叱られる大人たち
第八章『予言者』スタートです。
ロメロとインベントが戦った日から遡ること10日前。
ロメロはフラフラと出歩いていた。ロメロウォーキングである。
そしてモンスターを斬った。頭蓋から尾までを真っ二つに。
芸術的な斬撃。
ロメロは「ふふん」と鼻を鳴らす。
「――何してるんだ? ロメロ」
「ん~? デリータか。そろそろ来ると思ってたよ」
カイルーンの森の中。
『宵蛇』の隊長と副隊長が出会った。
偶然? もちろん違う。
「……ざわついた風を感じていた。
風には悪意と好奇心が混ざったような、お前特有の風だからな。
どうしたっていうんだ?
ひとりでこんな森の奥まで出歩いて。
それに……モンスターを殺しまくってるな。
モンスターを殺してもお前の渇きは癒えないんだろ?」
「ハハハ、今日はよく喋るな。
ま、そうだな。俺はモンスターに興味ないからなあ。
――だが目的があるとなかなか悪くないものだ」
「目的だと?」
眉間に皺を寄せるデリータ。
「あんまりピリピリするなよ。別に悪いことをしようと思っているわけじゃない。
モンスターを殺すことは悪いことじゃないだろう?
そうさ。人々が暮らす社会に貢献しているじゃないか。
クリエさんは嫌がったが、デリータはそうじゃないだろ」
「ハア……もういい。で、目的ってのはなんだ?」
「近いうち――ちょっと模擬戦でもしようかと思っている」
デリータの顔はより険しくなっていく。
「模擬戦は構わないよ。だが今のお前は……本気で戦おうとしていないか?」
「くふふふ。本気でやれば殺しちまうだろうが。
だが手を抜く気もない。そんな感じだな」
「相手は……インベント君か?」
ロメロは「ああ」と答えた。
「お前が本気を出すレベルに到達したというのか? まだ15歳の少年だぞ」
「ハッハッハ! そうだな15歳だったなあ。
だが成長が凄まじい。癪だがジジイがキッカケになってまた面白くなった。
俺を……殺せるかもしれないポテンシャルはある」
「……死ぬ気か?」
「ふふふん。さすがにそのレベルには至っていない……と思うがな。
だがどうなるかわからん。人間ってのはなかなか変化しないが、爆発的に変化するやつもいる。
だから……念のためだが、ケアを寄こしてくれ。
無傷で終わるかわからんからな」
「ハア……簡単に言う」
「最後のわがままさ。おそらく……これで終わりだ。
フラフラするのもな」
デリータは疑いの目でロメロを見る。
「ホントホント! 親友だろ、信じろ信じろ」
「ハア~わかったよ。わかったわかった」
****
そんなやりとりがあり、ベストなタイミングでケアが派遣された。
早過ぎれば勝負の邪魔になったかもしれない。
遅すぎれば治療が間に合わなかったかもしれない。
デリータの門を開いた【読】のルーンの力様様である。
ケアは取り急ぎロメロの腹部を治療した。
そしてインベントの治療に恐る恐る取り掛かる。
呼吸、脈を確認し――
「い、生きてるけどこの子……本当にボロボロじゃない」
ロゼは「い、生きてるんですか?」と言う。
レイシンガーは「絶対死んでるって、ハハ」と笑う。
「に、兄さんはどうしてそうデリカシーが無いのよ!」
「だってスゲエ傷だぜえ?」
「でもケアさんは生きてるって……」
ケアはインベントを仰向けにし、気道を確保する。
「呼吸はしてる。だけど……手足が酷い……それに上半身も満遍なく酷い。
でもでも……思いのほか……マシ? なにをすればこんな状態に……?」
ぶつぶつと独り言を呟くケア。
騒がしいレイシンガーとロゼ。
ロメロは「うるさいなあ……もう」と言って胡坐をかいた。
腹の具合を確かめ、問題ないと判断した後、ケアに話しかける。
「傷だらけだが裂傷は少ないはずだ。主に打撲だ。
服は脱がせてもおそらく問題ないぞ」
「そ、そう」
てきぱきと作業をするケア。
服は斬ってしまえばいい。だが――みんなの視線は重力グリーブに。
「てかなんだこの鉄の塊みたいな……ブーツかこれ?」
レイシンガーはマイペースに重力グリーブを触る。
「うお~メッチャ重い! ってこれも血塗れじゃねえか!
