マクマ隊とノルド隊②
「……俺は勝手にやるからお前も勝手にやれ」
マクマからノルドと同行する許可を得てきたインベントを見て、ノルドは吐き捨てるように言った。
「は、はい」
「日が暮れる前には帰る。さすがに野宿は危険すぎるからな」
「なるほど! あの~……戦い方を見させてもらってもいいですか?」
ノルドは不敵な笑みを浮かべつつ――
「……好きにしろ。ついてこれるなら……な」
そういってノルドは走り出した。
とんでもない速さで。
「う、嘘でしょ?」
まさに風に乗ったかのようなスピードで走るノルド。
ノルドのルーンは【馬】と【向上】。
【馬】のルーンは脚力が大きく向上する。
【向上】のルーンはその名の通り身体能力が向上する。
走ることに関してはこれほど優れたルーンの組み合わせは無い。
インベントは反発移動で追いかける。
だが――速すぎて追い付けない。
(も、もう見えない! な、なんて速さ!
くそ~なんでみんな足が速いんだよ!!)
森林警備隊に入ってから、足の速さに劣等感を覚えているインベント。
これまではどうにか追いつけたが、ノルドの足の速さはレベルが違う。
どれだけ反発移動を連発しようが追いつけるとは思えない速さ。
(……あんまりやりたくないけど、仕方ないか)
インベントは小高い岩に登った。
(もう見失っちゃったけど……とにかく追いかけてみよう)
**
(撒いたか??)
五分ほど走り、ノルドは立ち止まり振り返った。
(肉体強化系ルーンなら追い付けるかもしれないが……まあ難しいだろうな。
一応真っすぐ走ってやったからやる気があれば追い付けるかもしれん)
インベントが本当にやる気があるか試すために、敢えてぶっちぎりのスピードで走ったノルド。
一匹狼だと思っているノルドにとって、新人に付きまとわれるのは面倒なのだ。
故についてこられなくてもいい。そう思って走った。
だったらそもそも断ればいいのだが……そこはまあ少しだけ……期待はしているのだ。
来なくていい。来なくてもいいが……まあ頑張って来たのなら少しぐらい何か教えてやってもいいか。
そんなややこしく、面倒な感覚である。
「フン……」
とは言えノルドは誰かとつるむ気は無い。
様々な理由や要因がこんがらがり、一匹狼の『狂人』と呼ばれている。
(諦めたか……ん??)
何かが急接近していることを感じ取ったノルド。
(どういうことだ??
何かが近づいている気がするが……どこからか読めん? アイツなのか??)
もしものために剣を構えつつ急接近する何かを待つノルド。
「――うぉぉ!」
声が聞こえる。
だがどこから聞こえるかわからない。
人間の耳は位置を把握する能力は乏しいからだ。
(……上かッ!?)
青空を駆け抜ける……というよりは不格好ながら空を飛び跳ねていくインベントを、ノルドは見た。
「……は?」
インベントは反発移動を連続利用し、空中を一直線に飛んでいたのだ。
反発移動は思った通りの方向に移動できない。
飛距離にもバラツキがあるし、方向の微調整はできていない。
つまり障害物の多い森林の中で使うのには適していないのだ。
そしてインベントは考えた。
障害物があると反発移動の力が発揮できないなら、空を移動すればいい――と。
(ぎゃあああ! 怖いいい!!!)
反発移動の連続使用をすることでインベントは飛んでいるが、問題がある。
反発移動を連続で繰り出すことに必死なので周りを見ている余裕がない。
そして着地が難しいのだ。
結果、待っていたノルドを通り越して飛んでいってしまった。
待っているつもりだったノルドが、何故か追い抜かれている状況である。
(……これは、追いかけたほうがいいんだろうか??)
