黒い風
白い大型ボアタイプモンスターを引き連れてやってきた少女。
名はクリエ・ヘイゼン。
デリータ・ヘイゼンの姉である。
ちなみにデリータは御年51歳。つまり――少女なのは見た目だけである。
クリエのルーンは『読』。姉弟で同じルーンである。
更にデリータ同様に門を開いており、デリータ同様――いやデリータ以上の超人的な予知能力を有している。
そんなクリエは、ロメロがルザネアにやってきた時点で気づいていた。
ロメロがクリエを訪ねてきていることにも気づいていた。
だがクリエはロメロと会う気は無かった。
クリエはとある理由で、人間社会との繋がりを完全に断っている。
旧知の仲であるロメロだとしても会いたくはないのだ。
そしてロメロたちと会いたくなかった理由がもう一つある。
(ロメロほどではないが、威圧感のあるだれかが一緒にいた。
はじめのうちは気色悪い風……。
徐々に気色悪さに磨きがかかり……。
今日になって強烈な悪意の風をまき散らしおって)
クリエがロメロたちと会いたくなかった理由。
それは――インベントである。
インベントはモンスターを狩れない状況が続き、禁欲状態だった。
だが本日、ラットタイプのモンスターを虐殺しご満悦。
いや、物足りなさを感じていた。
「うふふ」
そんなインベントがやってくる。
モンスターの返り血が頬に少しだけかかり、狂人ぽさが演出されているインベントがやってくる。
クリエが感じているインベントから漂う風は、ドス黒く、そして冷たい。
ただ爽やかさもある。そんなよくわからない風。
とりあえずクリエはインベントを『危険人物』と判断した。
茂みの中から――インベントが――現れた。
無表情だが、モンスターを嬲り殺したことで少しだけ満たされているインベント。
インベントを見て、クリエは血の気が引いた。
(なんだ? この――妖怪は?)
クリエはインベントを妖怪だと――人ならざるものだと判断した。
一見物静かに見える少年。
だが、その身体の奥に渦巻いている闇。
今にも噴き出しそうな闇は、今か今かと飛び出す瞬間を待っている。
インベントはちらりとクリエを見た。
知らぬ顔。だがロメロやデリータ、そしてクラマと同じような感覚を覚える。
だがそれはインベントにとっては些細な事。
すぐに視線は――ボアに。ボアに。ボアに。
「え、ひひ」
闇が奔走る。殺意が駆ける。
憎しみも、怒りも、恨みつらみも何もない。
純粋な殺意。
そんな黒い風が白いボアに纏わりつく。
目の前にモンスターがいる。
そしてインベントはモンスターを狩りたくて狩りたくて仕方ない。
インベントが白いボアに向かっていくのは自明の理だった。
「ボ! アアアァァァ!」
インベントが爆ぜた。
感情の爆発と同時に、ボアに向けては飛び出すインベント。
武器は丸太とナイフだけ。
だがそれでも構わない。ただただ心のままに。
ボアを殺すのだ。
**
クリエはすぐに気付いていた。
インベントがボアを――カリューに殺意を向けていることを。
驚いたのは、あまりに躊躇なくカリューを殺すために飛び出したことだ。
(状況確認してからの判断が、ヒトのソレではないのう。
やはり妖怪か)
人間は考える動物である。
インベントの視界にはクリエがいた。インベントの知らない人物。
そして白いボアタイプモンスターのカリューがいる。
カリューの近くにはロメロがいる。アイナもいる。
そしてロゼはカリューの背中に乗っている。
様々な要素を踏まえ、普通の人間なら考えが追い付かなくなる状況なはずだ。
しかしインベントは、『モンスターがいる』一点にフォーカスし、すぐさま『モンスターを殺す』判断をくだした。
その異常な判断スピードにクリエは驚いた。
だが――クリエはインベントよりも早く動き出していた。
【読】のルーンが、インベントの行動を予知したのだ。
クリエには黒い風が見えている。
カリューに向かう黒い風を追うようにインベントは駆ける。
クリエは黒い風からインベントの動きを先読みし、インベントの進路に先回りした。
そして両手を重ね――
「うわっ!?」
クリエの両手と、インベントの右肩が衝突する。
盛大にインベントは転げまわった。
それでもインベントは止まらない。
すぐに立ち上がり、カリューをロックオンする。
だが――
「――止まれ、童」
クリエがインベントの目の前に立ち塞がる。
インベントは冷たい目でクリエを見る。
インベントからすれば、クリエはモンスター狩りを邪魔する人間だからだ。
(ナンデ? ジャマスル?)
インベントの意識する対象が、カリューからクリエに移る。
黒い風がゆっくりとクリエに纏わりついてくる。
クリエは小さくて綺麗な女の子だと認識するインベント。
と同時に、ロメロやデリータ同様の違和感も感じている。
そして――ある人物を思い出す。
小さい女の子。だが危険な女の子。
イング王国とオセラシア自治区の国境沿いで出会った女の子。
【樹】のルーンを操り、インベントを殺害しかけた女の子。アドリー。
アドリーはインベントに対して敵意を持っていた。
それに対しクリエは敵意を持っているわけではない。
だが……そんなことはインベントにはどうでもよかった。
(邪魔……するな!!)
クリエに対し『ぶっころスイッチ』が起動する。
クリエを『人型モンスター』と認定してしまったのだ。
クリエからすればインベントの急な心変わりが理解できない。
大型の白いボアであるカリューは、見た目はモンスターである。
モンスターを殺そうとする感覚は、クリエも理解できる。
だが、躊躇なく人間であるクリエまで殺そうとしてくる感覚は理解ができなかった。
さすがのクリエでもまさか自分自身が『人型モンスター』として扱われているとは思わない。
(丸太ドライブ――壱式!)
クリエとインベント。
ふたりの距離は二メートル。
インベントの射程範囲内である。
インベントは左手を振るい、収納空間から丸太を射出しクリエを攻撃しようとする。
まともに喰らえば、重傷は免れない攻撃。
だが――クリエは左手から発生する恐ろしく粘っこい黒い風を避けるように距離を詰めた。
「ぐっ!?」
クリエはインベントの左手首を右手で掴む。
直後、クリエの背後で丸太が転がる。
(丸太だと? 【器】か?)
クリエも幽結界が使える。ゆえに見なくても自身の背後に丸太が落ちたことを確認した。
そして――丸太が収納され消えたことも確認する。
インベントは右手でクリエを殴ろうとした。
クリエはインベントが右手を振りかぶっている段階で、手首を掴んだ。
インベントの両腕が塞がれた。
だが――両腕を使わずとも、インベントは収納空間を使用できる。
(丸太ドライブ……参式!)
クリエの頭上から丸太が落下してくる。
だがそれも予知しているクリエは、インベントを押し倒し回避した。
「ぐええ!」
クリエは掴んでいた両手を交差させながら押し倒したため、インベントの首を絞めるような状態になる。
そしてクリエは叫ぶ。
「おい! この童をどうにかしろ! ロメロ!」
――と。
呑気に観戦していたロメロは「はいはい」と近寄ってくる。
これにて一件落着?
だが――
首を絞められながらも、インベントの『ぶっころスイッチ』は止まっていない。




