モンスターは○○をしない
夕食後、ひとりになり座るインベント。
(わかったことがある)
インベントは夜空を見上げながら思う。
クリエとロメロと話している中で、『門』という存在を意識し始めたインベント。
『門』を開きし者が使えるはずの幽結界を未完成ながら使えている現在。
もしかすればインベント自身も『門』を開けるのかもしれないと期待するのは自明の理だった。
夜空に手を伸ばすインベント。
指先から更に先まで神経が伸びているような感覚を再確認する。
たった50センチメートルの幽結界。
探知能力としてはほとんど意味がない。
されどインベントにとってはその50センチメートルでさえ価値がある。
気づいていなかったが、ちゃんと機能していたことを思い返しているのだ。
(いつからだろう……調子が良いって思うようになったのは。
ロメロチャレンジを初めてやった時だったかな)
インベントはふと、掌からゲートを開く。
当然すぐに起動するゲート。そしてすぐに閉じた。
インベントは改めてゲートを開く。
次は掌から50センチメートル離れた場所――つまりインベントの未完全な幽結界の中である。
ゲートはインベントが思い描いた場所に、寸分違わず、即座に開いた。
(あんまり意識してなかったけど……昔よりもゲートを開く精度もスピードも上がっている。
練習したからかもしれないけど、やっぱり幽結界のおかげかも)
インベントは森林警備隊に入る前から、自身から離れた場所にゲートを開くことができた。
それは、実験に次ぐ実験を繰り返していたからこその賜物である。
インベント以外の『器』のルーンを持つ人たちは、ゲートを掌から離れた場所に作成することはできない。
そもそもそんな必要性を感じていないからだ。
ゲートとは基本的に掌から作成するものなのだ。
もちろんインベントも普段は掌からゲートを出す。
なぜなら一番しっくりくるゲートの作成方法だからである。
(幽結界の中ならゲートが簡単に開ける。
そっかあ~これが調子がいいな~って感じていた理由だったのかも)
インベントは妄想する。
(もしも……幽結界が使えるようになれば……。
ロメロさんもクリエさんも幽結界は四メートルだって言ってたな。
むふふ、そしたら四メートル先にも簡単にゲートを開けるようになる?
それは……面白そうかも)
インベントはいつか訪れるであろう幽結界を使えるようになる日を夢見ながら眠りにつく。
だが同時に――
(どうして……『門』が開かないのかなあ~?)
そんなことを考えていた。
理由は誰にもわからない。
****
翌朝――
インベントたちは今日の昼前には出発し、ルザネアの町に戻る予定だ。
夜明け前に目覚めたインベントは、遠くで眠る白いボア――まるで白い大岩のようなカリューを見た。
(狩りたいなあ……)
お預け状態のインベント。
狩りたくて狩りたくて震える。
(狩っちゃいなよ)
誰かに背中を押されている気がするインベント。
「うふふ、ふふう」
ふらり、ふらりとカリューに近づいていくインベント。
だが――
「相変わらずじゃのう、この妖怪少年」
びくりとして振り向くインベント。
「あ、クリエさん。おはようございます」
「朝から殺気をまき散らしおって。
そういうところはロメロそっくりじゃの」
「え、ええ~っと」
「ほんにしょうがない男よ。
ちょっとついて来い」
「ほ?」
「面白い話を聞かせてやろう」
インベントは少し億劫な顔をした。
クリエと会ってから話をする機会が多かった。
話はお腹いっぱいなのだ。
「ふふん。カリューがどうしてモンスターになったか知りとうないか?」
「ん!?」
「カリューは普通のモンスターと違うじゃろ?
その理由――知りとうないか?」
「知りたい!!」
またまた簡単に釣られてしまったインベントであった。
**
ワクワクしているインベントに対し、クリエは語り始める。
「カリューは様々な点で他のモンスターとは違う。
その一つが、餌を食うことだ」
インベントは予想外の発言に驚き、口を開いた。
「え? ちょ、ちょっと待ってくださいクリエさん!」
「ん?」
「そもそもモンスターって餌を食べないんですか!?」
「食わんよ。なんじゃ、モンスター好きなのにそんなことも知らんかったのか」
「し、知らないですよ! え? た、食べないの!?」
「ほっほ、お前さんモンスターが何か食うとるところを見たことあるか?」
インベントは思い出す。
これまでのモンスターたちをすべて思い出す。
「た、確かに……モンスターが何かを食べているシーンって見たこと……。
い、いや! あった!! カイルーンで見た『軍隊鼠』だ!」
カイルーンで遭遇した群れを成すモンスター。
『軍隊鼠』が食い散らかしていたシーンを思い出すインベント。
「ほう?」
「で、でもあれ以外に食ってるシーンは見たことないかも!」
「一切無いと思ったが、さすがモンスター大好き少年よのう。
ま、モンスターは食事をせん。テリトリーに侵入した動物や人間を襲うのは食うためではない。
モンスターが襲う理由はただ荒ぶっておるからよ。
おそらく普通のモンスターはのう、幽力が暴走したせいでモンスター化しとる」
「ほ、ほほう!」
「まあ恐らくじゃがのう。
【読】のルーンのおかげでモンスターの幽力も感じることができるが、モンスターは幽力が桁違いに増える。
だが制御できなくなるのかもしれんな。モンスターの身体の中で幽力が暴走しているような感じになる」
クリエにしかわからない【読】を使ったモンスター分析。
インベントは興味津々だ。
「へえ~。あれ? でもカリューはすごくおとなしいですよね?
む? それにご飯も食べる? あれ? どうして?」
「カリューはのう、幽力が暴走してモンスター化したわけではない。
あの子は元々普通の猪だった。私と出会ったのはもう40年以上前」
インベントは「ほえ~」と声を漏らす。
そしてある疑問が浮かんでくる。
「あれ? てことはカリューって40年以上生きてるってことですか?」
「ふふ、そうよ」
「むむ? モンスターって短命なんじゃ?
ん? そもそもカリューはいつからモンスターに?」
モンスターは短命。
これはイング王国の国民であれば知っている常識である。
モンスターはベースとなった動物に比べて異常に強力な生物になる。
もしも寿命まで長ければ、イング王国の森林はモンスターだらけになってしまう。
食物連鎖が崩れていくはずなのだ。
だがそうならない理由は、モンスターが短命だからである。
これは研究の成果ではなく、モンスターが頻繁に出現するイング王国だからこその常識である。
だから森林警備隊は強力なモンスターが現れても積極的に狩ったりしない。
放置しても勝手に死んでいくのだから問題ないのだ。
町や駐屯地まで接近してきたモンスターのみ対処するのがセオリー。
積極的に、危険を冒してまで狩りに行くのは、インベントぐらいなのだ。
クリエは笑う。
「そうじゃの。カリューがなぜ巨大化したのか教えてやろうかのう。
ちょっと長い話になるが、まあ気長に聞くとよい」
「は~い」
「カリューの話をする前にまず、私の話をせねばならん。
まずは、私の【読】がなぜ進化したのか話すとしようかのう」