夜警
夜警。
夜間、見回って周囲の犯罪を警戒すること。またはその役割の人。
夜の森は非常に危険である。
人間は夜目が利かないし、鼻も利かない。
一寸先は闇の状況でモンスターと対峙すれば、普段は雑魚レベルのモンスターでも強敵に変わる。
モンスターが夜行性なのか? 夜目が利くのか?
それはわかっていない。調べる方法が無いのだ。
モンスター研究家でもいれば別だが。
だからこそ夜間のモンスターは非常に恐れられている。
疑心暗鬼で必要以上に恐れているのかもしれないが、とにかく危険なのは間違いない
それでも、どーしても、森の中で野宿をするのであれば、適性のあるメンバーが必要になる。
周囲を探知できる【人】のルーンや、ノルドのように野生の勘を磨く必要があるが【馬】や【猛牛】のルーン。
そして事前に危険を察知できるデリータは、最も適性が高い。
ただしオンリーワンな存在である。
そしてもしも襲われた場合に、モンスターに対処できるレベルのアタッカーも必要になる。
そこまでして野宿をする必要が果たしてあるのか?
ほとんどの場合、NOだろう。
だが、今回はど~しても白いボアタイプモンスターをインベントに見せたいとロメロは思っている。
いや本当の目的はもちろん別にあるのだが、どちらにせよ夜営せざるを得ない。
ちなみに『Mr.非常識』のロメロだが、単独であれば夜営なんて屁でもない。
ロメロからすれば、昼でも夜でも関係ない。
幽結界があるので、間合いに入ってくればサクっと殺してしまえばいい。
熟睡でもしない限りは、ロメロがモンスターに後れを取ることはない。
だったらなぜ、ロメロはロゼを連れてきたのか。
一つ目の理由は、ロメロの幽結界は範囲が狭いからだ。
自分自身を守るだけなら簡単なのだが、仲間を守るのは多少大変なのである。
そしてもう一つの理由。
それは――めんどくさいからである。
ロメロの思考回路は、
『夜警するなんて面倒だな~。よ~しロゼに全部任せちゃえ☆』――である。
ちなみにロメロは夜警はそれほど難しいことではないと思っている。
適正者ならできて当然。『だって練習していない俺でもできるんだから』。
つまりレイシンガーからしっかり教わり、練習したロゼなら楽勝だと思っている。
だがロゼからすれば、『夜警の失敗=部隊の全滅』だ。
四人の命は、ロゼの手腕に懸かっていると思っている。
つまり、ロゼはかなりの緊張感をもって夜警にあたることになる。
**
ロメロは「あそこにするか~」と夜営場所を決めた。
それは小高い丘。
理由は見晴らしが良いからである。
ロゼは苦笑いだ。
(よ、『宵蛇』で夜営は何度もしたけど、いつも守りやすい場所だったわ……。
少なくとも背面は警戒しなくてもいいような場所だったのに……)
ロメロが適当に選んだ場所。
それは360度パノラマビュー。
周囲を見渡すには絶好のロケーション。
ロゼからすれば360度全方位警戒しなければならない場所。
絶対に選ばない場所。
(……も、もっと安全な場所にすればいいのに。
ふ、副隊長……)
ロゼは「ふ、ふ、ふ」と声を漏らす。
「副隊長」と声をかけたいのだ。「場所を変えましょう」と言いたくて仕方ない。
そんな時――ロメロの視線とロゼの視線がぶつかる。
ロメロの期待の眼差し。いや……特になにも考えていない顔だ。
だがロゼには期待の眼差しにしか見えなかったのだ。
提案? 弱音? 言えるはずもない。
だって、見栄っ張りなのだから。
「お、おほほー! それじゃあ早速夜警の準備しなくっちゃ」
「あ~、なんか手伝おうか? ロゼ」
アイナが声をかけるが、ロゼは「問題ありません~。お、お任せあれ~」と駆けて行ってしまった。
アイナは「なんか変だな」と呟いたが、ロゼは一目散で夜警の準備に行ってしまったのでスルーした。
**
(い、急がないと!)
