噛み合わないふたり
清々しい朝。
インベントが朝食とお茶を準備する。
ある程度回復したロゼは、アイナに状況説明を求めていた。
だがアイナもなにがなんだかわかっていないため、話は拗れていく。
そんな様子だが、インベントは気にしない。
クリエは無表情だが美味しそうにご飯を頬張る。
ロメロはただニコニコしている。
**
朝食が終わり、クリエはインベントの前に立った。
「どうしたんですか?」
「インベントや。ちょっと付き合え」
首を捻るインベントだが断る理由もないので「はい」と言う。
「ちょ、ちょっと待ったあ!」
アイナが急な展開に待ったをかける。
「なんじゃ? 童」
「ど、どこ行くんですか? ふたりで行くんですか?」
「ちょいと散歩にのう」
「い、インベントとふたりで? あ、危ないですよ。
き、昨日みたいに襲い掛かってくるかもしれないし……」
インベントは「やだな~そんなことしないよ~」と笑う。
「だまらっしゃい! アンタはフワフワしてると思ったらいきなりキレちゃうんだから!」
「大丈夫だってば~」
「ほおお~?? だったら、目の前に白いボアが現れたらどうなんだよ?」
「え?」
アイナはインベントに詰め寄る。
「我慢なんてできねえんだろ? お? お? お?
どうなんだよ? インベントさんよお」
「そ、それは……もぎゅもぎゅ」
「ほ~ら! ほらほら! ね、危ないでしょ?」
クリエは無表情な顔でアイナを見ている。
そして――
「優しい女子よのう。
母のような姉のような優しさ」
「え? い、いや、べ、別に」
「あまり心配するでない。
別に取って食うわけでもないし、ちいとばかし話をするだけじゃ」
アイナは「ちょ、ちょ!」と引き留めるが――
「ほっほ、デートの邪魔をするでない。
ほれ、行くぞ。インベント」
「で、デート!?」
インベントは「は~い」とクリエについていく。
残されたアイナは――
「で、デートなのかよ! 否定しないのかよ!」
とプンプンしている。
****
森の中を歩くふたり。
爽やかで鮮やかな森。
本当のデートのようである。
インベントはそわそわしている。
隣に美女がいるから……ではもちろんない。
モンスターがいないか探しているのだ。
「モンスターが好きなようじゃのう」
「え? はい!」
「残念じゃがモンスターとは出会えんよ」
「え?」
「ここら一帯はイノシシの縄張り。モンスターは近寄らん。
それに私がいるからのう。何時間、いや何日経とうがモンスターには出会えん」
インベントは絶望的な顔をした。
『クリエ=疫病神』と位置付けたのだ。それを察し――
「あまり嫌うでない。どうせ明日にはお別れよ」
「あ。そうなんですか?」
「ああ。間違いない。
さあて本題に入ろうかの、そこに座れ」
クリエは座りやすい岩に腰かけた。
インベントにも座るように促す。
「今日、連れ出したのには理由があっての。
少しの間、時間が欲しい」
「時間??」
「少々説明が難しいがのう。
ちゃんと話すから、じ~っとその場に座っていてくれんか」
インベントは「はい」と答える。
「色々と話すことはあるんじゃがのう。
まずはなぜロメロがお前たち――いやインベントを私のもとに連れてきた理由を話そうか」
「ほう」
「ロメロはな、インベントがロメロを殺す男か知りたいのよ」
「ん? どういうことですか?」
「まあ当然の疑問よのう。
ロメロは――近からず遠からず殺される」
「ん? なんでですか?」
「理由はのう――私が予知したからよ。
私は未来予知ができる」
インベントは一呼吸おいて「あ~そうなんですね~」と受け入れた。
「疑わんのか?」
「まあ、あの戦い方を見てますからねえ。
幽結界は使えるんだと思ってましたけど、予知か~、すげえなあ~」
「すぐに信じられるとそれはそれで気味が悪いのう。
まあ未来がわかる。といっても全てがわかるわけではないがな。
信じてくれた礼に、もう少し正確に説明してやるとしようかのう」
クリエはどんぐりを拾う。
「このどんぐりを真上に投げる。
さすれば、どんぐりはインベントに当たる」
「え?」
クリエはぽいとどんぐりを投げた。
どんぐりが最高到達点に達しようとしたとき――
