした。
なにせ今いる場所は天下の往来――とまでは言わないが普通の道だ。
通行人もいる。
そんな中で目立ちたくない男が、劇団員に声をかけられたのだ。
クラマからすれば迷惑極まりない。
「私! クラマ様の大ファンですの!」
クラマは「しー! しー!」と黙るようにジェスチャーを送る。
だが止まらない。
ロゼは大好物を目の前にして酩酊状態だ。
「まさかこんな場所で『星天狗』様に会えるだなんて!
あの生きる伝説! クラマ・ハイテングウ様が――ここに!!」
クラマは「バカバカバカバカ」と小さな体をさらに小さくしている。
そしてクラマはロメロに近づいた。
「こ、この子なんじゃ! ど、どうにかせい!」
「ハッハッハ! 『宵蛇』のニューフェイスだぞ」
「え!? この子……『宵蛇』なのか?」
「ほらほら! 挨拶してやれ」
ロメロはクラマをロゼのほうに押し戻した。
まるで恋するかのような熱い視線のロゼ。
(ろ、ロメロめえ!
嫌がっているワシを楽しんでおるのう!)
クラマはロゼを手招きし、路地裏まで連れていく。
そして興奮するロゼをどうにかなだめてから一行に再度合流したのだった。
**
少し老けたクラマと、満面の笑みのロゼ。
「ガッハッハッハッハ!
おいおい、若い女の子を路地裏に連れて行くなんて、いやらしいジジイだなあ」
「うるさい! こんのお……非常時だって時にいぃ!!」
ギリギリと歯を軋ませるクラマ。
「でもどうしてルザネアなんかに来たんですか? クラマさん」
アイナが問う。
それはみんなが思っている疑問である。
クラマは溜息を吐きながら、インベントを見る。
「……インベントを探しておった」
インベントが「え? 俺?」という。
クラマは「うむ」と頷き、口をモゴモゴさせている。
「ジジイがインベントに用ねえ~。なんだろうな」
「またなんかやったんじゃねえのか? インベント」
「や、やってない! 何もやってない!」
心当たりは誰も無い。
ただロゼはひとり悔しそうにしている。
(くうう~! クラマ様がインベントに用があるだなんて!
悔しい! ずるい!)
「で? なんだ? さっさと言えよジジイ。
俺たちはこれから飯なんだ。ジジイと話してる場合じゃない」
「飯なんて我慢せい! こっちは……そのお……。
ええい! オセラシアのピンチなんじゃ!」
「オセラシアだと?」
クラマは険しい顔になる。
「ここ数日……国境周辺からモンスターが異常発生しておる」
インベントが「モンスタァ!」と顔を明るくした。
アイナはインベントとは逆に嫌な予感で顔を顰めた。
さあ……パーティーの始まりだ!(始まらない