クリエ・ヘイゼン①
クリエは語り始めた。
「昔々あるところにオルカリユ村という小さな村があった。
まあ、この廃村となった場所なんじゃがの。
オルカリユ村には大きな特徴があった。
それは村民のほとんどが【読】か【伝】のルーンを持って生まれてくること。
そしてもう一つ。
オルカリユ村は猪を信仰していた。
村は神猪カリュー様が護る村。
ゆえに守護・神猪村よ」
インベントは「ん?」と首をひねる。
「神猪カリュー様はインベントが見たカリューとは別よ。
灰色で今のカリューより一回り小さかったのう。
まあ先代のカリュー様といったところか」
「へえ」
「オルカリユ村は平和な村だった。
カリュー様がおるおかげで、周囲にはモンスターは近寄ってこなかった。
更に【読】のルーン持ちが多いことで、災害や悪事は起こる前に察知可能。
平穏で幸せな村だったよ。今から40年以上前の話」
クリエは目を閉じて幸せだった記憶を振り返る。
そして忌まわしき記憶を掘り起こす。
「そんな中――ある事件が起こった。
あれは嵐が来る前日、村の大人たちが対策を講じている時――
私はなにかよくないモノが近寄ってくる気配を感じ取っていた。
普段なら私以外も気付くはずだったのに、嵐が迫ってきていたからか……大人たちも弟のデリータも気づけなかった。
嵐が去った翌日にの、嵐に紛れて一人の男が村にやってきておった。
嵐のせいで道に迷いオルカリユ村にたどり着いたと言ったそうじゃ。
聞いたところによると名は――ファゼルオ」
「ファゼルオ?」
「奇妙な男じゃった。
気味の悪さを嵐に紛れさせながら村に侵入してきおった。
その異臭ともいえる気持ち悪さをはらむ男。
すぐに追い出されると思った。なのになぜか村人と馴染んでしまった。
信じられず私はこっそりとその男を見に行った。
村に潜み、村人に紛れながら、そのファゼルオという男を初めてみた時――
おかしなことに――なにも感じなかった」
「感じない?」
「あの頃、私は普通の【読】のルーンだった。
今みたいに明確に風として感じることはできなかったが、表面的な感情ぐらいは読み取ることができた」
クリエはインベントを眺めつつ「今のお前は興味七割、飽きが三割といったところかのう」と言い、図星を突かれたインベントは照れて笑う。
「【読】のルーンは動物の感情はわかるが、逆に人間は読み切れなかったりする。
動物に比べ、人間は複雑で腹の奥でなにを考えておるかわかったものではないからの。
ただまあ……表面的には感情を読み取れる分、騙されにくいが一度信じてしまうと疑わんのが【読】の特徴かもしれん。
まあ兎にも角にもファゼルオという男は得体の知れない男だった。
私も怖くなってのう。以降近づけんかった。
五日で村から離れていった。それで私も安堵したよ。
だがのう。やはりあの得体の知れない男を村に入れてはいけなかった。
それを知ったのは更に五日後」
「な、なにがあったんですか?」
「五日後、東の森で相次いで猪たちが殺傷される事件が起こった。
罠にかかったり、刺殺されたりしての。
猪を信仰するオルカリユ村としては非常大きな問題になった。
警戒を強め、調査を実施した。だが犯人は捕まらない。
私はすぐにファゼルオが関わっていると直感した。
だが――だからといってどうすることもできない」
クリエは「思い返すと歯がゆいものよ」と嘆く。
「そして更に五日後。
大人たちが調査に東の森に向かっている時、その時がやってきた」
インベントは息を飲む。
「西から来た大量の人間が村を包囲しておった。あれはダエグ側の人間で間違いなかった」
「ダエグっていうと、ダエグ帝国ですね?」
「その通り。ダエグは軍拡主義の国でな。
特にひたすら領土拡大している時期だったらしい。
まあイング王国は森に覆われた場所だったから、これまで目を付けられてこなかった。
だが最悪のタイミングでイング王国の領土に――いやオルカリユ村に攻めてきたんだ」
「し、知らなかった……」
「昔、ダエグとイング王国が戦争――というよりも小競り合いがあった。
オルカリユ村に攻めてきてから10年後ぐらいだな。
オルカリユ村は敵情視察といったところだったんだろう。
戦争はイング王国の圧勝だったが、オルカリユ村は逆だった」
クリエは「村に焼けたような家があっただろう」と言い、インベントは「いっぱいありますね」と応える。
「ダエグのやつらは村を包囲し、一軒一軒火をつけていった。
当然村はパニックに陥る。そして村人たちは逃げた。
火の無いほうに逃げても――待ち構えてたダエグのやつらに殺された。
なぜかは知らんが皆殺しにする気だったようだ」
インベントは苦い顔をする。
イング王国では人間同士の争い――特に生死をかけた争いは非常に少ない。
インベントにとって、人が人を蹂躙していく話は少々ショッキングだった。
「私は弟のデリータを連れ、逃げ場を探していた。両親は東の森に行っていたからな。
どうにか弟を逃がしてあげねばならんと思い必死に活路を探した。
弟はまだ六歳だったからのう」
インベントはデリータのことを思い出す。
(六歳の頃か……想像できないなあ)
決して戦闘力は高くないのに、なかなか攻撃が当たらないデリータ。
思い返せばクリエと似ている気がしないでもない。
「じゃがのう八方塞がりだった。
一人ならなんとかなるかもしれんかったが、弟を連れてでは動きを制限される。
見つかるわけにはいかん。だが建物は燃やされる。隠れる場所は徐々に失われていく。
炎が迫り、煙が充満する世界で、私たち姉弟は逃げ場を失っていく。
そして、他の村人たちが命を落とすことによって得られた僅かな時間も刻一刻と無くなっていく。
そんな中、石壁の陰に隠れていたが煙に堪えきれずデリータが咳をした」
インベントが再度息を飲む。
ヘイゼン姉弟は生きている。だがどのようにして生き延びたのか想像ができなかった。
「ダエグの男の一人が下品な笑い声で隠れていた私たちに近づいてきた。
私は願ったよ。『弟だけでも逃がせる力が欲しい』と。
必死に逃げ場を探した。探しているうちに奇妙な感覚に襲われた。
黒煙の世界に白い風が流れ込んできていた。たった一本だけ白い風が。
だから私は藁にも縋る思いでデリータに『私に続いて頑張って走って』と囁いた。
デリータは念話で『うん』と言った。あの子は本当に強い子だった」
淡々と語るクリエだが、デリータに対しての愛情が伝わってくる。
インベントはクリエの話に引き込まれていく。
「下品な男が私たちの前に現れる直前、私は駆けだした。
そしてその男の腹にナイフを突き立てた。
今思えば、幽結界を使えるようになっておったんじゃのう。
最高のタイミングで飛び出し、正確にナイフは男の臓物を引き裂いた。
そして蹲る男を通り抜けて、私たちは必死に走った。
白い風に向かって。
走った先、でもそこにはダエグのやつらが待ち構えておった。
包囲網は崩れていなかった。逃げ場なんて無かった。
デリータは悪意を浴びて震えていた。じゃがのう私は落ち着いていた。
白い風はどんどん強くなっていたからのう。
そして――その時は来た」
クリエは微笑む。
「ゲスたちの背後から神猪カリュー様が突如現れ大暴れを始めたんじゃ」