マクマ隊とノルド隊①
バンカースはインベントにとって必要なのはチームワークだと考えた。
隊に属し、隊のためにできることを実践する。
それこそがインベントにとって重要だとバンカースは考えたのだ。
加えてラホイルが負傷した件もあり、新人に万が一が起きないようにと配属先を考慮した。
その結果、現在駐屯地の周辺警備を担っているマクマ隊に所属することになった。
マクマ・ヘイデール隊長が率いるマクマ隊。
マクマは穏やかな性格で隊員からも人気がある。
そしてチームワークを重要視する性格だ。
欠員が出ているわけではないが、バンカースはマクマにインベントを任せることにしたのだ。
マクマ隊は索敵能力が高い人員がいないので、守備的な任務が多い。
駐屯地周辺を徘徊し、安全領域を確保するのが役割である。
人が歩いた場所や人が集まっている場所は人間の匂いや気配が土地に染み込む。
そうすることでモンスターが接近しにくい領域――安全領域を作っていくのだ。
インベントが住むアイレドの町はイング王国南西に位置する。
そしてアイレド森林警備隊の駐屯地は町よりも更に南西に位置している。
駐屯地はイング王国の国境が近く、重要な街道もある。
そのため安全領域をしっかり確保するのは重要な役割なのだ。
さて、そんなマクマ隊に配属されたインベントの感想は……
(……なんかつまらないな)
駐屯地周辺の警備はあまりモンスターと遭遇する機会が無い。
駐屯地は人が多くモンスターはほとんど近寄ってこないからだ。
インベントは日々駐屯地の周辺警戒を行うマクマ隊の仕事が面白くないと感じつつも、しっかりと任務をこなしていた。
また【器】のルーンをマクマは非常に有能だと思っている。
マクマはインベントに緊急時の医療品や食料や水を持たせている。
収納空間は入れた状態をそのまま維持するので、食料は温かい状態を保ち、医療品は清潔な状態を保つことができる。
「いやあ! インベントが来てくれて良かったよ!
森林警備隊は【器】持ちをもっと採用すべきだと僕は思ったね!」
「はあ……そうですか」
マクマは【器】の価値を認めているが、それは後方支援としてである。
というよりも、収納空間の一般的な認識は『便利なカバン』である。
インベントのようにモンスター狩りに使おうと考えた人物はいないのだ。
マクマはインベントを褒めたが、インベントにすればどうでもいいことだった。
勿論マクマの考え方は間違っているわけではない。
一般的に考えれば正しい。
それがインベントにとって正しいのかは別問題なのだが。
不満はまだあった。
(休みが多過ぎだよ……)
森林警備隊は二日働いたら一日休む生活をしている。
だが駐屯地の場合、一日働いたら一日休むスタイルなのだ。
これは駐屯地周辺は安全ではあるものの、町に比べれば危険性は高まる。
よって隊を多く配置し、ルーティンをしっかり守って働くようにしてある。
だがインベントは毎日でも狩りに出たいと思っていた。
ネトゲで言うならば廃人ゲーマー的な思考だ。
駐屯地では悶々としつつも、体力強化に励みつつ、収納空間を弄りつくすのだった。
更に更に、困ったことが起きた。
これが一番の問題かもしれない。
マクマ隊の戦い方は全く面白くないのだ。
マクマ隊の戦い方は安全第一。
モンスターと出会ったら、前衛の三名でモンスターに対してプレッシャーをかける。
そしてマクマと後衛が弓矢で削っていくのだ。
もしも襲い掛かってきたらしっかり安全第一で防御に徹する。
そのまま逃げてしまえば追わない。『森へお帰り』だ。
マクマのルーンは【伝】だ。
【伝】のルーンは念話をすることができる。
後方から的確な指示を出して、前衛と後衛を上手く連携させる。
安全第一。怪我もしない。仮に軽い擦り傷でも負ったらすぐに駐屯地に戻る。
森林警備隊の目的はモンスターを殺すことではない。
周囲の安全を守ることが目的だから、マクマ隊の戦い方は間違ってはいない。
そんなマクマ隊でチームワークを学んでほしいとバンカースは考えていた。
だがフラストレーションは溜まる一方だった。
……だってモンスターを狩りたいんだもん。
**
(あれ?)
