クリエ・ヘイゼン②
神猪カリューが大暴れしたと聞いて、インベントは興奮する。
「白い風の正体はカリュー様じゃった。
それはもう恐ろしい勢いでゲスどもを蹴散らしていったのう。
カリュー様は私たちには気づいておった。
怒りに満ちた目をされておったが、私たちには目もくれずゲスたちを蹴散らしてくれた。
そのおかげでどうにか私たちは村から逃げれたんじゃよ」
インベントは「ふ~む」と唸り――
「カリュー様ってモンスターというよりは、村の護り神みたいですねえ」
「実際カリュー様はモンスターではない。
オルカリユの村人たちは、カリュー様を信仰し良好な関係を築いておった。
だからこそ助けに来てくれたんじゃ。
まあ、カリュー様がモンスターではない理由はもう少し後で話す。
とにかく命からがら逃げた私たちはそのまま、東へ向かった。
東には、ルザネアの町があることを聞いておったからのう」
クリエは嘲笑するかのように「ふん」と微笑む。
「ちなみにのう、今からの話は完全に余談じゃ」
「余談?」
「私が人間社会から離れた理由は、ルザネアでの出来事が理由よ。
私たちはルザネアに逃げたが、知り合いもおらん。
そもそもオルカリユ村はルザネアと交流も無かったしのう。
仕方なく孤児院に向かった。私はともかくデリータは幼かった。
どうにか養っていかねばならんからのう。
だが、なかなかルザネアの孤児院は腐っておってのう。
院長らしき男が妙に舐めるような眼で見てきおっての。
外面はニコニコしておったが気色の悪い男じゃった。
蓋を開ければ幼女趣味……いや男女どちらでも良いみたいじゃったのう。
児童性愛のクズじゃった」
インベントは無表情で聞いている。
まったく心も揺れていない。穏やかな風が吹く。
クリエは少し気味悪くなり「胸糞の悪い話じゃろ?」と問う。
だが――
「ああ、小さい子が好きな人って多いんですってね」
「ん? ああ、そうだな」
「俺も小さい子は好きですけど、父が言うには『病的に好きな人がいる』って言ってました。
病的というか『性的』になんでしょうけど。
中々難しい問題ですよね。好きなものを好きになるなっていうのも難しいですし」
淡々と語るインベント。
言っていることは至極真っ当である。
インベントは変人で変態ではあるが、両親からまともに教育を受けている。
それも運び屋の父は、インベントを跡継ぎにするために色々な場所に連れまわしていた。
社会常識もそれなりにあるし、一般常識もしっかり持っている。
ちょ~~~っとだけ、モンスターを目の前にするとファンキーになってしまうだけなのだ。
逆に興味の無いことには、常に冷静な視点を持つことができる。
クリエとしては、もっと驚くかと思いきや冷静なインベントに多少困惑する。
(こやつは……よくわからん奴じゃのう。まあええ)
「まあ、クズはクズでも孤児院の院長じゃったからの。デリータを孤児院に預けた。
まあ、悪させんように、ちょいと脅してやったがのう。
しかしまあ、クズのお陰で、【読】のルーンが進化しておることに気付いた。
もしも【読】が進化しておらんかったら、院長のゲスな感情に気付くこともできんかったじゃろう。
『門』とやらが開いたおかげでデリータを救えたと言える。
じゃがのう、その代償に人間と付き合うのがしんどくなった」
「へえ」
「【読】のルーンはおしゃべりでのう。
聞いてもいないのに人間の秘めている思いを教えてくれるんじゃ。
特に私はそこそこ美人じゃからなあ。下心をもって近づいてくる男たちにも嫌気がさした。
だから人間社会を捨てたのよ。デリータが15歳になってからほとんど人里に近づいたことはない」
「なるほど」
「ま、余談じゃよ。
私は俗世を捨てた。森に生きると決めた。それだけじゃ。
さあて本題に戻ろうかのう。カリューに関してじゃ」
「うほお」
「私はオルカリユ村が襲撃されて数日後、一人で村まで戻った。
村は散々な状態だった。家屋は全て焼け、死体が転がっている。
その死体の中に、両親らしきものもあった。友人もいた。
だが――最も驚いたのは、カリュー様の死体もあったことじゃ」
「え!?」
「これには驚いた。
ダエグから来たと思われるゲスたちが、カリュー様を殺せるとは思わなかったからのう。
まあ……恐らくカリュー様を殺したのは……あのファゼルオという男じゃろう。
忌々しいがの」
遠い昔の思い出だが、クリエは鮮明に記憶している。
村を、村人を、両親を、そしてカリューを失った。
クリエにとって最も辛く、苦い日。
さて、インベントは何を考えているかと言えば――
(ふ~む! どうやってカリューを殺したんだろ!
