クソ
「おうおうおう~、こんな朝早くにお出かけかい?」
強引に馬車を止め、ズカズカと馬車に乗り込んでくるアイナ。
きょとんとしているインベントとロゼ。
めんどくさそうな顔をしているロメロ。
アイナはロメロを睨みつけた。
「ロメロの旦那。インベントって絶対安静なんですけどねえ」
「あ~……そうなのか? はは、もう十分元気そうだぞ」
アイナは嘲るように笑う。
「確かにインベントは元気そうだけど、外出していいのか決めるのは誰ですかね~?
ロメロの旦那ですかね~? インベント本人ですかねえ~?」
「いや……そりゃあまあ、病院の人かな」
「あ~よかった~。非常識なロメロの旦那でもちゃ~んとわかってるじゃないですか~」
「む!?」
ロメロは少しだけ顔を顰めるが、アイナは無視して話を続ける。
「で? 今度はインベント連れ出してどうするつもりなんですかねえ?」
「いやあ~……まあちょっとな」
「ちょっとなんなんすか? ちょ~~っとまた模擬戦でもしようってか?
模擬戦で今度こそぶっ殺しちゃうんすかね~?」
「違う違う。戦うつもりはないぞ」
「ほお~? で、な~にするんですか?
聞くところによると、この馬車はルザネアに行くそうじゃないですか」
「むむ……そこまで知っているのか……」
「こちとらカイルーン生まれカイルーン育ちなもんでねえ。
調べりゃあす~ぐわかるっつ~の。で、そんな遠くまで行ってなにを企んでるんすか?
ねえ! どうなんすか! ロメロの旦那!」
ロメロは口籠るが、アイナは沈黙を許さない。
仕方なくロメロは話し出す。
「も、モンスターをだな……インベントに見せてあげようかな~って」
「は?」
インベントが反応し、「白くて大きいボアタイプだよ!」と言う。
それに対しアイナは渇いた声で笑う。
「へっへ、そりゃあ~すげえな~。
でもおっかしいな~! そもそもな~んでモンスターの居場所を知ってるんですか~?」
「む?」
「それも――あの『神寄りの町』。
あの町ってモンスターがほとんど現れない、奇跡の町でしょ?」
インベントは「ええー!?」と悲鳴に近い声をあげた。
『NOモンスター、NOインベント』である。
「ハアア~ア! インベントを騙して今度はなにを企んでんだ!?
こんのバカロメロ!」
「お、俺……騙されてたのか……白いボア……」
「まったくう! インベントもほいほいひっかかるんじゃねえ!
この男は『宵蛇』の副隊長で、めちゃくちゃ強いけど、人間性はクソ野郎なんだからな!」
アイナの暴言に、ロゼが反応する。
「あ、アイナさん! クソ野郎とは失礼な!」
「あ? なんだとこのカマトト女!」
「ロメロ副隊長がクソなわけないでしょう!」
「クソだっつうの! 超がつくほどのクソ!
自分勝手で、気分屋で、女心もわからねえ鈍感男!」
「嘘おっしゃい!
あの『陽剣』よ!? 最強の男なのよ!? クソなわけないわ!」
「かああー! なーんもわかってないな!
ちゃんと見ろ! しっかり見ろ! 外面と経歴に騙されんな!
だからロメロの旦那の手先として、利用されちまうんだよ!」
「り、利用ですって!?」
「へへん。ロゼだけが残るなんておかしいと思ったんだよ。
『宵蛇』の中じゃあ一番の下っ端のはずのロゼだけが残るなんてどう考えてもおかしい。
そんでもって姿を消したロメロの旦那。
す~~ぐピンときたぜ。ふたりは繋がってるってな」
ロゼは図星だったのか、目が泳ぐ。
「ロメロの旦那のことだ。ど~せクソみたいなこと考えてるんだと思ったぜ。
ロゼは挙動不審にカイルーンの町を動き回って、旦那潜伏してる宿に行ったり、法外な値段で馬車の準備までしてやがったからな。
あとは……出てくるタイミングを待ってたわけよ」
アイナの推理はほぼ全て当たっていた。
その証拠に、ロゼは押し黙るしかなかった。
インベントは悲しさと哀しさが入り混じった顔だ。
期待したモンスターに会えない悲しみは、海よりも深い。
だが……アイナの推理はひとつだけ外れていた。
そのたった一つが、この窮地を救う。
「フフフ……」
「ん? 観念したか?」
「さすがはアイナ隊長……といったところかな。
俺のことまでよく理解しているな。フフフ」
「……なんだよ。気持ち悪い~な」
「だがひとつだけ間違っているぞ。アイナよ」
「んあ? てかひとつ以外は正解だって自白してんじゃん」
「ええいうるさい! だがこのひとつが重要なのだ!」
「はいはい。で? なんだよ」
ロメロは高らかに笑った。
(俺は『陽剣』。最後の最後には絶対に勝つのさ)
「泣くなインベントよ」
「へ?」
「モンスターは――――いる!」
「ええー!」
「白いボアタイプは、絶対にいる!」
一気に顔が明るくなるインベント。
「お、おいおい! 嘘つくなよ旦那!」
「ハッハッハ! 嘘じゃないさ。
モンスターは絶対にいる」
「あ、ありえねえよ。
モンスターの居場所を把握してるってだけで眉唾物なのに、さらに『神寄りの町』にいるってか?」
「ま、ルザネアから少~しだけ離れた場所だがな。だが絶対にいる。
命を懸けてもいいぞ。全財産賭けてもいい。絶対にいるからな」
「ぐぬぬぬ」
ロメロはロゼを指さした。
「それにロゼ」
「は、はい」
「ルザネア行きが極秘任務ってのは本当だ。
それにこの任務は……お前じゃないとダメなんだ。
フラウではだめだ。だからロゼ。俺はお前を選んだんだ」
「わ、私じゃないとダメ?」
ロゼはキュンキュンしている。
偉い人から頼られるのは、ロゼの大好物だからだ。
インベントとロゼ。
どちらも、ロメロに心を掴まれてしまっている。
弱点を見抜く能力にも優れているロメロ。
アイナは舌打ちした。
理屈ではアイナが正しくロメロが間違っている。
本当ならインベントは病院に戻り、ロメロとロゼはさっさと『宵蛇』に帰るべきなのだ。
だがアイナを除く三名の心は、すでにルザネアに向かっている。
人間は理屈で動くのではない。感情で動く動物なのだ。
ロメロは勝ち誇った顔をしている。
そんなロメロに対しアイナは――
『ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか……』
念話を使い、嫌がらせすることに徹するのだった。
**
「あんのお……結局……俺たちはどうすればいいですかあ~?」
法外なお金を貰っているので文句も言えない馬車の御者のふたり。
馬の糞だけがその場に溜まっていった。
クソみたいなタイトルですんません。