マクマ隊に所属してから三週間。
マクマ隊の戦い方にも慣れてきた。いや飽きていた。
そして妙なことに気づいた。
「あの、マクマ隊長」
「なんだい、インベント」
「あそこの白髪交じりの人、昨日も出かけてませんでしたか?」
インベントが指差す先には、頭髪の殆どが白髪になっている成年が一人。
鍛えられているが細身。そして非常に近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
マクマは少し億劫な顔をしてから――
「あの人はノルド隊長だよ。相当な変わり者でね……。
毎日出動しているんだよ」
「毎日?」
「ああ、そうなんだよ。危ないったらありゃしないよ」
「へえ……」
マクマはノルドを毛嫌いしているのだが、インベントにとってはどうでも良かった。
インベントは良いことを思いついていたのだ。
**
休暇日――
インベントは元々早起きタイプなので、日の出とともに起きて駐屯地の広場にいた。
そしてお目当ての人物を見つけた。
「……なんだお前?」
「インベントです」
「……なんの用だ?」
「連れていってください!」
「……は?」
ノルドはただでさえ不機嫌な顔を更に不機嫌にした。
「失せろ。ガキは休んでろ」
「そう言わずに、お願いします!」
ノルドはめんどくさそうな顔をした。
と同時に少し動揺していた。
ノルドは他を寄せ付けない風貌であり、久しく若手から声をかけられたことは無い。
邪険に扱っても良かったのだが、とりあえず諭すことにしたのだ。
「……所属部隊があるだろうが」
「ありますけど、休みばっかりでつまらないんですよ」
「つまらない……だと?」
ノルドは顔をしかめた。
(このガキ、何を言ってやがる)
インベントは語気を強め――
「もっとモンスターを倒したいんですよね」
と言った。
インベントは正直に打ち明けた。
インベントはモンスターをただ狩りたいのだ。
そんなインベントの目には炎が宿っていた。
「モンスターを倒したい……だと?」
ノルドはインベントのストレートな言葉に驚いた。
(近頃のガキは、やれ安全だとか、保障がとかぬかしやがる……。
だがコイツはなんだ? モンスターを倒したいだと?
コイツ……どれだけモンスターに恨みを持っていやがる?)
勿論インベントはモンスターに恨みなんてない。
ただ倒したいだけなのだ。
「そうか……オメエも譲れねえもんがあるんだな(モンスターへの恨み)」
「はい! モンスターを倒したいんです!(ただ狩りたい!)」
すれ違い。
だが目的地は奇しくも同じだった。
「まあいい。連れていってやる」
「やった!」
「だが、所属する隊長に許可は貰ってこい」
「え!?」
「勝手に連れていくわけにはいかん。規律は守れ」
インベントは驚いた。
ノルドは見た目、雰囲気ともにアウトローだ。
規律をしっかり守るようには見えなかったからだ。
「わ、わかりました」
マクマに、ノルドと同行したいと伝えると、非常に渋い顔をされたのは言うまでもない。
だが、インベントの押しの強さに負け、マクマ隊の任務の日以外は許可すると伝えられた。
****
ノルド・リンカースは狂っている。
「またノルド隊長……単独で出撃したらしいぞ」
ノルドは駐屯地に住んでいる。
通常駐屯地には森林警備隊が持ち回りで配属されて、一定期間が終われば任を外れる。
ノルドを除けば、最長でも60日。
だがノルドは三年以上駐屯地で滞在している。
ノルドには帰る家など無いのだ。
ノルドは今年39歳になる。
八年前、アイレドから出発した馬車が、モンスターに襲われる事件が起きた。
ノルドの妻と娘は運悪く馬車に乗り合わせており、惨殺された。
それ以来、行き場のない恨みは、モンスターへと向き、ひたすらモンスターを殺すことだけが彼の生きがいになった。
いつからか付けられた名は【狂人】。
狂ったような狩人だから【狂人】。
そんな狂った男のもとに、これまた狂った男がやってきたのだ。