ロゼは焦っていた。
初めてのひとり夜警だから? 確かにそれもあるが、理由は他にある。
本当に時間が無いのだ。
【束縛】を使った夜警術は、夜営場所周辺の木々にロープを巻き付け、そのロープと触手を連携することで結界を作成する。
つまりロープを木々に巻き付ける時間が必要なのだ。
なにせいつもと違い警戒範囲は360度。ただでさえ時間がかかる。
更にロメロが野宿することを言わなかったため、ロープが足りない。
ロープが足りないのに、いつも以上に夜警範囲が広い。
仕方がないので蔓を集めてロープの代わりにした。
そんなこんなで時間は過ぎる一方。
そして準備が完了するとすぐに仮眠をとるロゼ。
結界を起動すればもう寝ることはできない。つまり朝まで起き続ける必要がある。
無理やりにでも寝なくてはいけない。
**
結界発動前。
アイナに手伝ってもらい、問題なく結界が動作するかチェックする。
そして――結界を起動する。
ちなみにこの結界術はレイシンガーよりもロゼのほうが適性が高い。
レイシンガーの触手は力強いが大雑把。
それに比べロゼの触手は、繊細で緻密な操作を得意とする。
(よし……問題ないわ)
ロゼは不安もあるし緊張もしている。
だがひとりでもしっかり夜警をこなせる自信はある。
なぜなら短期間で大きく成長した自負があるからだ。
インベントがロメロと遊んだり、アドリーにぶっ殺されかけたり、クラマに鍛えてもらったり、そしてまたロメロとイケナイ遊びに手を出したり。
インベントが奇妙で濃密な経験を積んでいるそんな間、ロゼだって素晴らしい環境に身を置いていた。
15歳の少女が『宵蛇』という超エリートの集団に身を置いていたのだ。
特にレイシンガーの存在が大きかった。
【束縛】のルーンはレアだが、レイシンガーという偉大な先輩がいる。
性格的には多少の問題があるが、レイシンガーはしっかりとロゼを教育した。
(……今の私なら、できる!)
ロゼは両手を合わせ、触手を最低限の出力だが広範囲に拡げる。
ロープや蔓と絡み合う触手。あとは――
(朝まで持続させるだけ。技術と――気合ね)
【束縛】は燃費の良いルーンではない。
考えなしに使用すれば一気に幽力を持っていかれる。
ロゼは【束縛】のルーンと向き合ってきた。
その結果、触手は感情と深い関係性があることを知る。
触手を力強くしたいのであれば、感情を昂らせればよい。
『宵蛇』入隊前にレイシンガーがロゼを挑発し、最終的にロゼは『死ね死ねガール』になった。
あの時のように、強い殺意を持てば呼応して触手は力強くなる。
逆に、夜警用の結界には力強さは必要ない。
求められるのは持続的かつ安定した触手を展開し、ロープと連携させることだ。
感情を爆発させた『死ね死ねガール』状態とは真逆の精神状態が求められる。
心穏やかに。座禅するかのように。
まるで草木のように。
意思はいらない。
ロゼは暗闇の中、結界の一部となっていく。
****
無心。
植物のように心を持たないこと。
結界の一部になるためにはベストの状態だが、無心になるのは中々難しいものだ。
特に、ロゼにとっては。
(無心……無心よ
ハア~お腹がすいた気がするわね。
あの串焼き美味しかったですわね~。ハッ!?
無心よ! 無心!)
(この任務が終われば、ロメロ副隊長から多大な信頼が得られるかもしれないわ。
うふふふ、そうなれば……ハッ!?
む、無心よ! ロゼ! 無心になるのよ!!)
(……虫がうるさいわね。
無心……無心……、虫~ん。
ぷぷぷ。虫~ん。
だ、だめだめ!
む、無心! 無心!!)
ロゼはぼーっとできるタイプではない。
常になにかを考えているタイプなのだ。
この結界は、やればやるほど、ロゼの神経をすり減らしていくのだった……。