うへ~汚え~!」
手についた血を払うレイシンガー。
「しばらく見ないうちに変なものを装備するようになったのね……インベント。
昔は機動力重視な服装だったのに」
「そういやあ~インベントちゃんはフルプレートを着て戦ったことがあるらしいぜ~。
こんな重いもん装備して戦えるなんてスゲエ~なインベントちゃん。
いやはや、こりゃあ~またインベントちゃんに差をつけられちゃったんじゃないの~? ロゼ」
「ふん! 私だって強くなりましたわ! インベントに負けませんわ!」
「ガハハ、ほんとかよ」
「そもそも兄さんが――!」
騒がしい二人に、イライラしたケアが「うるさい!」と一喝する。
小さくなるロゼとレイシンガー。
小声で喧嘩は続く。
「に、兄さんのせいで怒られてしまいましたわ!」
「お、俺のせいじゃねえだろ。お前がデカイ声で騒ぐからだろ」
「そもそもなんでインベントがこんなに大怪我してるのよ!」
「俺だって知らねえよ。
だが妙だな。……確かになんでこんなことになってんだ?」
レイシンガーは――というよりも『宵蛇』から派遣された三名はなにも聞いていない。
デリータからは『カイルーン方面に向かいロメロを回収してこい』とだけしか言われていないのだ。
レイシンガーは考える。
「そもそもなんで怪我してんだ?
インベントちゃんはともかく、副隊長まで怪我ってのは……。
副隊長を怪我させる? 誰が? モンスターか?
周囲の荒れ具合からみてモンスターって線が一番だな。
だったら……死体はどこだ? 逃げられた?
副隊長がいるのに??
んあ? どういうこっちゃ?」
考えがまとまらない。推理が成り立たない。
レイシンガーはロメロを問いかけるような目で見た。
「なんだ? レイ」
「いやあ~、どうしてこんな大怪我したのかな~って」
ロメロは言いにくそうに「……まあ、模擬戦を」と呟く。
「んあ? 模擬戦~?」
「ろ、ロメロ副隊長! インベントと模擬戦をされたんですか?」
レイシンガーは大げさに驚いた。
「ええ!? インベントちゃんと副隊長が色々してたのは聞いてましたけどね。
模擬戦でこんな大怪我させたってことっすか?
え? 副隊長。模擬戦って意味知ってるんすか?」
ロメロは「う、うるさい!」と憤慨する。
だが黙らないレイシンガー。
「うわ~引くな~。信じられねえなあ~!
インベントちゃんをこんなになるまでボコボコにしたってことっすか?
イジメっすよイジメ。うわ~ひっでえな」
「馬鹿か! 俺は攻撃してない! ――いや、ちょっと攻撃しただけだ!」
「いやいや……言い訳はよくないっすよ。副隊長。
副隊長からしたら『ちょっと』かもしれねえっすけど、インベントちゃんは重症ですからね」
レイシンガーの隣にいるロゼは、犯罪者を見るような目でロメロを見る。
「そうじゃない! そもそも俺は怪我なんてさせていない!
インベントは自分で自分を攻撃したんだ! うんうん!」
レイシンガーとロゼは残念なものを見るような目でロメロを見る。
「ええい! 変な目で見るな!
インベントは自分で自分をバーンってしてギュンって動くんだ!」
説明すればするほど、深みにはまっていくロメロ。
実際に見なければインベントの特異な動きは理解できないのだ。
ロメロは半分怒りながら、残念な説明を続ける。
熱が入ってきたその時――
「うるさい!!」
ケアに叱られるのであった。