一人でやったのかな~? どうやって殺したんだろ~!
神猪なんていうぐらいだ……むひょひょ!
牙獣タイプ! デスファンゴみたいな感じかな!
暴走すると厄介なんだよなあ~! 防御力も高いし!
ああ……どんな動きをするんだろうかな~。戦いたいなあ~)
クリエはインベントの放つ邪な風を感じ、溜息を一つ。
「暴れないならカリューと挨拶させてやろうかと思ったが、これはダメじゃの」
「え!? あ、暴れません! カリューちゃんと会いたい!」
「まったく……ほれ、ついてこい」
クリエは歩き出す。
インベントはお預けされている犬のように嬉しそうについていく。
そして見える。
白く、逞しい猪。
「ふ、ふおおおお」
真っ白な毛並みに、鋭く生えた牙。
そしてやはり特筆すべきはその巨体であろう。
「か、かっこいいい~!」
興奮するインベントだがクリエは常に警戒している。
いつどこでまた黒い風が発生するかわからないからだ。
「まあ、改めて紹介しようかのう。
カリューじゃ」
カリューは鼻を鳴らす。
「あ、俺、インベントです! インベント・リアルト!」
インベントは礼儀正しく頭を下げた。
そして笑う。
クリエはカリューに近づいて、首の付け根を撫でた。
気持ちよさそうにしているカリューを見て、インベントは羨ましそうな顔になる。
「カリューはのう……モンスターではない。
体は巨大だし、並みのモンスターよりも遥かに強い。
だがモンスターとは違い飯を食う。それにもう一つモンスターとは大きく違う点がある」
「むむ?」
「それはのう――」
と言いクリエは口笛を吹いた。
すると――
「お、お、す、すごい!」
インベントが驚くのも無理はない。
カリューの背後からたくさんの猪たちが現れたのだ。
クリエが少し誇らしそうに言う。
「カリューは猪たちの長よ。
先代の神猪カリュー様も同様に猪たちの長だった。
この意味がわかるか? インベント」
「意味?」
「インベント。昨日も話したがモンスターには特徴がある。
荒ぶること。飯を食わないこと。そしてもう一つ。
モンスターは群れない」
「群れ……ない」
「モンスターはその強さゆえに他の動物たちは近寄ってこない。
それは同族も同じよ」
インベントは思いついたかのように「あ」と声を上げた。
「モンスターは孤独な生き物よ。
恐らく、荒ぶったモンスターは同族であっても傷つけてしまうんじゃろうな。
誰も寄り付かん。いつも独り」
「確かにモンスターの周りには動物いないですよね」
「その通り、だがカリューは違う。
猪の長として共に飯を食い、群れを率い、外敵から仲間を護る」
カリューは鼻を鳴らした。
インベントにはカリューが誇らしくしているように見えた。
クリエは穏やかな顔でカリューを眺めつつ――
「今からこの子が巨大化した経緯を話そうかのう」
8章はもうそろそろ終わりです。
もう少しお付き合いください。
そろそろ……身体も癒えてきた頃ですしね。ふふふ。