ノルドはまさか追い抜かれ、そのまま放置されるとは思っていなかったので目を細めた。
(これ以上先は危険区だし……仕方ないか)
拗れてはいるものの、実はノルドは面倒見が良いのだ。
**
インベントは反発移動の連続使用で発生した推進力をどうにか殺しつつ、不時着した。
着地の際に肩を強く打ったが大事には至らなかった。
(痛ちちちち、もう少しどうにかしないとダメだなこりゃ……)
体勢を整えつつ、周囲の様子を探った。
(ノルドさんは……いないな。よく考えたら反発移動でスピードは出せても、視界はかなり狭まっちゃうんだな~)
「おい」
「あ、ノルドさん」
背後から現れたノルドに驚きつつも、出会えたことに歓び笑顔になるインベント。
「……お前、空を飛べるのか??」
「あ~飛んだと言えば飛んでますかね。あんまり上手くできてないですけど」
「そ、そうか」
ノルドは言葉に詰まった。
(コイツのルーンはなんだ?? 空を飛べるルーンなんて聞いたことが無いぞ。
【星天狗】じゃあるまいし……。
ル、ルーンが何か聞いてもいいものか……)
基本的には他人のルーンを詮索することはご法度とされている。
同じ部隊の場合ルーンや戦い方を共有するが、基本的には自分のルーンはばらさない。
ルーンは女性のスリーサイズのようなものなのだ。
大切な人には教えてもいいがベラベラ話すものではない。
「さて、モンスター倒しましょう!」
インベントのルーンが【器】であることはすぐに露見する。
インベントは別に隠そうとしていないので、収納空間からアイテムをぽいぽい出すからだ。
ただ、【器】で空を飛ぶ発想にはならず、ノルドは【器】と何か他のルーン持ちだと思い込むのだった。
**
(やるか……)
インベントの奇想天外さに平常心を乱されたノルドだが、いつも通りモンスターを殺すモードに入った。
深呼吸し、集中する。
そしてモンスターの気配を探りつつ静かに移動する。
インベントが同行しているので、音が出ないような道を選択しつつ、モンスターを探す。
(……いたな)
ノルドはウルフタイプのモンスターを発見した。
インベントはまだ発見していない。
ノルドは石を放り投げ、注意を逸らす。
と同時に飛び出した。
インベントから見れば、石を放り投げたと思ったらノルドが消えている。
次の瞬間には、ウルフタイプのモンスターは胴を真っ二つにされていた。
(な、なにが起こったのか全く分からない……!)
ノルドは辛うじて意識を保っているモンスターを見つめた後、頭蓋を破壊した。
その後、ちらとインベントを見たが、すぐにすたすたと移動してしまう。
淡々と午前中だけで四体のモンスターを殺してしまった。
**
「ふう……」
ノルドが休憩をとるので、インベントも休憩をとることにした。
ノルドは懐から、団子のようなものを取り出し食べている。
緑色の団子はどう見ても美味しそうではない。
「あの……それってなんですか?」
ノルドは団子のようなものを一つ投げた。
「一つやる」とのことで、インベントは食べてみた。
「お、オエエ! な、なんだコレ!!」
口の中一杯に広がる草原を感じ、インベントは吐きそうになった。
「薬草と雑穀を練り合わせている。身体に良い」
「す、凄いですね……ま、マズイ!」
ノルドは少しだけ笑った。
「よ、よかったら何か食べますか??」
「ん?」
インベントは収納空間から、肉やパンを取り出した。
収納空間は状態をそのまま保存するため、温かく美味しい匂いが辺りに立ち込める。
インベントは収納空間から目にも止まらぬ速さで出したため、あたかもいきなり手から食材が飛び出したかのように見えた。
ノルドは驚いたが、冷静に分析し――
「……【器】か?」
「あ、はい」
「……珍しいな」
【器】持ちの隊員はそもそも少ない。
更に前線に出てくる【器】持ちは皆無と言っていい。
ノルドはルーンに関してはある程度詳しいが、【器】に関してはほとんど知らない。
「おい」
「他にもチーズとかも……」
「全て、仕舞え」
「え?」
「全て――仕舞うんだ」
「は、はい」
インベントは一瞬で全てを仕舞った。
「……ハア。一つ言っておく」
「はい」
「匂いがきつい食べ物は持ち歩くな。モンスターにばれる」
「あ……なるほど」
「もっと言うと、お前の服は綺麗すぎる。洗うなとは言わんが、水洗い程度にしろ。
モンスターを殺す場合、先制できるかどうかが大事だ。
気配の読み合いをする場合、モンスターの嗅覚が一番厄介だ」
ノルドの服装は見すぼらしい。襤褸を纏っていると言われても仕方がないレベルだ。
それはノルドがモンスターを殺すことを念頭に置いているからである。
それに対し一般的な森林警備隊の面々は、人間の匂いを出すことにより安全領域を拡げようとしている。
インベントは、ノルドが敢えてみすぼらしさを選択していることを知った。
そして再度「なるほど」と呟いた。
**
昼食を終え、ノルドはまた歩き出す。
15分経たずにモンスターを発見し、いとも簡単に斬った。
「……あの、一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「どうしてそんなにモンスター探せるんですか?」
「……帰りに教えてやるから待ってろ」
「わかりました」
その後、ノルドは日が落ちる前までモンスターを狩り続け、八体のモンスターを殺した。
インベントはなんとかノルドのモンスターを狩るシーンを目に収めつつ、恍惚な顔をするのだった。
そして――
(……なんか気持ち悪い野郎だな)
とノルドに思われたのだった。




