マクマ隊とノルド隊③
ノルドの狩りが終わり、帰り道――
インベントがそわそわしているので、ノルドは仕方なく話し出す。
「モンスターを探す方法だったな」
「はい!」
ノルドは顎を一擦りした後――
「……そうだな。方法は色々ある。
一番簡単なのは【人】のルーンを持つ奴がいればいい。
【人】のルーンは一定範囲内の気配を読む力がある。
ただ、【人】はそこそこレアだからな。どの部隊でも重宝される」
「なるほど」
インベントはバンカースの隊で【人】のルーンを持っている人がいたことを思い出した。
とはいえ名前なんて忘れているのだが。
「他には……【読】は……いや【読】は使い物にならんか」
「そうなんですか??」
「【読】は有効範囲は広いが肝心の察知能力は微妙だ。
普通のやつでは役にならん。……普通のやつならな。まあいい」
(普通じゃない人もいるんだろうか……)
インベントは疑問に思ったが、口にしないことにした。
「最後には動物系のルーンだ。【猛牛】か【馬】だな。
この二つのルーンは動物的な勘が働くようになる。
といっても【人】ほど便利ではない。気配に少し敏感になる程度だ」
「へえ~」
【猛牛】も【馬】もよくあるルーンである。
一般的にはどちらも身体能力が強化されるルーンだと知られている。
【猛牛】であれば特に腕力が、【馬】であれば特に脚力が強化される。
インベントも身体能力の強化は知っていたが、探知能力があることは初めて知った。
「だが個人差が大きい。人によっては全く勘の働かない奴もいる。
ちなみに俺はかなり鋭いほうだ。というよりも鋭くなったと言ったほうがいいな」
「鋭くなった??」
「ソロで狩りをやるようになって、いつの間にか鋭くなっていた。
元々はモンスターの足跡や、爪痕を注視するようにしていたんだが、ここ数年で気配が完全にわかるようになった。
まあ、他の奴と比べようが無いからな。勘の強い奴もいるってことだ」
「ふむふむ」
――沈黙
「え? 終わりですか!?」
「ああ」
「なんだ~……じゃあ僕には無理じゃないですか……」
「ふん……基本的にソロなんて自殺行為だ。おとなしく部隊の仕事をやっていろ」
インベントは口を曲げた。
「でも……そのお~……」
「なんだ? 言ってみろ」
「なんていうか……マクマ隊のやり方ってその~」
ノルドは消え入るような小さな笑いの後――
「なるほどな。お前マクマ隊なのか。
あいつはガチガチの保守派だからな。
安全第一の腰抜け部隊だ。――まあやり方は間違ってはいないがな」
ノルドの悪意のある物言いなのだが、インベントは気にしなかった。
(マクマの野郎の隊か……しかしまあ……なんでこんな奴をあんなクソ真面目野郎の隊に配属したんだか……)
ノルドはインベントの人となりは把握していないが、少なくとも安全第一な人間ではないことは今日一日で知った。
安全第一な人間は、そもそもノルドに話しかけないからだ。
ノルドはインベントを危険に敢えて首を突っ込むタイプであり、物怖じしないタイプだと判断した。
まあインベントはモンスター狩り以外に興味が無く、モンスターを狩るためなら無茶でもなんでもするので、分析は間違ってはいない。
「ふむ」
ノルドは少し考えた。
(……このガキがマクマのやり方が気に食わねえのは確かなようだ。
ククク、おもしれえ。当てつけに少し指導してやろうか)
ノルドは悪い大人の顔をした。完全に悪役のソレである。
ちなみにマクマとノルドはお互い嫌いあっている。
「……お前、これからも狩りについてくる気か?」
「はい! 勿論!」
(何が勿論だ……まあいい)
「……うっとおしいがいいだろう。その代わりマクマ隊の任務が無い日は毎日来い」
「え?」
「休み無しだ。それでもいいなら警備隊のイロハぐらいなら教えてやる。
それとも休み無しは嫌か??」
「全然! 願っても無いです! それでお願いします!」
ノルドは「いいだろう」と笑みを噛み殺して言った。
(やはりコイツのモンスターに対しての憎しみは本物だ)
いえ、ただ狩りたいだけです。
**
駐屯地に戻り――
「ちょっと打ち込んでこい」
とノルドが言うので、インベントは木刀片手にノルドと模擬戦を行なった。
三分ほど戦って――
「ヒドイな……ここまでヒドイのか……」
ノルドはインベントの弱さに頭を抱えた。
「よ、弱いですかね??」
「細身の身体だとは思っていたが、剣術の才能が全くない。
そもそも剣を握った経験が無いな? 親は家業はなんだ?」
「は、はい。父は運び屋です」
ノルドは大きく溜息を吐いた。
(ここまで無能なのは想定外だ……)
あまりに弱いインベントに、ノルドは立ち眩みを覚えるほどだった。
だが、別の考えが頭をよぎる。
(しかし……なんで入隊試験を通ったんだ?