風が吹いた。
どんぐりは軌道を変えてインベントの額にぶつかる。
「いて」
「まあこれが簡単な未来予知。初歩の初歩じゃが、風を読んだ」
「風を――読む。『読』ですか?」
「その通り。
『読』のルーンは風を読むルーン」
クリエは掌を風に向けた。
「ここ数日は穏やかな風よ。気持ちの良い天気が続く。
まあこれも予知といえば予知かのう~」
インベントは「へえ」と頷いた。
「他にも『読』にも動物とコミュニケーションがとれるようになるのも有名かのう。
だがのう、厳密に言うと動物と会話ができるわけではない。
動物から感情の風を感じることができるようになる」
「感情の風?」
「うむ。自然の風以外にも、感情が風になる。
怒りは赤く、細い風。悲しみは青くなびいた風。
『読』のルーンを持つ者は、そんな動物や『モンスター』の感情を風として感じることができる」
インベントは「モンスターも」と鼻をヒクヒクさせた。
クリエはインベントから漂う、会話に飽きてきている風を感じ、あえて『モンスター』という単語を発した。
インベントは上手にクリエに転がされている。
「私は、この能力を風読みと呼んでいる。
風読みは『読』のルーンであれば誰でも可能。
しかしのう、遠くからの風や、感情を正確に読み解くのは慣れや才能が必要。
ゆえに、あまり戦いでは使いにくいのが『読』よ」
インベントは久しぶりにラホイルのことを思い出す。
たった一日だけだがラホイルはノルドに鍛えられた。
結果、【馬】と『読』の力を利用した探知術は体得したことを。
ただ、代償としてラホイルに心の傷を作ってしまったのだが。
「ちなみにの、『読』を鍛えればモンスターを回避することができる」
インベントがあからさまに嫌な顔をした。
クリエは溜息を吐き――
「逆に言えば、モンスターを次々と発見することもできる」
「おおお~!」
「ほんにモンスターが好きよのう。
まあとにかく、『読』のルーンは動物やモンスターの感情を読むことができる。
厳密に言えば感情の風を感じることができる」
クリエは両手を合わせ目を閉じた。
「これが『読』の力。
いや、『読』を使いこなした力よ。
だがのう、『読』の力を使いこなした程度では、人間の感情を読むことはできん。
なぜなら、人間は動物やモンスターに比べ狡猾で不可思議で端倪すべからざる存在だからよ」
クリエは少しだけ語気を荒げた。
そしてクリエは刮目し、インベントの眼を見る。
インベントは首を傾げている。
「簡単に言えば、人なんてものは腹の奥で何を考えているのかわからんということよ。
よっぽど……モンスターのほうが可愛い」
「ああー! 確かに!」
クリエは笑う。
「話が逸れたの。
どれだけ『読』を極めようとも、ごく僅かな未来しか予知できん。
じゃがのうインベントよ。おぬしならわかるじゃろう。
ルーンと向き合い、そして死中求活を経験した先、現世と幽世の力の均衡が崩れた先――」
インベントは首を傾げに傾げる。
「ルーンの力は格段に向上する」
インベントは「おお!」と歓喜する。
インベントはちゃんと理解できていないが、『クエストをこなすとルーンがパワーアップ!』みたいなRPG的なことだと理解した。
だが――
「進化した【器】の力を手に入れたおぬしのようにのう」
続くクリエの言葉に、インベントは首はおろか、腰まで傾げている。
クリエはインベントから発せられる困惑の風に戸惑った。
「ふむ? どうしたんじゃ? インベント」
「ん~? ん? え~っと……」
首を傾げ合うふたり。
クリエは、インベントの『器』のルーンはパワーアップしていると思っている。
なにせ、インベントの『器』は一般的なレベルを大きく逸脱している。
だがインベントの『器』は別にパワーアップなどしていない。
ただひたすら使いこみ、モンブレの世界からインスパイアされた情報を基に日夜開発を続けた結果だ。
「む、むむむ? おかしいのう?」
「え? あれ、どういうことですかね?」
『進化した【読】のルーンは、未来予知ができるようになる』
――という結論を話す寸前、クリエの会話は盛大に道に迷った。
ルーンの力を使っても、会話の未来予知はできないのだ。