悲劇の始まり
ルザネアの町、二日目――
朝の散歩がてら焼きたてのパンを大量に買い込む。
朝食として各々ひとつ食べ、幸せな気分になった。
そして、残ったパンはやはり収納空間に。
インベントの収納空間の中は、まるで一軒の料理屋のようになっている。
美味い夜店の飯と、朝の焼き立てパン。
出会えそうで出会えない朝と夜がマリアージュした最強の料理屋だ。
残念なことに料理屋『キッチン収納空間』は、世界と隔絶されており遮蔽性抜群。
外部にその匂いが漂うことはない。
(あ~あ、パンじゃモンスターは殺せないよ……。
特にルザネアのパンは柔らかくて美味しいから、武器にはならないなあ。
モンスターをおびき寄せるのに使えるかな??)
収納空間が間違った使い方をされている状況を嘆きつつ、きっちりと整頓することは欠かさない。
つい最近まで、重量級の装備を身にまとい、大量の徹甲弾を収納していた。
まさに武器庫だったのに、今は料理庫なのだからインベントが不満に思うのも仕方がない。
あるべきものが無い状況で、落ち着かないインベントだが、ロメロはそんなこと気にしない。
「さあて、白いボアを見に行くとするか!」
ロメロの号令に、三人は顔を見合わせた。
「だ、旦那」
「ん? なんだアイナ」
「い、今から行くのか?」
「そうだぞ」
「と、遠いのか?」
「ハハハ、まあ遠からず近からず」
渋い顔になる三人。
ロメロは『白いボア』に関して、全くと言っていいほど説明しないし、はぐらかす。
結果、今日のプランが見えないのだ。
「と、とりあえずついていけばいいってことだな?」
「ま、なるようになるさ、ハハッ」
アイナは「ハハッ――じゃねえよ……かったるいなあ」と愚痴るがロメロはやはり気にしない。
次にインベントが「あのお~」と手を挙げた。
「なんだ?」
「俺……武器が無いんですけど。てか食料だらけ」
「うん! そうだな! 武器は……ダメだ!」
「え!? なんで!?」
「だってお前、まだ病人扱いだからな~。戦いは禁止!」
「ええ~!」
「ほら、アイナからも言ってやってくれ」
アイナは溜息交じりに、「本来絶対安静なんだから戦おうとするなよ……」と言う。
「そうだぞ~。白いボアモンスターが見られるんだから我慢しておけ」
「うう~……はあ~い」
インベントを戦わせない。
これは馬車の中でロメロとアイナが約束したのだ。
とはいえ、インベントは動き出したら止まらない。
だったら動き出せないように武器を奪ってしまえばいい。
幸い、先のロメロとの戦いで武器は使い切っている。
収納空間の中は丸太とナイフを一本。
それ以外は食料しか入っていないのだ。
ロメロからすればアイナとの約束は守った。
(これで大暴れはできないだろうな。さすがに手持ちの武器が無いんだから。
まあ~それでも暴れだしたら……仕方ないよな。
仕方ない仕方ない。ふふふ)
****
ルザネアの町を出て西に進む一行。
森林地帯が続くが、不穏な気配がしない森である。
森林警備隊に属する人間だからこそわかる、『なんとなく安心な森』である。
その安心感で、インベントたちはルザネア周辺の森が本当にモンスターが少ないことを肌で感じるのだった。
ただの散歩が続く。
まるでハイキングをするかのように。
昼になればインベントが収納空間に収められた料理と、美味しいお茶を提供する。
そしてまた歩き始める。
だが……モンスターは一向に現れない。
痺れを切らしたアイナがロメロに問う。
「なあ……どこまで行くんだよ? やっぱり白いボアなんていないんじゃねえの?」
ロメロは「ははは、焦るな焦るな」とマイペースに歩みを止めない。
「で、でもよ~これ以上進むと町まで戻るのが大変になるぞ」
町を出てから五時間以上経過している。
ゆっくり歩いてきたとはいえ、戻るのには同じぐらいの時間は必要である。
「ハハハ。戻らんよ」
「え?」
「ほ?」
「え?」
ロメロは笑う。
「白いボアは、ちょ~っとばっかり勘がよくてな。
近くにいるとは思うが……すぐに出てきてはくれないだろうな。
人間を襲う気が無いから、まあ~気長に待つしかないんだよなあ。ハッハッハ」
「き、気長に待つったって……どこでだよ? 旦那?」
「ん~? まあ……見晴らしのいい場所かな」
「ま、待て待て! の、野宿する気か?」
「ハハハ。そうだぞ」
「お、おいおい! る、ルザネアの近くの森だからって野宿なんてできるわけない!
もしも野宿やるんだとしたら、【人】のルーン持ちが二人は必要だぜ?」
ロメロは微笑みながらアイナたちに近づいてきた。
「確かにイング領内で野宿するなんて自殺行為だ。
たとえルザネア周辺だとしてもな」
「そ、そうだろ」
「一般的には【人】のルーンが複数名と必要だと言われているな。
ま……普通はやらないよな。【人】もレアなルーンだし。
だがな……俺たちの中にとんでもなく優秀で、ものすご~く将来を期待されているやつがいる。
たったひとりで夜間でも安全を確保できる超優秀なやつがな」
べた褒めのロメロ。
アイナはインベントの顔を見た。
インベントは手を振り『俺じゃない』とアピールした。
つまり――
アイナとインベントはロゼを見る。
ロゼは当然、ロメロが言っているのはロゼであることは気づいていた。
だがロメロの目を見れずにいた。
(ろ、ロメロ副隊長ったら……。
ま、まさか夜警役として私をアテにしていたのね。
も、もう~、先に言っておいて欲しかったわ)
【束縛】を利用した夜警術。
レイシンガーから習い、問題なく習得している。
だが一人で完璧にこなせる自信はまだ無い。
なぜなら『宵蛇』には、圧倒的な危機感知能力を有するデリータがいる。
更に【人】のルーンをもつエンノもいる。
これまでも、最悪ロゼが失敗しても尻ぬぐいできる布陣だった。
そもそも入隊したばかりのロゼに全て任せるほど『宵蛇』は鬼畜集団ではない。
すべての責任がロゼに圧し掛かる状況での夜警は初めてなのだ。
そんなことをロメロは知らない。
ロゼとロメロは『宵蛇』で一緒に過ごした時間が無いからである。
不安と責任の重さで、ロゼの胃はキリキリ痛む。
だが――
ロメロの賞賛がロゼを羽ばたかせる。
褒められると舞い上がる。
見栄っ張りで、カッコつけで、上昇志向の強い女。
それがロゼ・サグラメントなのだ。
「お、おほほ! 夜警は私にお任せですわ!」
「お! さすがだな~! 頼りになる」
「ど、ド~ンとこいですわ!」
――ここから悲劇が始まる。