入隊試験をバンカースがやっているはずだ。
バンカースが相手ならコイツは確実に落とされたはずだ……。
まさか後方支援からの転属?? 新人のくせにか?
何か……おかしい)
ノルドは木剣をクルクルと回す。
「お前、入隊試験はやったのか?」
「は、はい」
「バンカースと模擬戦をしたのか?」
「やりましたよ」
「やったのか……」
(つまり……バンカースは戦ったうえでインベントを入隊させたってことか。
何故だ? こいつは……なんだ? 不正入隊か? バカな)
入隊試験を突破した以上、インベントはバンカースが認めたという証拠である。
ノルドは答えを探す。
「……お前」
「はい」
「……入隊試験の時はどうやって戦った?
……違うな。入隊試験の時と今の戦い方が違ったりするのか?」
インベントは「勿論違いますよ」と言う。
「だって、『打ち込んでこい』って言ったじゃないですか。
入隊試験は、『何をしてきてもいい』って言われたので」
「なるほどな……」
インベントは木剣を渡され、打ち込んでこいと言われたので、言われるがまま木剣で打ち込んだのだ。
収納空間は一切使用していない。
「なるほどな……だったら次は俺を殺すつもりで来い」
「え?」
「お前の……底が見てみたくなった。何をやってもいいから来い」
「わ、わかりました」
そう言ってノルドは距離をとる。仕切り直しだ。
「おっと言い忘れていた」
「へ?」
「俺の動きはマネするな」
「……あ」
インベントは先程までノルドの動きを参考に剣を振るっていた。
狩りをしていた時のノルドがカッコよかったからだ。
「お前とはタイプが違い過ぎる。真似しても碌なことはねえ」
「わ、わかりました」
真似していたことがバレて少し気恥しいインベントであった。
**
インベントは入隊試験以来、初めて本気で戦った。
反発移動からの突撃から始まり、収納空間を利用した見たことの無い攻撃の連続にノルドは驚いた。
だが全て余裕をもって躱された。
ノルドのスピードは圧倒的であり、どれだけ予想外な動きをされても、最終手段として距離を大きくとればいい。
ちなみに入隊試験の際に翻弄されたバンカースとノルドとの違いはスピードもあるが、戦いのスタイルが一番の要因である。
バンカースは相手の動きから次の一手を予測する観察眼に優れる。
故にインベントの予測できない動きに翻弄されてしまった。
それに対しノルドは【馬】のルーンから来る野生の勘を最大限生かした戦いをする。
インベントの企みを勘で察知してしまうのだ。
結果インベントの策はことごとく不発に終わるが、ノルドは避けつつも注意深くインベントの動きを見定め、彼の戦い方を研究していく。
インベントにとっては初めて、他人から自分のスタイルを見てもらう経験をしているのだ。